第九話「墓参り」
「おい、岸。お前帰省するだろ?」
夏休み前の大学最終日--と言っても、大学は夏休み期間中も空いてるから暇つぶしに来るつもりではあるのだが--黄金井が俺のところにやってきて、そんな話題を持ち出した。
「そりゃあ帰る……というか俺らの地元、電車で片道一時間半程度だろ。土日どころか日帰りすらできるのに帰省と言うのか?」
「知らん。一人暮らししてるなら帰省というだろ。って、そんな話はどうでもいい。帰省するのはお盆だよな?」
「ああ、他はバイト漬けだからな。だから遊ぶなら予め予定を教えてくれると助かる」
予定を確認するためにスマホを取り出すと、メッセージが一件入っていた。
『あかね:二週間ほど、なるべく京に話しかける頻度を上げてください。何でもいいです。とにかくたくさん話してください』
メッセージの主は明日音だった。
明日音とはあの和解の後、そこそこの頻度でやり取りをしていた。しかし、こんなメッセージは初めてだな。もしかしたら明日音で対処出来ない何かがあったのかもしれない。
「なんだ、女か?」
「まあ女ではあるけど……お前の言い方はなんか気持ち悪いな」
こいつに盗み読まれるのは癪に障るから、すぐにスマホを懐に戻した。
「ほっといてくれ。僕としてはお前にはそろそろ女一人くらい捕まえて欲しいところだよ。美矢子ちゃんに対しての世話焼きを、他の子にもすれば釣れる女子は多いと思うんだがな」
「それこそほっとけ」
同郷ということもあり、黄金井と若月は美矢子の事を知っている。だからこそ話題にも出すし、帰省のタイミングがお盆ということも断定した。変に腫れ物を扱うようにされるよりよっぽどマシだ。最後の一言は余分だが。
「女だけど、京の親友だからな……」
「美矢子ちゃんの親友じゃ、手を出したら天から罰が下りそうだな」
今、俺は確実に京のつもりで呟いてしまったが、黄金井は美矢子と勘違いしたようだ。名前が同じだとこんなことも起こるのか。なかなか面白い。
「って、また話が脱線したな。それでお盆に帰るなら墓参り行くだろ? 僕と筋肉ダルマも行こうと思っていてな。車を出すから一緒に行かないか? 車を出すのは筋肉ダルマだが」
「いや、黄金井が車出す流れだったろ今」
「助手席に女子が居なきゃ事故る」
真顔で言ってるところがかなりキモい。こいつなんで顔が良くて愛想振りまけるのに、こんなキモいんだ。
「まあ別に無理にとは言わん。美矢子ちゃんとの時間を潰すのは本意じゃない」
「潰れるとは思っちゃいないよ。俺は一緒でも構わない。でも、お前たち二人で行くってのはどういう風の吹き回しだ?」
俺たちは適度に話し、適度に遊ぶスタンスを貫いている。深い話なんて男同士で滅多にするものでもないから、基本明るい話だけだ。それなのに向こうから墓参りの話題を出すなんて、正直内心はかなり驚いている。
「僕達も最近知ったんだがな、中学の時によく部活の大会で会って、共通の友達になったやつが隣町にいたんだ。本名は思い出せないんだが、僕と若月は『くず湯』と呼んでいた」
「黄金井よりイケメンで、テニスが上手いとか言われてたやつか」
「僕の方がイケメンだ」
こいつ、どれだけ自分のことが好きなんだ……。
「それでそのくず湯なんだが、実は一昨年に亡くなっていたらしくてな。一度くらいは線香を、と思っていたところ、若月が知り合いの伝手で見つけたんだ。それがまさかの岸家と同じ寺だったと言うわけだ」
「なるほどな、お前らも案外律儀な奴だな」
いつも思うが、こういうとこだけはしっかりしている。それを少しでも女性関係に向けて欲しいものだ。
「それにしても中学別なのに『くず湯』なんてあだ名付けるくらいには仲良かったなんて凄いな」
くず湯とは滋養強壮や民間療法に使われる身体に良い飲み物だ。そんなあだ名を付けて更には線香も、だなんて相当仲が良かったのだろう。
「いや、僕は『飲み過ぎたらカロリー過多で太る』って意味で呼んでいた」
「悪口じゃねぇか」
少しでも見直した俺が馬鹿だったよ。
黄金井と当日の予定を軽く詰めてから大学を後にする。
帰宅中、届いていた明日音のメッセージが気になり、返信することにした。
『悠生:脈絡がないな。普段のメールのやり取りじゃダメなのか?』
返信はしたが、明日音から届いたメッセージは既に一時間以上前。すぐに返信は来ないだろうと思ったが、返信は二分と経たずに来た。
『あかね:すみません。それは分かりません』
『あかね:でも、多分それじゃあダメなんです』
明日音が見て分からないと言い切り、俺を頼るということは……心の傷関係の話なんだろう。
二週間後は、ちょうどお盆期間中だ。俺も黄金井に軽いノリで話されてなきゃ、重い感情を引き摺っていたと思う。
お盆期間というのは俺たちにとってそういう期間ということ。
『あかね:詳しくは言えないけど……京が新しいことをするって』
『あかね:当日はあたしも近くにいる。だけどそれまでの二週間、京の気持ちを別のことに向けさせるようにしたいんです』
新しいこと、というのが何なのかは分からないが、これを機に何か行動に移そうと思っているのか。そして、明日音はその行動がどちらに転ぶか分からず、不安で俺に協力を頼んでいると。
不安なのに止めさせないところを見るに、成功すれば京に良い変化があると思っているのかもしれない。
それなら、俺のやることは決まっている。
『悠生:了解』
『悠生:とは言っても俺もバイトとかあるから、意識的にメールの回数を増やしたとしても限界があるぞ』
『あかね:なら回数を増やさなくても京の気を引くことを考えて下さいよ』
『あかね:一回のメールで三時間楽しめるようなやつでお願いします』
『悠生:君の目に、俺がどう映ってるのか怖くなってきたな』
一回のメールで三時間ってメールを使って小説でも書けって言いたいのか?
『あかね:文字越しの相手が目に映るわけないじゃないですか、何言ってるんですか』
『悠生:こいつ……』
明日音とのやり取りは、何故か煽るような構図になりやすいな。ただ明日音はやり過ぎないラインを弁えているのか、特別不快になるような言葉は飛んで来ない。これは明日音なりの信頼だと受け取っておくことにする。
『悠生:とりあえず、任されたよ。何か考えておくけど、頼んでおいて任せっきりはダメだぞ』
『あかね:お願いします』
『あかね:もちろんバイトがあるなら、その間はあたしが京と電話しますし、人任せにはしません』
『悠生:ならいいけど、露骨過ぎるのはむしろ京が苦しくなるから程々にしときな』
明日音との作戦会議が終わったタイミングで家に到着する。
「ただいま、美矢子」
ルーティンの美矢子への帰宅の挨拶をしてソファにもたれ掛かる。
さて、いつもならこのタイミングで京のメールに返信するのだが、明日音に言われた『一通で長く気を逸らすことができるメール』というものを真剣に考えることにした。
真っ先に思いつくのは長文メールだが、読み終わったあとは返信を考えて終わりだ。これじゃあ大した時間にはならない。
おすすめの本を紹介するという手もある。
美矢子の影響で女性向け漫画に詳しくなったから、女子高生が好みそうな漫画は分かる。だが、京の気を逸らすために京のお金を使わせるのは、気が引けてしまう。
「俺が疲れない短文で、長時間意識を逸らせることがでるもの……あっ」
そうだ、これなら一通且つ気を逸らすのにちょうどいい。
俺はスマホでとある内容を調べメールを送った。




