第一話「送信が完了しました」
妹が死んだ。
高校生になるからスマホを買ってもらうんだ、ってウキウキでケータイショップに行った帰り道、交通事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。
父は妹を守れなかったことを悔いて全てを忘れるように仕事に没頭するようになった。
母も一緒に行かなかったことを後悔していたが、父の感情を慮って父の感情が整理出来るまで支えることを決意していた。
そして、俺は、
『みやこ、下校中に移動クレープ屋を見付けたぞ。買って帰ってやるから待ってろよ』
帰り道に見付けたクレープ屋でクレープを二つ買った。
片方のクレープは、俺の好きなカスタードをベースにしたクレープ。もう片方は、美矢子が好きな苺のクレープだ。片手に二つのクレープを持ち、写真を撮ってメールに添付して送信した。
『メールが送信されませんでした』
もう何百回と見た送信失敗画面。そう、俺は妹の死を受け入れる事が出来ず、こうやって生前の妹がスマホを買った時に設定すると決めていたメールアドレスに向けてメールを送っていた。
『あたし、赤い花が好きなの。でも赤いバラとか安直じゃない方がかっこよくない? 彼岸花とかかっこいいじゃん。英語でspiderlilyって言うらしいよ。これメアドにしよーっと』
『バカかお前、厨二のノリで決めんなって。絶対あとで消えない黒歴史になるから。せめてhiganbanaってローマ字にしとけ』
『かっこいいと思ったのになぁ〜、まっお兄ちゃんが言うなら実際に黒歴史になったんだろうし? ローマ字にしとくよ、ぷぷぷっ』
もしあの時、俺がメアドに異議を唱えなければ美矢子は生きていたんじゃないか。そんな後悔から、俺は『miyako_spider_lily』という架空のアドレスにメールを送り続ける。
一年も経てば心の傷は癒えてくるが、この習慣だけは辞めたくない。いつか俺の中で完全に美矢子とのケジメが着く時まで、続けていたいと思う。
そうして続けている内に季節はまた一周し、俺は大学に進学した。
『兄ちゃんは今日から大学生だぞ。私服登校って楽でいいな。そういえば大学の近くにスイーツ店があって苺のタルトがあったぞ。食べたいか? みやこは苺大好きだもんな』
俺はいつも通り、亡き妹へ向けたメールを送信する。そして、いつも通り送信失敗の画面を--
『メールの送信が完了しました』
「……は?」
メールの送信は失敗しなかった。俺は慌てて送信済フォルダを確認するが、確かに送信完了と表示されていた。
「美矢子に届いた……?」
五分ほど思考が停止していると、スマホが震えた。
『from:miyako_spider_lily』
美矢子のメアドから返信が来た。
ありえない。だって美矢子はもう、存在しない。二年も経って流石に気持ちの整理は着いている。
じゃあ誰かこのメアドを知ってる人がいるのか。それも有り得ない。あれは俺と美矢子が俺の部屋でダラダラ漫画を読みながら考えた俺たちしか知らないアドレスだ。友人や両親にこのアドレスを教えたことは無いし、なによりこんな奇抜なアドレス、誰も登録なんかしない。それこそあんなバカなノリで考えた美矢子くらいだ。
俺は恐る恐るメールを確認する。
『京だけど、本当にゆうきお兄ちゃん、なの?』
美矢子の声で再び「お兄ちゃん」と呼ばれた気がした。一瞬だけ気持ちが美矢子に届いたのだと舞い上がったが、読み返すとおかしな点がある。
「『京』? 美矢子と漢字が違うな……それに俺は『ゆき』だ。もしかしてこの世に同名でこんなメアドを作るやつが、他にもいるって言うのか?」
正直に言ってしまえば、泣きそうなほど落胆している。しかし、『みやこ』という人物にメールが届いたことは、俺の中で区切りをつける日が来たということなのかもしれない。
まあ、そもそもこのメアドが存在するようになってしまった時点で、こんなことを続けていたら相手に迷惑だ。
「……というか、この人はなんで見ず知らずのメアドから来た連絡に返信したんだ? このご時世、知らんメアドから来たら即座に迷惑メール行きだろうに」
それに加え、俺の存在を確認するような内容は意味がわからない。メアドに本名を入れてる--全く人のことを言えないが--上に、知らないメール相手に本名を書いて返信。メールに慣れていない人なんだろうが、なんだか危うい気配を感じる。
俺は少し考えたあと、謝罪という建前でもう一度返信することにした。
『急にメールを送ってしまいすみません。妹から教えてもらったアドレスに送ったのですが、別の人に届くとは思いませんでした。俺は『悠生』と書いて『ゆき』と読みます』
なんだか美矢子に対して丁寧な口調で謝罪している気分になる。なんというか、面白い気分になる悔しさだ。
「ま、返ってきてもこなくてもいいや。美矢子、俺とお前の秘密の会話はもうおしまいにしようか」
俺は空を見上げて美矢子に話しかけた。
そうだ、今日は苺のタルトでも買って供えてやるか。




