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Bcc:第四話「味方」

 その日の夜、あたしは彼にメッセージを送った。もう京の好きにさせて、あたしから話す必要はないと思ったが、どうしても聞きたいことがあった。


『あかね:先日は一方的な発言をしてしまいすみませんでした』

『あかね:京からあなたの話を聞きました』

『あかね:京も納得してる上での関係、というのは理解しました』


 牽制的な謝罪をして、向こうから返信が来るかを試した。我ながら小狡いやり方だとは思うが、ブロックされていても当たり前な態度を取ったから、少し尻込みしてしまった。


『悠生:いえ、こちらこそ急に口調を強くしてしまい、すみませんでした。分かって貰えたのであれば良かったです』


 しかし、そんな思考は些末なこととでも言うように、返信はすぐに来た。


 あたしは返信が来たことに安心して、すぐに聞きたいことを聞こうとする。


『あなたの妹ももう亡くなってるんですか?』


 いつも通りの速さで入力して、送信ボタンを押そうとしたタイミングで指が止まった。


 こんな言い方、同じ境遇の京相手にもするだろうか。本当に京と同じで兄妹を亡くした人だとしたら、不躾過ぎるし人の心がない。


 何より、京が結生さんを例え話に使うほど伝えたかったことだ。多分直接的な言い方をしてはいけない。でも……


「あたしには、分からないよ……」


 うちの家族は曾祖父母含め全員健康的。そんな恵まれた家系に産まれたことを後悔はしない。でも、こういう時の感情が本当の意味で理解出来ないのは苦しい。


 あたしは正解が分からない質問の仕方を入力しては消してを繰り返した。


 五分後、

『あかね:一つだけ教えて下さい』

『あかね:妹さんはどんな人ですか』

『あかね:京の味方でいるために、教えて下さい』


 考えに考えた結果、京を盾にする方向で聞くことにした。京の盾になるつもりでこの人と会話を始めたのに、なんで今は京を盾にしているんだろ。馬鹿らしくて、情けない。


 彼から返信はすぐに来た。


『悠生:妹の名前は美矢子。今年十八歳になる受験生です。お察しはついてると思いますが、生きていればの話です』

『悠生:美矢子が生前、作ると言っていたメアドにたまに美矢子宛のメールを送っていたところ、偶然にも京がそのアドレスを作成してしまった。これが事の発端です。隠していることは無いと言いましたが、この部分は隠してしまいました。すみません』


「やっぱり、そうなんだ……」


 京は自分が聞いていないことは決して答えなかった。つまりこれは京が知らない、京の知っている情報。嘘が苦手なあの子の嘘が、嘘に聞こえなかったのは確定的な言葉を聞いていなかったからなのかもしれない。


 本当はここで生きていると言ったって良い。だってあたしなんて彼の中には存在しない、ただの外野なのだ。なのに、彼はこちらが気付いていることにすら気付いた上で答えてくれた。前回は隠し事はないと言って隠し事をしているところが不誠実だ、と思ってしまったが、これが「見えてるものしか真実に出来ない」ということなのだろう。


「あたしはこの人の妹の存在を否定したの……?」


 京の例え話で自身の兄を否定した時とはわけが違う。あたしは見えていないものに気付く素振りすら見せず、一方的に存在しないと言い放った。知らない人間の生死で自身に直接的な実害がないのは分かるが、どう思うかで人間性は表れる。


『明日音には、そうなって欲しくないな……』


 京の言葉が頭を過ぎる。正直、未だに京の言葉を全ては理解出来てないし、彼のことを疑っているあたしがいる。でもそれじゃダメなんだってことは理解出来た。


 あたしは分からないなりに、精一杯言葉を選んで返信する。いつもの速度で打ててないあたり、普段がどれだけ直球的かと思い知らされる。


『あかね:教えて下さりありがとうございます。すみません、こういうこと、本当は聞いちゃダメっていうのは分かっているんです』

 これは中学二年の夏、あたしが京を見て思った本心。


『あかね:でもあたしはあなたの言った通り、自分が実際に見たものしか信じることは出来ません。正直な話、今でもあなたを信じ切ることは難しいです』

 これは彼に言われて気付き、京に言われて学んだ正直な気持ち。


『あかね:でも、だからこそ、見えない部分も可能な限り見るようにしていきたいです。これからも京の味方でいるために』

 これは、これからのあたしへの決意。


 だいぶ小っ恥ずかしいことを言っている気がするが、京に読まれる訳でもないし、彼と会うこともない。多少恥をかいたって構わない。


『悠生:そう言っていただけるだけで十分です。分かってると思いますが、京にこの話はしないで下さい』


『あかね:もちろんです』


 やっぱり、彼も気付いてるんだ。結生さんのことを深く聞こうとはせず、自分の妹さんの事も敢えて言わない。お互い気づいてるのに、そこには触れない関係。その感覚だけで繋がっている関係が少し羨ましく感じてしまう。


 だからなのか、あたしは相手がさっきまで警戒していた人とは思えないようなことを送ってしまう。


『あかね:あ、あたしのことも呼び捨てとタメ口で良いですよ。年上に敬語使われるの変な感じがしますし、京と同じ方が話しやすいですよね』


 年上だから呼び捨てタメ口でいいじゃん、って気持ちは確かにあった。だけど、別に自分から言ってまで変えてもらう必要はない。なのに、何故かこの二人の関係に入れなくても、せめて対等の位置に立ちたいと思ってしまったんだ。


 ああ……そうだ。あたしは京と結生さんを初めて見た時も、兄妹仲が良いことが羨ましくて、近くに居たいと思ったんだった。


「そういえば京もこの人からメールが来た時に、結生さんの横にいる時の京になっていたな〜」


 あの時は、あたしだけの視野で頭ごなしに危険と判断していた。でも、今なら京の気持ちも少しだけ分かってしまう。


「あたしも、少しだけ見えないものを見ることが出来たのかな」


 ちょっぴり感傷的に独り言ちると、ちょうど彼から返信が来た。彼は特に気にすることなく承諾してくれた。しかし、


『悠生:わかった。別に俺の方もタメ口で構わないよ。お互い京の保護者みたいなものだしな』


「……ほ、保護者!?」


 了解を貰えたことは嬉しかったが、タメ口になった途端、いきなりの発言で驚いてしまう。


 相手は大学生。あたし達より何年も年上なのにすぐにタメ口でなんて出来るわけが無い。


 それにあたしと彼が保護者って、あたし達が京の両親みたいで……って、考え過ぎだ。絶対そこまで考えて発言してないよ、この人。


 あたしは思考を霧散させるために首を振ってから返信した。


『あかね:年上にいきなりタメ口は難しいです』

『あかね:あとその発言はセクハラです』


『悠生:なんで!?』


 彼は本当に驚いているようで、あたしの行き過ぎた発言を止めた時にしか使ってなかった感嘆符を易々と使ってきた。えっなに、驚きレベル同じってこと?


『悠生:と、とりあえず、和解……でいいよな? 和解出来たってことで一つ提案がある』


 お互いの緊張感が無くなった事で話も終わるかと思われたが、彼の方から何か他にも話があるようだった。


『あかね:なんですか?』


『悠生:この前、京が俺に明日音の表情を実況してきたことがあっただろ。それを明日音に伝えたら、京に直接的な攻撃が届いた』


 彼に言われてあの日のことを思い出す。


 あたしが京のためにと必死に排除しようと戦っている横で、あの子は呑気に排除対象にあたしの表情を実況していた。まさかそれを彼本人から聞かされるとは思わないって。


 言い表せられない恥ずかしさとプライバシー欠如の天然娘へのお仕置に、あたしは思いっ切りデコピンを食らわせたんだ。


『あかね:あれはあの子が悪いです』


『悠生:ああ、あれは京が悪い。でもこれは使い方によっては悪くないと思うんだ』


 そう言うと、彼は提案内容を話し始めた。


 要約すると、彼では手が出せない現実の京に、あたしがデコピンよろしく行動を起こして欲しいということだった。代わりにあたしでは出来ない心情のサポートは任せて欲しい、と。


『あかね:なるほど……つまりあたしに扱いやすい駒になれ、と言ってるんですね?』


『悠生:語弊がありすぎるなぁ……』


「……ふふっ」


 彼の返事を見てつい笑ってしまう。年上だからと上から命令するわけでもなく、視線を合わせて返事をしてくれる。それでいて純粋に京を守るための発言や提案。


「なんか、お兄ちゃんって感じ」


 彼は結生さんではない。でも、妹を持つ兄のような空気を纏っていることは確かに感じられた。


 彼越しに亡き兄を見る京、京越しに亡き妹を見る彼。そして、歪な関係越しにあの日の兄妹を見るあたし。今だけはこのまま、不完全でも進んでいきたい。


『あかね:冗談です』

『あかね:いいですよ。あたしも、力になりたいと思っても同じ視野を持てなくて悔やんでいた時期がありました。だからその提案は嬉しいです』


 あの日、あたしは喪った痛みを理解出来ずに、ただ黙っていることしか出来なかった。でもこの協力関係なら、黙っているだけにならない。あたしでも力になれる。それならあたしでなんとかなる現実のことは全面的にサポートして行かなきゃ。そう決心した直後、


『悠生:予め言っておくが、京を守ると言っても明日音自身が危険になることはしないこと。これだけは優先して考えてくれ。京の親友に京の代わりに何かあったとしたら京が悲しむからな』


 あたしの思考を読まれたかのような返信が来て固まってしまう。しかも、

「結生さんの事故……知らない、よね?」


 今までの会話の流れから、彼が結生さんの詳細を聞いていないことは明白。それなのに--まるで実際に見たというように--彼はあたしの身代わりを禁止した。


「ほんと、こういうところが調べたんじゃないかって怪しくなっちゃうんだって……」


 多分、今言われてなかったら、気付かずに結生さんと同じ行動をしていたに違いない。それが後に京を悲しませるとも思わずにやっただろう。京からすると、二度も自らの手で身近な人を殺してしまったと考えることも出来てしまう。そうなった時、京は本当に壊れる。少し自意識過剰かもしれないが、あたしはきっとそういう存在なんだと思う。


 そして、京の心がわかる彼、悠生さんだからこその警告。


「これ、素直に『そうするつもりでした』とか言ったら怒られそう……」


 ちょっと誤魔化して返信しようかな。


『あかね:すみません。ちょっと動揺しました』

『あかね:はい、もちろん肝に銘じます。というか京ってあたしの親友なんですね。妹だと思ってました』


 話題を逸らすためにわざと思ってもないことを返信する。あたしだってここまで考えて行動しようとするのは京だけなんだから、当たり前に親友だって思ってる。


 だけどあの子、友達と親友の概念を文字でしか知らないから、感覚とかでそうは思ってなさそうなんだよな……。


『悠生:ま、まあ、第三者が口を出すことじゃないよな。それより、これからはよろしく頼む』


『あかね:はい、よろしくお願いします。悠生さん』


 なんか最後は悠生さんの方が気まずそうな空気になったが、あたしは心強い味方を手に入れた。

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