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Re:第七話「みやこ」

 学生の大多数が悲鳴をあげるイベントが始まった。


 数日前、皆が必死に板書している横で、私は大いに気を抜いていた。


 過去にお兄ちゃんのことを考えないように無我夢中で勉強していた事で、高校一年の範囲なら特に問題なく解ける自信がある。授業を聞いていることがむしろ私にとっての復習なくらいだ。


 けど気を抜きすぎて、授業中に悠生さんにメールを送って小言を言われたことは反省。自分だって講義中にメール返してるくせに……不公平だよ、もう。


 そういえば、その日辺りから明日音の様子がおかしくなった気がする。


 お弁当を食べてる時に百面相してるなって思った翌日から、何かをずっと考えている日が続いている。時折、私に何かを話そうとしても「ごめん、なんでもない」と話が始まる前に終わってしまう。今日で五回目だ。


 明日音が困ってるなら私は助けたい。

 明日音には私が落ち込んでいた時にずっとそばにいて支えてくれた恩がある。気付けてなかったけど……。だからこそ、明日音にお返しをしないといけない。


 とりあえずどうしたら良いか悠生さんに聞いてみようかな。


『明日音が何か悩んでるみたいなんですけど、どうやったら聞き出せますか?』


『そろそろ知恵袋みたいな使い方はやめような』

「うっ……」


 確かに最近は何かあれば、全部悠生さんに伝えたり聞いたりしていた。また小言を言われてしまうの仕方ない。でも、ここで終わらないのが悠生さんだ。メールはまだ続いている。


『その件に関して俺は何もアドバイス出来ないけど、京がどうしたいかで行動したらいいんじゃないか? 時間が経過すると思うなら待てばいい。そばに居て聞くことが正解だと思うならそばで聞いてやればいい』


 結局アドバイスを言ってるよね。ツンデレとまでは言わないけど、冷たいようで温かい不思議な空気を纏っている人だ。


「うーん、私のやりたいようにって事だよね……あれ、もう一通?」


 私がどうしたいかを考えようと頭を悩ませる前に、悠生さんからもう一通メールが届いた。悠生さんにしては珍しい気がする。


『もし、明日音さんが前みたいに俺の事を気にしているようだったら、京の好きに話していいよ。傍から見たら俺は不審者だしなー』


 いつも個人情報保護勉強会を、急遽開く悠生さんとは思えない発言だ。でも、そんなに悠生さんのこと気になるかな? 割と私は話してる方だと思ってたけど。





 期末テストが終わった翌日。私は明日音を誘って中庭でお弁当を食べることにした。


 夏の陽射しの中、外で食べる人は少ないだろうと推測して来てみたところ、確かに人はほとんどいないが、その代わりとんでもなく暑い。会話しやすい場所を探したつもりだったけど選択ミスかも。


「あっついねー、本当にここで食べる?」


「ちょっと来たことに後悔してるけど、今日はここで食べようよ」


「良いけど、なんか珍しいね。京から外に誘うなんて」


 明日音の発言にどきりとしてしまう。嘘が苦手な私に遠回りのやり方はやっぱり性にあわない。だったらさっさと本題に入ろう。


 二人して手を合わせて「いただきます」と言った直後、話を切り出した。


「食べながらで良いんだけど……明日音、最近何か悩んでる?」


 玉子焼きを掴もうと箸を伸ばしていた明日音の左手が一瞬止まった。が、すぐいつも通りの表情で玉子焼きを口に頬張って、いつも通りの口調で答えた。


「んー? 気のせいじゃない? あ、悩んでるとしたら、高校最初の期末テストが難しくて点数が心配ってとこかな」


 明日音らしい悩みだとは思ったが、違和感を覚える。明日音は嘘が苦手な私とは違って、基本的に嘘をつかないタイプだ。でも、優しい嘘と虚勢は必要に応じて使う。確証なんかない。でも、今回はその優しい嘘のように見える。


「本当にそれ? いつもみたいにテスト前に私に勉強教えてって言えば終わった話じゃない?」


「いや、ほら、いつも京に助けを求めるのもなー、って」


 最もらしいことを言っているが、さっきより言葉に明日音らしさがない気がする。そう思うけれど、私に明日音の嘘を破るほどの力は無い。明日音が言いたくないと思っているなら、今は聞かないでおこう。


「なら、良いけど……何か困ったことがあったら言ってね? 私だって明日音の力になりたいから」


「うん、ありがと」


 頼られないというのはなかなかに悲しいことだ。


 けど、私のやりたい事はここまで。悩んでることには気付いているけど、話は無理に聞き出さずにそばに居る。明日音が私にしてくれたことだ。


 もちろん、話して貰えた方が嬉しかったけど、お兄ちゃんに甘え続け、今は悠生さんに頼り切ってる人が、いきなり頼られるなんて無理な話だ、と一人納得して昼食を再開する。


 数分ほどお互いに黙々と食べていると、明日音が急に口を開いた。


「あー、悩み……とかじゃないんだけど……悠生さんって、どんな人?」


「!? え、エスパー……」


「エスパーってなにさ」


 話題の一つかもしれないけど、本当に明日音が悠生さんのことを聞いてきて驚いてしまった。


「ああ、ごめん。悠生さんのことだよね。と、言っても明日音には割と話してると思うけど」


「どんな話をしたとかは聞いた事あるけど、どんな人かは教えてくれなかったでしょ」


「あ、確かに……」


 割と話題にしているつもりでも、明日音からしたらどんな人か分からない限り正体不明。だから悠生さんも話していいよ、って言ったのかな。ただ、


「前にも言ったけど、よく分からないんだ」


 よく分からない。会話は基本的に日常生活の延長線上のみ。最初の会話を除いて、私達は見えているものを見えないものとした。たまに兄妹の話をすることもあるが、踏み込んだ話は一切しない。それが信頼の証だと思ってる。


「あ、ごめん、隠すつもりじゃないんだ。少しずつ話すね」


 とりあえず私は話せる範囲で私と悠生さんの話をした。どうやって知り合ったのか、普段どんな会話をしているのか。どんな人かは分からないけど、今まで培ってきた会話なら山ほどある。これで少しでも悠生さんのことを分かって貰えたら嬉しい。


「偶然メアドが一致することなんてある……? 怪しいって思わなかったの?」


 一通り話を聞いた明日音の一言目がこれだ。予想通りの反応でちょっと面白い。


「流石にね。お兄ちゃんを騙る犯罪者だって思ったよ。けど、スマホ買った翌日に詐欺メールが来るなんて、そっちの方が有り得なくない? 私はお母さんにしかメールアドレス渡してないのに、まるで元から知っていたかのように届いたんだ」


「犯罪者じゃなくても怖いよ、それ」


「だよね。普通の人じゃ返信なんてしないよ」


 明日音はちょっと引いているが、私は逆に笑ってしまう。当時の私は壊れていたから、そんな怪しいメールでも縋るしかなかった。結果的に良い方向に向かえているけど、悠生さんじゃなかったら本当に犯罪に巻き込まれてたかも。


 明日音はきっとそういう所を気にしているんだろう。それなら、これを言えばきっと明日音なら気付いてくれるかもしれない。


「悠生さんにはね、美矢子さんって言う妹がいたんだって」


「その妹さんにメールを送ろうとして間違えたんでしょ? 結局本当のメアドに送れたの?」


「えっ……と……」


 あれ、気付いてもらえない……。


「本当のメールアドレスは多分、私が使ってるこのメールアドレスだよ」


「え、間違えたんじゃないの? じゃあやっぱり怪しくない? 妹も本当にいるか分からないんでしょ?」


 ……やっぱり気付いて貰えない。けど、私は直接的な言葉は言えない。私が言語化してしまうと確定してしまうんだ。さっさと認めてしまえば楽なのに、それだけは防ぎたかった。だから、


「……ねぇ、明日音。葛結生なんて人間、そもそも存在していたのかな?」


「え……どうしたの、京」


 だから……ごめん、お兄ちゃん。少しの間だけ、悠生さんを守る武器になって。


「私は本当はそんな人を見ていない。私は空想の中で葛結生なんてものを作り出していたに過ぎないんじゃないかな」


「ねえ、本当にどうしたの!? 結生さんは京のお兄さんでしょ! あたしだって一緒に遊んだことあるし、京が大好きな結生さんは幻なんかじゃないよ!」


 明日音は狼狽しながらも否定する。それもそのはず、私は絶対にこんなことを言わない。


「仮に居たとして、明日音以外は? 私が今から教室に行って、私のことを一人っ子だと思ってる人に葛結生のことを話したらどう思うかな」


「そ、それは……!」


 明日音以外に言う理由がないから、普段の会話でお兄ちゃんのことを話題に出すことは無い。よく話す柊ちゃんと土屋ちゃんにも私は一人っ子のような発言をしている。そんな人がいきなり兄の話をしたら驚くだろうし、存在を否定する人もいるかもしれない。だってお兄ちゃん、漫画に出てくるみたいな文武両道のお菓子も作れる万能人間だったし……。仮に今も生きていたとしても、存在を否定されるタイプではあるよね。


「京……どうして、急にそんなこと言うの……? 誰かに……何か言われた? あたしは、ちゃんと結生さんの存在を知ってるよ? 誰も信じなくても、あたしはちゃんと覚えてるから」


 明日音は声と肩を震わせ泣きそうになっているが、それでも私の味方をしようと優しい声を掛けてくる。


 やばい、やり過ぎた……。やっぱり不慣れなことはするものじゃない。明日音の顔を見て胸の奥が強く締め付けられる。私は気付いて欲しかっただけで、傷付けたかった訳じゃない。


「ご、ごめん! 急にこんなこと言って……! 大丈夫、ちゃんとお兄ちゃんは生きていたし、私の記憶に今も鮮明に残ってる。誰かに何か言われたとかでもないよ」


 慌てて明日音を抱き締め、落ち着かせる。明日音もお兄ちゃんのことを本当の兄のように慕っていたし、存在を否定されるのは辛いはず。


「でも、後から私を知った人達にはそれが真実とはならない。遺影を見せたら信じるかも知れないけど、そんな不幸自慢みたいなことはしたくない。証拠を見せない限り、疑い続ける人は必ずいる」


「あっ……」

 明日音は何かに気付いたように声を漏らした。私は明日音の背中をゆっくりさする。


「明日音には、そうなって欲しくないな……」

「……」


 少しだけ、静かな時間がゆっくりと流れた後、明日音が小さく呟いた。


「目に見えているものだけを真実とする君に理解することは出来ない……」


「えっ? なんかの本の台詞?」


 明日音が第一声に何を言うかと思ったが、なんとも詩的な発言が返ってきた。明日音は意図せず言葉が漏れてしまったようで、慌てて私から離れて首を振った。


「ご、ごめん……な、なんでもない……最近、聞いた言葉を思い出しただけ」


「ふーん? でも良い言葉だね。私が伝えたかったのはまさにそれだよ。言った人とは話が合うかも」


「うん……きっと、京は気に入るよ」

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