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Bcc:第二話「あたしの覚悟」

ジャンル違う気がしたので、ヒューマンドラマに変更しました。

 梅雨も後半になり、そろそろ本格的な夏が来る頃、あたしは日直の日誌を書きながら雨が止むのを待っていた。


「梅雨の時期に折り畳みくらいなんで持ってないかな〜」


 自分で自分にツッコミを入れ、傘を忘れたことをそのまま日直の一言欄に書き込んだ。この欄はみんなが自由に書き込んでいて、もはやクラス全体の交換日記と化している。今日はゲームの発売日、明日の学食の日替わりが楽しみなどなど、完全に無法地帯だ。


 ふと気になったので、京が日直の時の一言を読んでみる。


『強風で傘がひっくり返るが、傘を開いたままバットのように振るだけでもひっくり返るらしい。ちなみにひっくり返った傘はお猪口になる、という』


「なんでこれ書いたのあの子……」


 昔から知識を手に入れたら伝える癖はあったが、こんな知識を手に入れてくることはなかった。更に前の日直まで遡って、京の一言を読む。


『五月病というのは新生活に馴染めないことによる倦怠感のため、二年目以降の人はただダルいだけらしい』


「他に書くことあったでしょ……」


 どこからこんな知識を拾ってくるのか。知っていても誰かに伝えるような内容では無いし、京が自分から調べるとも思えない。


 そうなると答えは限られてくる。


「メールをよくする人、ね」


 京は多分、その人とメールをすることで元気になったんだろうと思っている。ただ、メールが届いた時の京の表情が、今は亡き結生さんを見ている時と同じだったのが気になる。


 どうにかして京の現状を調査したいが、京がスマホを手放すことはなかった。


「明日音ー? 傘持ってないよね? 私持ってるから一緒に入っていく? 最寄り駅まで行ければお母さんが迎え来てくれるって」


「うわっ! 急に現れないでよ」


「えー、もっと前から声掛けてたけど」


 教室にあたし一人だと思っていたが、いつの間にか帰ったはずの京があたしの目の前にいた。どうやら親に電話して迎えに来てもらうように頼んでいただけで、帰ってはいなかったようだ。


「うちは迎え来れないから助かるけど、いいの?」


「お母さんも久々に明日音に会いたいからって」


「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。ちょっと日誌出して来るから待ってて」


 あたしは注意されない程度の早歩きで職員室に行き、書き終えた日誌を担任に渡した。


「はい、確かに受け取ったわ。あ、後で教室に戻る用があるから手前の扉以外戸締まりをお願いね」


「はーい、じゃあ先生さよならー」


 職員室を出て渡り廊下から外を見ると、雨は弱まるどころか、更に強く打ち付けるように降っており、京の提案がなければずっと帰れていなかっただろうと身を震わせた。


 教室に戻ると京はスマホを弄って時間潰していた。


「おまたせ、京」

「おかえり。帰り支度と戸締まりならやっておいたから帰ろー」

「えっ、やってくれたの? ありがと京!」

「この後雨が強くなるかもって聞いたからね。少しでも早く帰ろうと思って」


 ドヤ顔で手渡してきた鞄を受け取って、昇降口に向かった。


 昇降口の外は変わらず土砂降りで、なんであたしはこんな日に傘を持ってきていないのかと呆れ果てた。


「それにしても珍しいね。明日音が折り畳み傘を忘れるなんて。はい、隣どうぞ」


「ありがと。いや、あたしもなんで持ってないのか疑問だよ……あ、入れさせてもらってるからあたしが持つよ」


 京の傘を受け取り、並んで駅へと歩く。軽い雑談をしつつ、五分ほど歩いたところであたしはふと疑問に思ったことを口にした。


「それにしても、よく今日折り畳みじゃなくて普通の傘持ってたよね。今日は雨降らない予報じゃなかった? というか、折り畳みは持ってないの?」


 あたしが傘を忘れたのは、何もあたしがただ馬鹿なだけじゃない。折り畳みを忘れたのは失念だが、天気予報を見て傘マークが付いていなかったことは確認している。他の生徒を見ても、走って駅まで行ったり、親に迎えに来てもらったりと傘を忘れた者も多い印象だ。


「折り畳み傘はこの間壊れちゃってね。私も今日の予報で傘持たずに登校したんだけど、雨が降るかもしれないから傘を持っていた方がいい、って言われたんだ。だから電車降りてからコンビニでビニール傘を買っておいたの」


 まただ。

 日誌の書き方もそうなのだが、京は最近「言われた」や「らしい」という言い方が多い。つまりこの言い方をする時は、全部特定の人物から情報を貰っているのだろう。


「ふーん、またあのよくメールする人?」


 あくまでも話のネタ、深いところまで聞かないように京に質問する。すると、京は自分でも気付いてなさそうな嬉しげな表情で「そうだよ」と答えた。


「雨が降る前に頭痛が起きるんだって。どこに住んでるか分からないから関係ないと思ったんだけど、念の為に買ったら大当たりで驚いたよ」


「え……?」


 京も住んでいる場所を知らないの? そんな不確実な人の影響で京は回復したの?


 今まで感じていた不安が更に大きくなる。いつでもいなくなれる予防線を張った人、そんな人を信じるなんて京もおかしい。こんな状態が長続きするとも思えないし、犯罪に巻き込まれる前兆の可能性だってある。いつ向こうから直接会おう、なんて言われるか分かったもんじゃない。


「ねえ、京。そろそろその人のこと教えて貰えない?」


「うーん……ダメ、かな」


 京に拒絶反応を示されて、つい傘を持つ手が強くなる。傘に溜まった雨が衝撃であたしの左肩を濡らすが、そんなものを気にする状態ではなかった。


「なんで、ダメなの?」


 自分が今出来る最大限の優しい声色で京に尋ねる。少なくとも京の表情が明るくなったのはこの人がいたからだ。それをただ真っ向から否定する、それだけは絶対にやってはいけない。


「これは、私の我儘だから。あの人は、巻き込まれてるだけなの。それに、私もあの人のことは詳しく知らないから、教えられることなんて日常会話くらいだよ」


 京は目を伏せて言う。その横顔を見て、ますます謎が深まる。


 メールは京が始めたってこと? そもそも、どうやってその人と知り合ったのかすら分からない。しかも何ヶ月とメールしていて詳しいことは知らない、なんてあまりにも怪しい。


「あっ!」


 あたしが二人の関係に考え込んでいると、突然何かを思い出したのか、京が大きな声を出した。


「私、あの人に明日音の話しちゃってるじゃん! ごめんね、名前は言ってないけど不公平だよね。話しても良いか聞いてみるよ」


 すぐにメールを送ろうと京はスマホを取り出した。が、流石に大雨の中の歩きスマホは危なすぎるので慌てて京を止める。


「いや大丈夫! 駅着いてからでも全然いいから、スマホはしまいなよ。スマホ壊れたら大変だよ」


「あ、そうだね。メール出来なくなったら困る」


 素直に鞄にスマホを戻す京を見て複雑な気持ちになる。


 連絡手段が無くなったら困る、じゃなくてメールが出来なくなったら困る、なんだね。


 この子の中で、その人がどこまで大事な人なのか分からない。けど、結生さんがいない今、京を横で守れるのはあたししかいないんだ。


 何とかしてメールをする人と、京を介さずに連絡を取りたい。メールの使い方は正直よく分からないが、メアドさえ分かってしまえば連絡は取れるだろう。そういえば、メールに存在をバラさずに受け取る方法があったはずだ。


 駅に着き、京がメールを送る前にあたしはバレない方法を検索した。


「じゃあメール送って聞いてみるね」


「待って京、あたしの事だしちょっとメール読んでもいい?」


「あ、そうだね。はいどうぞ。と、言っても大したことは無いけどね」


 京からスマホを受け取りメールの内容を確認する……フリをして、あたしは自分のメアドを『Bcc』へと入力した。あとは京が気付かずにメールを送れば成功のはず。


「うん、いいよ。あと、別に名前出しちゃっても良いよ。あ、柊ちゃんと土屋ちゃんはダメだよ」


「流石にそんなにリテラシー低くないよ! まあ、教わったの最近だけど……」


 京はあたしの名前を文章に書き込んで、そのままメールを送信した。その直後、あたしのスマホが振動し、あたしは京にバレないように小さくガッツポーズした。


 その後、あたしはスマホを取り出さずに電車に乗り、京のお母さんに迎えに来てもらって自宅に辿り着く。


 しっかりとお礼を言って別れると、あたしは真っ先に自室に戻ってメールを確認した。


『to:yuki_firefly』

「ゆう、き……?」


 京は本当に結生さんを騙る偽物に騙されているのかもしれない。しかし、京の文章を読んでも京は「お兄ちゃん」とは呼んではおらず、「悠生さん」と呼んでいた。


「同じ名前を持っているように見せかけて、京の気を引いて取り入ろうとしてる? 本当にそうなら絶対許せない」


 結生さんがいなくなってから、京を守る盾はあたしが務めてきた。もしこの小さな取りこぼしで京がまた前みたいに戻ってしまったら、あたしは結生さんに顔向け出来ない。


「正体を絶対に突き止めてやる……」

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