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Re:第五話「それぞれの日常」

 今日はGW初日。


 私は明日音と一緒にカフェで連休中の宿題を消化していた。柊ちゃんと土屋ちゃんも誘ったらしいが、部活で来れないらしい。


「いや〜、京が来てくれるだけでも助かったよ。成績優秀者がいれば宿題もおそるるに足らず、だね」


「見せないよ。教えるから自分で解いて」


 私のノートを写す気だったのか、明日音は若干前のめりになっている。私は明日音を座らせるように肩を押して、二人の間に教科書を立てた。すると、


「……ふふっ」


 かなり雑な対応をしたはずなのに、何故か明日音は笑い出した。


「なにか面白かった?」


「ああ、ごめんね。中学二年の春辺りまではこんな感じだったな、って思って。その年の夏以降に見せてって言ったら、拒否されずに無言でノート渡されて教えてくれることが無くなったから」


 明日音は私の一番長く一緒にいる友達。当時の私の姿を知っているからこそ、思うところがあったんだろう。


「ごめんなさい」


「ううん、京が謝ることじゃないよ。家族を亡くしたことがない人間が、簡単に声を掛けることは出来ない。あたしは今まで通りの接し方を続けて、京が帰ってくるのを待つことしか出来なかった。だから謝るとしたら、あたしの方だよ。力になれなくてごめんね」


 明日音がずっと私のことを気にかけてくれていたことは、今ならよく分かる。当時は喪失した感情が強すぎて、周りが見えていなかった。


 それに気付けたということは、この一ヶ月の悠生さんとの会話を通して少しずつ前を向き、本来の私に戻り始めているんだ。そう考えると、悠生さんには感謝しかない。


 それは離れることも出来たのに、傍に居てくれた目の前の少女にも言えることだ。


「ありがとう明日音。まさかそれで高校を同じにした、とかじゃないよね?」


「いや、そこまでいったらもうストーカーだよ! ……まあ進学理由の片隅には京がいたかもしれないけど」


 明日音が照れくさそうに頬を搔く。


 ちゃんと周りを見れば、お兄ちゃん以外にも私のことを想って行動してくれる人がいるのだと心が温かくなる。


「京が高校に入った直後から、少しずつ明るさが戻っていくのを見て泣きそうになってたよ」


「そ、そんなに前の私酷かったかな……」


「結生さんがいなくなった最初の一年は、もう感情無かったよ。中学三年のラストの方は多少気持ちの整理がついたのか、感情はあったんだけど、目に光が無くて怖かったね」


「ご迷惑を、おかけしました……」


 客観的に自分を説明されると、いたたまれなさすぎてつい頭を下げて謝ってしまう。


「だから、謝らなくていいってば。でもね、今日は宿題の他に、この話をしたかったってのもあるよ。ねぇ京、無理してないよね?」


 お母さんと同じ表情で同じ質問をする明日音。一年以上塞ぎ込んでいた人間が、高校デビューしたかのように行動が変わればやっぱり不安の方が大きいのかな。


「それ、お母さんにも言われたよ。けど、大丈夫。少しずつ行動しようって思えるようになったから」


「そっか。なら良かったよ。じゃー重い話はこのくらいにして宿題倒しちゃお!」


「見せないからね」


 明日音は一瞬安堵の顔を見せると、すぐに明るい表情に戻って私のノートを見ようとしてきた。さっきと同じように明日音の肩を押し込んで椅子に座らせたところで、スマホが鳴った。


 この音はメッセージアプリの音じゃない。悠生さんの可能性が高い。私はスマホの通知を確認する。


『あの人気女優が手掛けた新作コスメが来週から予約開始!』

 私はメールを削除した。


 いや、分かってたよ。だって昨日、悠生さんから十四時以降にバイトが終わるって聞いてたし、今は十三時を過ぎたばかり。でも、身近の人は皆メッセージアプリでやりとりするから、メール来ただけでどうしても期待しちゃう私がいる。


 これ、メールの通知音って変えられないのかな。悠生さんだけの通知音があれば分かりやすいよね。


「み、京? どうしたの? なんか見たことない速度で動いたと思ったら、表情が乱高下してたけど」


「何でもないよ。ところで明日音って、メールの通知音を個別に変えるやり方知ってる?」


「あ、今のでなんでもないんだ……メールの通知音? というか、メールは着信音じゃない? 一応変え方は分かるけど、メッセージアプリの通知音の変え方じゃなくていいの?」


「うん、お願い」


 明日音は困惑顔になってたけど、そんなに私の動きがおかしかったのかな? メールが来たら確認するのは普通、だよね?


「……やり方は以上かな。大したことは無いでしょ」


 明日音から丁寧な説明を貰って、着信音の変更方法を覚えた。これで悠生さんのメールが分かりやすくなる。


「それで、何の着信音に変えるの? 京のお母さんとかなら……『アヴェ・マリア』とか良いんじゃない?」


「明日音、クラシック知ってるんだ」


「どういう意味かな?」


 お母さんのメールの着信音を変えるのも確かに必要だ。でも、お母さんも基本アプリで連絡取り合うから急ぐ必要はない。


「よくメールをする人がいてね。分かりやすくするために、童謡の『シャボン玉』を着信音にしたよ」


「童謡の? 京だからアーティストの曲は無いかなって思ったけど、そんな幼稚なやつでいいの? 親戚の子供とか?」


 私は言葉に詰まる。悠生さんを説明するための有効カードがない。彼氏と説明出来たら--気恥ずかしくはあるものの--最も楽な回答だと思えるくらいだ。


 これをバカ正直に「顔も声も住んでる場所も知らないけど、この人は私のお兄ちゃんの代わりなんだ!」と説明をして「そうなんだ!」と頷かれるわけが無い。なんなら今まで以上に心配されてしまう。結果、


「そうそう、そんな感じ」


 明日音じゃなくてもバレバレな誤魔化し方をするしか無かった。嘘をつく方法をお兄ちゃんから教えて貰っておけばよかった……


 明日音は訝しんだ顔でこちらを見ならがら私の右手を指差した。


「ふーん、で、そのシャボン玉があなたの右手から流れてるけど」

「えっ!?」


 明日音に指摘されて、私のスマホから先ほど設定した童謡が流れていることに気が付いた。


 誤魔化すことに頭を使ってたから、着信音が全く聞こえていなかったようだ。記念すべき初の着信なのに非常に残念な気分になる。


『バイト、やること無くて早く終わりました。なんか大学の友人がバッティングセンターで馬鹿やってるらしいので、これから参加してきます』


 即座にメールを確認すると、バイトの終了と遊びに行く連絡メールだった。


 馬鹿やってる、お兄ちゃんとの会話では絶対に聞くことがない新しい動詞だ。最初は意味がわからなかったが、最近は悠生さんの友人に対する悪口とは言わない、悪口のような口調の意味がわかるようになってきた。


「みーやーこー? 結局誰なの?」

「バッティングセンターってバットを振るところ?」

「えっなに急に、こわっ」


 殴られると思ったのか、顔をガードしている明日音を見て現実に戻る。


「あっごめん! メールに集中しちゃってた」


 友達といる時にスマホに集中しすぎるのは良くない。しかも顔文字や着信音の変更方法を教えてくれた明日音に対して、これは仕打ちが酷過ぎる。反省しなくちゃ。


「ほんとごめんね。宿題、再開しよう」


 両手を合わせてしっかりと謝罪する。しかし、明日音は特に気にした様子も無く、カフェのメニューを手に取って目を通し始めた。


「なんかスイーツでも頼んでるから、その間に返信しなよ。京はたまごプリンでいい?」


「いいの?」


「甘いものでもあった方が勉強も捗るでしょ。あたしが手を止めるんだから、京も気にしなくていいよ」


「ありがとう、じゃあお願い」


 今日は明日音に感謝と謝罪をたくさんする日のようだ。明日音に甘えすぎないように、手早く悠生さんに返信しよう。


『バイトお疲れ様です。お友達と楽しんできてください。私は今カフェで友達と宿題消化中です』


 急ぎのメールでもないし、お互い用がある状態だから返信を求めるような内容じゃない方が良いだろう。


「よし、お待たせ明日音」


「はいはーい、じゃあスイーツ来るまでもう少し進めようか」

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