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第五話「それぞれの日常」

 GW初日。


 バイトが終わって昼とも夕方とも言い難い時間、俺は大学の友人連中が遊んでいると聞いてバッティングセンターに向かった。しかし、


「よう、岸」

「おう、若月。……あれ、他の連中はどうしたんだ?」


「不知火と黄金井の雑魚腕力共はコンビニでアイス奢りよ。清水はストラックアウトのとこにいるぞ」


 実際来てみると若月しかいなかった。その若月は自らの腕力を自慢するかのように、力こぶを作りながら、後ろのパンチングマシンを指差した。


「お前ら、また高校生みたいなことを……」


 パンチングマシンで点数がビリとその一つ上のやつが罰ゲームで何か奢らせる。男子高校生がやりがちな遊びだが、大学になってもまだやるか。


「大学生でもガキはガキよ。そもそも二ヶ月くらい前はまだ高校生、オレらはガキで結構さ! 全く、岸が早めに来ていたら岸の奢りだったというのに」


「俺が負ける前提かよ」


「なら、やってみるかい? クレジットはオレの奢りでやらせてやろう」


 若月が百円を取り出してパンチングマシンに投入する。拒否をする前に騒ぎ出すパンチングマシンを見て、俺は仕方なくやることにした。


 殴る型とかよく分からんが、とりあえずゲームの進行に従って二回ぶん殴った。結果は……


「オレと五ポイント差、だと?」

 俺は画面に出ている最高点の若月に負けて二位だった。でもこれなら貧弱レッテルは脱却と言っても良いだろう。


「岸ってスポーツでもやってるのか?」


「いや、高校時代からずっと大型家具屋のバイトしてるから、必然的に力がついたんだと思う。バイトしてなかったら本当に奢りだったかも……っと、悪い。マナーモードにしてなかったな」


 若月と話しているとメールの着信音が鳴り響いた。


「バッティングセンターでマナーモードかどうか、なんて誰も気にしねぇって。それ、クラシックか? なんか意外だな。お前って通知音とか変えなさそうなのに」


 若月は右手を顎に添えて言った。確かに現代においてメッセージアプリの通知音は変えることはあっても、メールの着信音を変えることは珍しいかもしれない。そして、俺はそれすらも変えない人間だと思われていたようだ。


「メールを使う人がいてな。頻繁にするもんだから、個別の方が分かりやすくて良いと思ったんだ」


「ほーう。まあ、お年寄りとかもまだメールの方が良いって言う人は多そうだよな。で、誰とか聞いていいやつか? ん?」


 若月はニヤニヤとした表情で俺を見た。


「誰って言われると説明が難しいな……」


 京さんとの間柄を説明するのに、わかりやすい言葉が存在しない気がした。


 一番最初に思い付くのは「兄妹」だが、これは互いが代わりになっているだけであって、俺の妹は美矢子しかいない。それは京さんも同じ気持ちだろう。


 じゃあ「友達」かと言われると、それも違う気がする。顔も声も、住んでる場所も知らない。好きなものやことは、普段の会話で聞いているから多少は分かるが、その程度だ。


「友達と言っていいのか分からん」

「なんだ煮え切らねぇな」

「もう今は使われることがほとんどないが、『メル友』と呼ばれる単語が存在したぞ」


 急に入り込んで来た若月以外の声。声がした方を振り向くと、そこにはストラックアウトを終えて戻ってきた清水が立っていた。


「メル友って、メール友達ってやつか?」


「ああ、文通相手とも言うが、メールを使って会ったことのない人と会話をすることを意味する。今はSNSを使うことが多いからネト友などと言う人の方が多いな」


「さすがメガネ。古い知識を知ってるな」


「メガネ関係ないし、さほど古くないぞ」


 清水がメガネの縁を持ち上げてキメ顔で知識をひけらかす。若月は感心した様子で拍手している。


「メル友、か……」


 大多数を納得させる単語なのは確かだ。俺達の特徴を綺麗に捉えている。しかし、なんとなく肯定したくなかった。


 俺はこの関係を綺麗な枠に嵌めたいとは思わない。これは俺達の傷が癒えるまでの秘密の契約、ただ友達のようにメールしている訳では無いんだ。


 その時、またスマホから着信音が鳴り響き、件の人物からのメールを報せる。なんでこのタイミングで二通送ってくるんだ……。


「その曲は『亜麻色の髪の乙女』だな」


「清水、知ってるのか?」


「ああ、簡単に説明すると花畑で歌を歌う亜麻色の髪の少女に魅せられた男、というのが曲の背景となっている」


「ほーう?」


 ニヤニヤ視線が二倍になってこちらを見てくる。


 俺は曲の背景なんぞ知らずに「なんか京さんっぽいな」ってだけで選んだから、意図とか全く無い。ただ、この手のノリは言えば言うほど、たとえ本心じゃなくても勝手に墓穴となるから、話題を変えるのが一番の逃げ道だ。そしてその逃げ道が自ら足音を立ててやってきた。


「おら! アイス全員分買ってきたぞ! てか五月の頭にアイスってまだ寒くねぇか!? てかなんで黄金井は荷物持たねぇんだよ!」


「てかてかうるさいぞ、不知火。お、岸も来たのか。じゃあ次は動くバスケゴールへのシュート勝負でビリ二人がファミレス奢りだな」


 雑魚腕力コンビが帰ってきてくれたおかげで話が逸れ、アイスを食いながらバッティングセンターの隅にあるバスケコーナーでシュート対決をすることになった。助かったは助かったんだが……


「誰もバッティングしないな、俺ら」


 バッティング以外で遊び尽くしたあと、俺達はファミレスに向かった。


 ちなみにシュート対決は、不知火の圧勝で終わった。罰ゲームは俺と黄金井だ。


「黄金井は人に奢りたいのか? パンチングマシンもバスケも自分から仕掛けて両方奢ってるじゃねぇか、はははっ」


 二位の若月が笑いながら黄金井の背中を叩く。黄金井は鬱陶しそうに筋肉ダルマの張り手を振り払った。


「うるさい叩くな筋肉ダルマ。僕の高尚な身体が壊れたらどうする。女の子達から刺されても知らんぞ」

「お前の身体、コショウで出来てんのか。すげぇな」

「若月、高尚だ高尚。ただのナルシスト発言。そして黄金井はそろそろ女性陣から刺されろ」

「くそぉ、なんでこんなナルシストがモテるんだよ……世の中どうなってんだ。バスケやったらモテるって聞いたのによぉ!」

「身長だろ」

「身長じゃね?」

「身長でしょ」


 飯を食いながら馬鹿な連中が騒いでる中、俺はテーブルの下で二通のメールを確認した。


『バイトお疲れ様です。お友達と楽しんできてください。私は今カフェで友達と宿題消化中です』


 一通目は俺がバイト終わりに送ったメールの返信だった。向こうも友達と遊んでいるようだ。


 そして、二通目。

 送られてきたのは、たまごプリンといちごのショートケーキが映った写真だった。本文はとても少なく『スイーツ好きな悠生さんへ』とだけ書かれていた。


 まさかこの為だけに送ってきたのか?


 何を返すのが期待された結果になるか分からない。とりあえずファミレスの料理でも撮って送るか?


 俺は山ほど注文されたピザとハンバーグ、そして三種類混ぜられたドリンクを撮影して、京さん同様に短めの文で返信した。


『男子大学生は雑』

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