神様が片づけてくれる
俺も祈ろう。
まだ生きているらしい、瀕死の男が三人もいるんだ、こいつらをどうしよう。
縁もゆかりも同情もしないが、俺には殺す勇気がないし、お兄ちゃんでも弟でも無いので、助ける気は全くしない。
だったらどうしよう、だから祈っているんじゃないか。
しばらく、お金持ちになりたいと一心に祈っていたら、おぉ、祈りが通じたらしい。
主神像の前のベッドに、男達を無性に寝かせたくなってきた、理由は分からない。
神の御心が、下々に分かってたまるか。
「〈さっちん〉、お告げがあったぞ。 まず〈つばさ君〉をベッドに寝かせてあげよう」
「はぁ、もう〈さっちん〉は諦めたわ。 でも、寝かす事に何の意味があるのよ。 疲れるだけだわ」
「かっ、神の御心を何と心得る。 この不届き者めが」
「ふん、分かった分かった。 |下手な小芝居《へたなこしばい〉はやめてよ。 見ているこっちが辛くなるわ」
くっそ、お芝居にはちょっぴり自信があったのに、顔が赤くなったじゃないか。
この虐めっ子め。
「ちっ、そう思うのなら足の方を持てよ」
俺達は、よっこらせいと、〈つばさ君〉をベッドに寝かせた、そしてまた祈ってみる。
閉じている目の中に、七色の光線が乱舞して交わり、優美な曲線を描いて、最後は輝く球体となって、突然パッと消えてしまった。
一瞬だったのか、一日続いたかさえも、判然としない光の奔流だ。
あまりにも幻想的で美しかったので、俺はしばらく茫然としていたと思う。
もう一度見てみたいと願う、感動的な体験だった。
「げぇ、〈よっしー〉、見てよ。 死体が消えているわ」
〈さっちん〉は、何と冷たい女子高校生だ。
〈つばさ君〉はまだ温かかったので、生きていたのに、死体ってひどいよ。
「おぉ、すげぇ。 綺麗に無くなっているじゃないか。 神様ありがとうございます」
〈つばさ君〉は消えていた、突然パッと消えてしまったんだと思う。
俺はこの時、少しお頭がおかしかったらしい、あり得ない現象が起きているのに、ちっとも動揺しなかったんだ。
目の前にグワーと横たわっていた厄介事が、綺麗に片付きそうで、すごく嬉しかったんだと思う。
自分の手を汚さないで、神様が片づけくれるのだから、ちょっとはある良心も痛まない。
神様も、たぶん、喜んでいるはずだ。
〈つばさ君〉も、死にそうな苦しみから解放されて、皆ハッピーじゃないか。
そう思っておこう、それが平和だ。
そうとなれば、後の二人も苦しみから救ってあげなくては。
たぶん、頭とかが相当痛いはずだよ。
後の二人も、すんなり神様へ捧げられた。
〈さっちん〉が黙って手伝ってくれていたのが、ちょっと意外だったな。
残っている三人の服を、俺は漁り、現金五万円程度を手に入れた。
生贄になったのだから、もう金の使いようはない、俺が代わりに使ってあげるべきだろう。
ポイントカードもあったが、〈さっちん〉がじっと俺を見ていたので、泣く泣く諦める事にした、俺のと合わせればお皿がもらえそうなんだよ。
クレジットカードやスマホは、当然放置する、こいつらは足がつきやすい危険な物だからな。
「〈さっちん〉、ここに長居は無用だ。 現場から出来るだけ離れよう」
「うん、分かったわ。 それでどこに車があるの」
「えぇっと、車は持っていなんだ。 朝になったら電車で帰るんだ」
「へっ、無いんだ。 しょうがないわね」
〈さっちん〉の軽蔑したような目が、とても心に痛いぞ。
くそっ、悪かったな、地方都市で車を持っていない男は、異常なんだろう。
俺が空間の隙間から出ようとしたら、〈さっちん〉が悲鳴のような声をあげた。
「えっ、ちょっと待ってよ。 私をこんな場所に置いてかないでよ」
「はっ、この隙間から出れば良いだろう」
「何を言っているの。 隙間なんか全然無いわ」
あれれ、この隙間は〈さっちん〉には見えていないのか。
それじゃ往きはどうして入れたんだ。
「〈さっちん〉、手を繋ぐぞ」
「えぇー、急にどうしてなの。 私達はつき合っていないよ」
〈さっちん〉の常識では、手を繋いだら彼氏なのか、案外ウブなんだ。
「はぁ、俺に触れれば見えるんじゃないか」
「はっ、そうかも。 来る時は間接的でも来れたんだ。 分かったわ」
〈さっちん〉の手は思っていたよりも、小さくて柔らかい手だった、正に女の子の手だと思う。
外へ出れば、まだ雨が降っていた。
「ふぅー、傘をとってくるね」
〈さっちん〉は〈桜草〉の玄関先に置いてあった、客が忘れていった傘を持ってきた。
かなり古いが、バリバリと音がしながらも何とか開いてくれる。
俺達は駅の方へ、相合傘で歩き出した、深夜の繁華街は雨の音しかしない。
直ぐ横の〈さっちん〉の吐息が、五月蠅く聞こえるくらいだ。
「荷物を持ってこなくて良かったのか」
「携帯も持ってないし、お金も無いんだ。 少し服はあるけど、あの女に掴まったらひどい目に合わされる。 私は虐待されていた、すごく可哀そうな少女なんだよ」
おぉ、何も持っていない高校生、未成年だよな。
厄介かも知れないし、犯罪にも繋がるけど、おっぱいを二つも持っている、とても魅力的なことだ。
俺は駅の裏口から少し離れた、空き家の裏で空間を切った。
異界は雨の時とか、夜は大変便利なものだな、テントいらずだよ。
俺達は〈つばさ君〉達が残してくれた服を集め、くるまって寝る事にした、他にする事がないからな。
〈さっちん〉は、「うっ、男臭い」と文句を垂れているが、贅沢を言うなよと思う。
ふぅ、当面の厄介事が解決したから、腹が空いてきた、だが食うもんが何もない。
しょうがない、〈さっちん〉を食うか。
「〈さっちん〉、助けたら何でも言う事を聞くんだよな」
「えっ、そんなこと言ったけ」
「うん。 バッチリ覚えているぞ」
「ち、ちょっと、そんなに近づかないでよ」
「そう言うなよ。 行く所が無いんだろう」
自分で言っといてなんだけど、俺は〈さっちん〉の面倒をみるのか。
どうなんだろう、まあ、明日になったら考えよう。