Episode40「生きたい」
夜明け前。
ノアたちは、目の前に広がるバルザへ続く3kmの「バルザ海峡」を見つめていた。島にボートなどはなかった。
だが、バルザ海峡は全体的に水深が浅く、途中に休める小島もある。
「3kmの海峡…やっぱり泳ぐしかないか。」
「途中で休めるポイントもいくつかあるし。」
「恥ずかしいが、俺は泳ぎは得意じゃねぇんだよなぁ…。」
「…………。」
エリスは海を見つめ、何かに怯えているようだった。
「…エリス?」
「…私、泳げないの。」
記憶の奥底でうずく痛み。
水の冷たさ、沈む感覚、意識が薄れていく感覚。彼女の脳裏には、幼い頃の光景が蘇っていた。
戦争で故郷を焼かれ、必死に逃げた先で力尽き、盗賊団に拾われたあの日。
「生きたいか?」
闇に包まれる意識の中、誰かの声が聞こえた。
「お前に魔法を授けよう。」
「お前がそれを望むとき、目覚める。」
盗賊団たちが幼きエリスに使用した「復活の魔法」。瀕死の者を復活させることができる魔法で、「生きる」という強い意思さえあれば、傷一つなく復活することができる治癒魔法の一種だ。
「おい、エリス…なんかヤバいぞ。」
「……風が…?」
「す、すごいわ…!!」
エリスの体が光を帯び、足元から魔法陣が広がる。
「私……生きたい…!」
風が渦を巻き、体が浮かび上がる。空気が凝縮し、形を成し翼のように広がったのだ。
「……飛んだ……だと!?」
「ば、馬鹿な…!?」
「エリス、すごいわ!!!」
To be continued…
復活の魔法 ― Regeneratio Vitae
古来より伝わる蘇生術のひとつ。
これは、瀕死の者――命の灯が今にも消えようとする者にのみ効果を発揮する。
一度唱えられれば、傷も疲弊も癒え、命は元の輝きを取り戻す。
その身も心も、まるで最初から傷ついていなかったかのように蘇生する。
だがたったひとつだけ厳しい条件がある。
それは、瀕死の者自身が、「生きたい」と心から願っていること。
いかに強力な魔法でも、本人にその意志がなければ力は及ばない。
希望なき魂には、この光は届かない。
ゆえに、この魔法が真に効果を発揮したとき、そこにあるのは魔法の力だけではない。
生きようとする強い意志と、救おうとする者の祈り。
その二つが交わるとき、初めてこの世界に"奇跡"が生まれる。




