8話 怪しいおっさん
夕方が訪れた頃、私とティランプは居酒屋のちょっとした人気者となっていた。
それもそのはず、化け物カエルを見事な射撃で仕留めたのだから。
「流石はティランプ大統領だ!」
「国家を象徴するライフルで仕留めるとは……感服ですな」
と、こんな風にさっきから歓声が止まらない。まあ私は銃を運んだだけなんだけどね。
「酎ハイ持って来たわよ」
エプロン姿の私は、キンキンに冷え切った二つのグラスをカウンターに置く。ちなみにこの人は休憩中の店長だ。
「おっ、ありがとうなアヴァカンちゃん」
「いえいえ、お礼はいらないわ。これが仕事だから」
作り物でない自然な笑みが零れる。
ずっと家に閉じ籠っていたから就職どころかアルバイトもやったことがないけど、誰かのために働くのは案外楽しいと思う。その対価としてお金も貰えるし、一石二鳥だ。
「おっと、俺はそろそろ戻らないとな。選挙のためにな」
ティランプは羽織っている黒のジャケットを整え、席を立つ。
「帰るの?」
「ああ、すまないが選挙の件で戻らないといけない。数日後には戻って来るから。じゃあな」
それだけを言い残すと、彼はそそくさと店を出て行った。
ティランプが消えてしまうと何だか寂しい。その証拠に店内は少しの静寂が漂う。
しかし、私が役立っていることも理解できる。
「アヴァカンちゃん可愛いよなー」
「エルフって初めて見たけどあんな感じなんだ」
「今度隣町の奴も誘うか」
奥の方で仕事に疲れた男性陣が私に視線を送ってはコソコソと話している。残念ながらエルフという種族は人間の数倍は聴覚がいいので会話の内容は全て把握可能だ。
ちょっと複雑な気分ではあるけど、ティランプは優れた政治家だ。まさか本当に過疎問題が解決しそうになるとは思いもしなかった。
扉が豪快に開けられ、一人の男が入店。
種族はよくいる一般的な人間。年齢は40代ぐらいの中年真っただ中のおじさん。服装は上質なスーツで、上手に着こなしている。
これだけ見れば仕事帰りのおっさんにしか見えないけれど、その表情には何かを隠す闇が潜んでいた。
思わず凝視していると、目が合う――――そして、彼は怪しげな微笑みを浮かべながらこちらに歩み寄る。
「な、何か用かしら?」
そこらの一般人が出せる雰囲気ではなく、恐る恐る聞く。
「お前はキーレフ族の令嬢の……アヴァカンだな?」
眼前のおっさんはメモ帳を見ながら言う。
「そうだけど……よく分かったわね」
「まあな。ニュースで報道されまくってるからな――――それはさておき、お前とは少し話したいことがある。表に出てくれないか?」
「え、いいけど……早くしてよね」
私が心配だからと来ていた副店長に許可を貰い、外に出る。
夜だからか、少し肌寒い。
私は常に家という監獄に押し閉じ込められていたから、この感覚はまさに久しい。
「遅れたが、俺はマイケル・フィリップスだ」
「マイケル、ね。言う必要はないと思うけど、私はアヴァカン・キーレフだから。よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
不意に握手を結ぶ手を差し出され、戸惑いながらも握り返す。
マイケルの手、傷だらけね。何の仕事をやってるのかしら。
「早速本題に入るが、アヴァカンに仕事を手伝ってもらいたいんだ」
「どんな仕事よ?」
「まあ仕事っていうか報復なんだけどな……悪徳業者の仕返しさ」
「は、はあ!?」
「どうした、そんなにデカい声出して」
驚かない方が異常だ。
「そ、それで、どんな業者なの? 何をされたの?」
「ソイツは車の業者なんだが……定価600万の車を1100万で売りやがった。俺はそういうのに疎いからまんまとハメられた」
そう語るマイケルの意志は本物――――瞳に復讐が籠っている。
「悪いけど、それは流石に……え?」
こんな悪行がバレたらとクソ女同様犯罪者になってしまうと、断りかけたその時――――分厚い札束が差し出された。
「手伝ってくれたら、コイツを全てやってやる」
「ぐぬぬ……」
葛藤する。
見たところ、40万は確実にある。
この件を受け入れるべきか断るべきか……そんな二つの考えが心で渦巻く。
今の私はホームレスに等しい貧乏人。店でのお給料もここまでは多くない。でも、刑務所に行くのは……。
悩むことしばらく、ついに答えが導かれる。
それは――――協力だ。
「分かったわ、やりましょう……ただし、ヤバくなったら私は離れるわよ」
「ありがたい。それで構わない。じゃあ今から、武器を買いに行くぞ」
副店長さん……ちょっとだけ離れる必要があるみたいだわ。