6話 ド田舎
初の列車は、馬車しか乗ったことのない私にとってまさに未知の塊そのものだった。
数十キロの距離をたった少しの時間で移動。
窓の外で動く風景も馬車とは比較にならない程、速い。
「……凄い乗り物ね」
領地にある駅のホーム。
私は、どこかへ過ぎ去っていく機関車を眺めて、小さく呟く。
内装は極限まで簡略化されシンプルだったけれど、椅子の座り心地は非常によかったと思う。また機会があれば列車に乗ってみたい。
ティランプに連れられて駅から出ると、視界に自然の宝庫が染み渡った。
都会とは明らかに違う――――清潔で儚いもの達。
草木が自由に生え、透明な川が流れ、鳥の囀りが響く。
建ち並ぶ家屋も大都市と比較して数が少なく、デザインも大人しめだ。
まだ一歩も足を前に伸ばしていないのに、心に満足感が蔓延る。
「辺境も悪くないだろ?」
「ええ、そうね。この環境、気に入ったかも」
ティランプがこの地に漂う空気をたっぷりと吸い込み、振り向く。
「どこから行きたい?」
「そうね……私の家があるって言ってたし、そこから行ってみたいかも」
「ああ、もちろんだ。迷子になることはないだろうが、しっかり着いて来いよ」
派手で傍若無人な人だと思っていたが、結構頼りになるのかな。いや、実際にそうだろう。じゃないと支持率は高くないはず。
辺境の原始的な土の道をしばらく歩くと、森林の中にひっそりと建つ丸太で組まれた家屋が出現。これが私に与えられた家だろうけど、一人が住むにしては随分と大きく感じる。
「早速入ろう。まだ家具はそれ程ないがな」
彼が鍵を取り出してガラスが半分付けられた扉を開錠し、中に入る。
やはり外観通り広大で、窓も多く設置されているからとても快適だ。
しかし、この家を一人で使いこなすのは厳しそうに思える。
「ねえティランプ、これ本当に私だけで住めるの?」
少しの間悩みの表情を見せると、
「この家は本来は6人用のものなんだが、アヴァカンを狭苦しいハウスに押し閉じ込めるわけにはいかないからな」
「そ、そうなんだ……ありがとう。でも、一人じゃ……」
「ああ、そのことか。安心してくれ」
ティランプはほのかに笑顔を浮かべる。
「今は俺は忙しいが――――選挙が落ち着き次第、君と一緒にここで暮らすつもりだ。とはいっても、ずっととは限らないけどな」
「……は?」
このゴブリンの大統領、今、同棲宣言しなかった?
私の聞き間違いだろうと、再度問い掛ける。
「ん? 嘘じゃなくて本当だ。それともこの家が気に入らなかったか?」
マジで言ってるっぽい……。
「家はありがとう! とっても嬉しいわ! でも、その……一緒に暮らすとはまだ言ってないし、何度も言ってるけどまずは関係を……」
「ハハハハハ、そういう心配は不要だ」
爆笑し、テーブルの横にあった椅子に座る。
「実は俺はな、妻がいたんだ」
「奥さん? どんな人なの?」
過去形だし、もう離婚しているのかも。
「最初の妻はエルフの令嬢、まあお前みたいな奴だ。だがソイツとの結婚式の数時間後にリザードマンの女優と、そしてその数日後にはドワーフの宝石店店長と付き合ったんだ。だから恋愛経験はそれなりに豊富だぞ!」
手を叩きながら爆笑を連発する。
「それ、恋愛経験じゃなくて不倫経験でしょ!」
あなた最低ね! と叫んでティランプの頬を軽くビンタ。まあ本気で殴っても私は力が弱いしそこまで深刻にはならないだろう。
「痛いなアヴァカン……ところで」
離席し、私の前に歩み寄る。
「そっちは恋愛とかはあるのか?」
「いや、ゼロ……逆に不倫は羨ましいかもね」
「そういえば、親に不自由な生活を強いられていたんだったな」
ふむふむ、と独りでに頷くティランプ。
「というか、私は今から何をすれば?」
「おっと、そうだったそうだった。案内はまだ終わってなかったな。じゃあ次は君の職場に行こう」
職場……確か酒場だった気がするわね。
素敵な家を一旦離れると、町の中心で経営されている居酒屋に到着。ここが私の職場だそうだ。
「今は誰もいないが、夕方にもなればそこそこ客がやってくる。あと――――」
ティランプがカウンターに凭れ、空のコップを弄る。
「店長はインフルエンザになったからしばらくの間は不在だ。つまり、アヴァカンが店長をやることになる」
「は、はあーーーー!?」
もう私、この国で生きていける自信が全くない。