4話 領地経営
エメリカの首都を飾る大豪邸――――通称ティランプタワー。このタワーはその名の通りティランプが保有する一面ガラス張りの超巨大ビルだ。
そして、そんな私はタワーの最上階にある彼の執務室に足を運んでいた。
目的はやはり、交際のことだ。
ソファに腰掛け、用意されたコーヒーを一口飲むと、話す。
「ティランプさん、やっぱりいきなりは厳しいわよ」
「うーむ……粘るな」
「そ、そうじゃなくて、逆に聞くけどあなたは大丈夫なの?」
ティランプは温かみを感じる笑顔を浮かべると高品質なソファを離れ、一枚の写真を持って来た。どこかの山が写っており、その手前に気で組まれたお洒落なデザインの家屋があった。
「アヴァカン、これは君の為の家だ。辺境の町に建ててやった」
「は、はぁあああ!?」
彼の大胆すぎる行動力に思わず素っ頓狂な声を上げた。
私の家も十分お金持ちだったけど……やっぱり大国の指導者はスケールが違う。一人の見知らぬ女のために家を建てるとは。
「い、家ってそんな……」
「もしかして、田舎なのが気に食わなかったのか?」
「そ、そういう訳じゃなくてっ。本気すぎるな……って思っただけよ」
少し咳き込み、ぬるくなったコーヒーを口内に浸す。苦いのはちょっと嫌いかも。
「それはそうだ。何故ならお前は、ただのワイフじゃないんだ」
「へ? どういうこと?」
私と恋人になりたいんじゃなかったの……だとしたら一体。
「お前には、俺の秘書官――――もっとカッコよく言うと、領主をやっていただきたいんだ」
領地を経営しろってこと? 私は令嬢であのゴミカス肥溜め女から政治の勉強をある程度は習ったけど、それを実施するのは難しそうだ。
インフラ整備とか福祉とか、色々やらないといけないみたいだし。あとは、市民からの支持率もちょっとは必要ね。
「無理よそんなの。あなただけでやればいいじゃない」
「いや、タイミング的にそれは無理そうだ」
「何で?」
「次期大統領選挙があるからだ。俺と同じゴブリンもいれば、人間やらリザードンやらもいる」
気難しそうな顔で足を組む。
「それに、どうしても君の力が欲しいんだ」
「……私、上手くできないわよ?」
今、領地経営を脳内でシミュレーションしてみたが、市民には罵られ、警察に拘束されるという悲惨極まりない結果だった。
「いや、絶対に成功する」
ティランプはテーブルの端に置かれたファイルを中央へと移し、丁寧に開けると挟まれていた一枚の書類をこちらに渡した。
領地のデータだ。事細かに記されている。
ざっと目を通したが、最も印象的だったのは「40代以上の人間あるいは異種族しか生活していない」という項目だった。辺境と言ってたし、過疎地なんだろう。
「ド田舎なのは分かったけど、具体的に私は何をすればいいの?」
「町のバーでちょっと働くだけだ。確か、アルバイトとかいうやつだな」
「あ、アルバイトで何が……」
「アヴァカン、バーには男と女、どちらがより多く来ると思う?」
「それは……前者じゃない」
「ああ、そうだな。そして幸いにもアヴァカンが美人の類に分類される」
「あ、ありがとう……」
何よこの政治家、いきなり褒めてもお金もケーキも出さないわよ。というか私が欲しいわ。誰かよこしてくれないかなー。
「……で、男性というのはとてもアホだが行動力が強い性別だ。だからもしもアヴァカンの姿を見たら、男連中は夢中になって他の街から友達なんかをこの辺境に連れて来る筈だ」
「つ、つまり、広告になれと?」
「ああ、そういうことだよアヴァカン。やってくれるか?」
金稼ぎの道具になるなんて最悪! と思ってしまったが、現在の自分は金のなし極貧エルフだ。それで少しでも資金が稼げるのなら、引き受けるしかない。
「ええ、やってやるわ。ただし、交際とは別々に考えてね」
私の人生、どうなるのかしら……。