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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

梅干聖女の奮闘 〜呪われ殿下の口に梅干しをぶち込んで健康にしました〜 

 



 通勤前にバス停でいつもおしゃべりしている近所のおばぁちゃんに、梅干しをもらう約束をしていた。最近妙に風邪っぽくてバス停でくしゃみをしていたら、おばぁちゃんが分けてあげるわよって言ってくれたから。


「えっ、壺ごといいの!?」

「いいわよぉ。小春ちゃん、いつも話し相手になってくれてありがとね」

「それは私の――――」


 梅干しが入った、両手で包めるサイズの壺を受け取って、笑顔で話している瞬間だった。

 ひゅっと目の前が真っ暗になったので、慌てて数度まばたきをした。今朝もちょこっと調子が悪くて、とうとう本気の風邪になって、目眩を起こしたのかと思ったから。


「「召喚成功だ!」」

「…………は?」


 見たこともない空間のキラキラ光る床の上に、ぽつんと一人で立っていた。

 キラキラ床から五メートルほど離れた場所には、アニメで見たようなローブを着た人が十人くらいと、なんか偉そうな椅子に座ったおじさんがいた。




 聞けば、異世界から聖女を呼び寄せる儀式をしたのだとか。魔法はあるものの、どんな病にも効く治癒魔法などはなく、魔法を使うには色々な制限がかかるそう。そんな世界の理を逸脱できるのが聖女なのだと言う。


 ――――それが、私?


「どうか、聖女様の治癒魔法で王太子殿下をお救いください!」

「私からも頼む。息子を治癒してくれ」


 治癒魔法。アニメやゲームではよく聞く能力。白魔法使いとかがそうよね。物語の中では、そうなのよね?

 でも、私は使えない。ってか元の世界で使える人とかいるの? ってレベルだ。

 超能力者がいないとは断言できないけど、少なくとも私の周りにはいなかったはず。勿論、私を含めて。


「あの…………魔法ってどうやって使うのでしょうか?」


 普通の社会人だろうと、交渉事とか一切しない仕事をしていると、こういうことをすぐペロッと言っちゃうわけで。言っちゃった後に、そういえばアニメとかで自分の能力はバラさないほうがいいって言ってたな、なんて思い出す遅さ。


 ぽかんとしている金髪の偉そうなおじさんは、たぶん国王陛下。それで、周りの人たちは魔術師的な人たちだろう。

 みんながザワリとなりながら、何やら話し込んでいる。


「聖女様の世界とは、魔法の出し方が違う。ということでしょうか?」


 魔術師さんたちの一人がそう聞いて来たけど、そもそも魔法がない世界なのだけど。それを言っていいものか駄目なのか、分からない。もう今さらだし言ってしまおうか。


「とりあえず、簡単なものを試してみてはいかがですかな?」

「あ……の、私の世界には魔法とかないんですが。この世界では使えるようになるんですかね?」

「「魔法が、ない!?」」


 辺りが騒然とした。そして、全員の顔が険しくなっていった。

 王太子殿下を助けられないとか、なぜ役に立たない者が召喚されたのだとか、聖女を再召喚すべきとか、なんか不穏な内容が聞こえてくる。


 私は間違って召喚された? それなら、元の世界に戻して欲しい。王様らしきおじさんが、本気で息子さんを心配してるし、ちゃんとした魔法が使える聖女さんを頼ってほしい。私みたいに、違う世界から呼び出されるのは本気で可哀想だけど。

 なんて考えていたけれど、現実はそんなに優しくなかった。


「再召喚が可能になるまでの二ヵ月、王太子殿下が持つか……」

「召喚を失敗した責任は私にございます」


 魔術師さんたちと同じようなローブを着たおじいさんが、王様の目の前に跪いた。そして、自分の命を以て贖罪すると。


「ちょっ…………と、待って!」


 つい、言ってしまった。

 別に私は心底善良な人間じゃない。小さな横断歩道を赤信号でこそっと渡ったこともあるし、嘘をついてズル休みだって沢山した。ケンカや嫌がらせをしている人を見ても、見て見ぬふりをしたりもした。巻き込まれたくないから。


 でも、これは無理。

 私が聖女じゃなかったから、おじいさんが死ぬの? 私のせいで? その後、私はどうなるの? 私も殺される? 

 私は私のことしか考えていない。

 

「練習、させてもらえませんか? もしかしたら、もしかするかもしれないですし」

「うむ。そうだな……もうしばし様子を見よう」


 王様のその言葉で、どうにか場は収まった。一時的になんだろうけど。




 魔術師さんたちに、魔法を練習する広場に案内された。『魔術鍛錬場』というらしい。そのまんまだなぁと思ったけど、流石にそこは口を噤む。

 あの場にいた魔術師さんたちのほとんどは、鍛錬場の隅でこちらを見ていて、責任を取ると言っていたおじいさん――ロルダンさんが、横で教えてくれることになった。


 結果から言うと、魔法は使えなかった。

 言われた通りに何やら唱えても、何やら出そうとしても、何も起きなかった。シーンとした空気がえげつない。

 

「ふぃぃぃ。疲れた」


 何も成果はないものの、疲労感はある。精神的なものも含めて。

 仕事用のバックに入れていたペットボトルのお茶を飲み、ふと目についた壺から梅干しを一粒取り出してパクリ。


「っ、んーっ! すっぱうまっ!」


 とろけるように柔らかい梅の食感に次いで、キューンとくる酸味と塩っぱさ。その奥にあるほんのりとした梅の実の甘みが、疲れた体に染み渡る。

 この梅干し、めちゃくちゃ美味い。

 おばあちゃん、梅干し作りが得意だって言ってたけど、これ職人レベルでしょ!? と感動さえしていた。


「なっ!? 何ですかその食べものは……」

「え? 梅干し」


 この世界にはないのかな? なさそうだよね、世界観は西洋っぽいし。知らなかったら、酸っぱさが鼻に刺さりはするよね。なんかごめんね。本能的に食べたくなっちゃって。

 梅干しの説明をしつつ、ティッシュに種をペッと出していたら、そういうことじゃないと言われた。


「食べた瞬間、貴女の全身が光り輝き、癒しのヴェールに包まれました! その食べものは、回復薬なのですか!?」


 ――――癒しの、ゔぇーる?


 どちらかというと、包まれたのは酸味にだけど。早く説明してくれ、と前のめりになっているロルダンさん。彼から視線を逸らし、ちらりと見た壁際の魔術師さんたちもざわついていた。

 もしや、召喚されたのは梅干しのほう、とかいうオチないよね?




 なんの結果も出そうにない魔術の訓練は終わらせて、梅干しの解析をすることになった。みんな切り替えが早すぎる。

 今度連れられたのは、何やら科学研究室みたいな場所。

 壺の中身からして、残数の心配をされた。何個入っているんだろうとお皿に出していたのだが、延々と出てくる。二十個を超えた辺りで、何かが可怪しいと気付いた。壺の大きさ的にもう空っぽでもいいはずなのに、壺の中身が全く減っていないのだ。


「は? 一体どうなっているんだ――――グァッ!?」


 研究員みたいな白衣を着た魔術師さんが壺に触れた瞬間、バチッと大きな静電気のようなものが発生した。壺に手を添えていた私は何ともなかったのに、魔術師さんの指先は少し焦げたようになっていた。


「だっ、大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ……君は?」

「私はなんとも」


 色々試した結果、私以外の人が壺に触ろうとすると、電撃が走ることが分かった。

 取り出した梅は、そのまま食べても調理しても癒しの効果があるが、私以外の人が調理すると効果が消えるということが分かった。

 そして……梅干しをそのまま食べるのは、異世界の人には拷問に等しいということも。


「え……こんなに屍累々になるの? 王太子さん、死なない?」

「ゲホッ…………身体は……………………健康には……なりばずので……ゴホッ…………うっぷ」

「いや、顔色悪いよ? ゲボりそうだよ?」


 顔を真っ青にした魔術師さんたちが、それでも早急に王太子に食べさせてくれと言うから、王太子の部屋に向かうことになった。




「や……めろ! なんだその…………腐ったような臭いの実は! やめろ…………やめてくれ…………っ!」


 両手を魔術師に拘束され、ゆるふわの金髪を振り乱し、エメラルドの瞳を涙で潤ませて嫌がる少年のような見た目の王太子。そんな彼に、フォークに梅干しを刺してにじり寄る私。

 傍から見ると、お姫様と暗殺者だろうなと思いつつも、ジリジリと近寄っていく。


 そもそも、梅干しのままなら誰が食べさせても大丈夫なのに、なぜか私が食べさせろと言われた。効果が薄まってはいけないからとか目を逸らしながら言われたけど、絶対に王太子からの恨みを買いたくないだけだと思う。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと酸っぱくて塩っぱいだけですから。腐ってません。なんかシュワッとなってるだけです。クエン酸で、お肉とか柔らかくなったり、なんか凄い効果あるんです。たぶん」


 記憶がわりとあやふやだが、たぶんそんな感じだったと思う。


「やめろ! 説明が雑過ぎる!」

「てか、王太子さん元気じゃありません? 自分で食べれるんじゃ?」

「そんな危険なもの誰が食べるか!」

「あーもぉ! うるさーい!」

「うぐぅ…………ゴホッ」


 王太子の口に梅干しをぶち込んで、顎を下から押さえて吐き出せないようにした。火事場の馬鹿力というやつだろう。あと、私よりも華奢で背も低かったからヤれたんだと思う。

 これが成功しなければ、私も魔術師のおじいさんも命がヤバいのだ。これくらい飲み込んでくれ! と願っていたら、王太子が白目になって倒れた。ヤバい。


「殿下ぁぁぁ!」

「「殿下っ!」」


 魔術師さんたちが白目を剥いた王太子の身体を揺すっていた。

 王太子、死んでないよね? 普通、死なないよね? 大丈夫よね? え、この世界の人、どんだけ酸っぱさに弱いの?

 ちょっと不安に駆られながら白目の王太子の顔を覗き込んでいたら、魔術師のおじいさんが王太子の体力は回復していると教えてくれた。白目剥いているけど、それはまた別問題らしい。


 この出来事のおかげで、私は異世界で『梅干聖女』と呼ばれることとなったわけだが、この時にやったこといえば、王太子の口に無理やり梅干しをぶち込んだことくらいだった。




 王太子は病気というか常に状態異常のようなものだったらしく、原因は魔女の呪いなのだとか。その魔女は既に亡くなっていて、ただただ解除できない呪いが王太子を蝕み続けていたのだとか。なぜ魔女に呪われたのかの説明は受けたが、創世からのなんちゃらかんちゃらで、なんちゃらかんちゃらと話が長くて、右から左に聞き流してしまった。説明してくれたおじいさん、ごめん。


「嫌だ! 絶対に食べん!」


 王太子の口に梅干しをぶち込んだ翌日。王太子の体調はかなり回復しているし、呪いも少し薄まったらしい。でも、まだまだ呪いは健在なのだとか。

 だからまた食べさせて欲しいと、王太子の部屋に連れてこられていた。


「食べたらちょっと体調が良くなるんでしょ? 食べなよ」

「嫌だ!」


 こんなに美味しいのになぁと、王太子の前で梅干しを食べて見せても、真っ青な顔をされるだけだった。


「ねー、そのまんま無理そうだし、料理して王太子に食べさせてみません?」


 隣にいた魔術師のおじいちゃんにそう話していたら、王太子がムッとした顔になった。


「王太子じゃなくてアレンと呼べ」

「はいはい。アレンくん」

「お前より随分と年上だぞ……」


 アレンくん、見た感じ十代なんだけど? と思っていたら、二十八歳だと言われた。


「おん…………その見た目で五歳も上なの?」

「は? お前……二十三歳なのか!?」


 私、十代だと思われていたらしい。これはアジア系の宿命なので受け入れよう。だけどアレンくん……アレン様は、西洋系なのになんでよ?


「呪いのひとつで、成長がずっと遅れている」

「なるほど……なんか大変だったんですね。梅干し食べろ」

「嫌だ。無理だ。生理的に無理だ」

「酷いなぁ。こんなに美味しいのに……」


 結局、梅干しを食べさせるのは無理そうなので、色々と料理してみることになった。




「ということで、色々と作ってみました!」


 ナチュラルメニューとして、梅にぎり、梅茶漬け。

 ちょいアレンジメニューとして、梅と大葉のパスタ、梅水晶(サメの軟骨はなかったから、ヤゲン軟骨バージョン)。

 オシャンティメニューとして、梅肉クリームチーズ、鶏ささみと大葉の梅肉のつつみ揚げ。


 大葉が薬草として生えてて良かった。なんか大葉があるだけで、料理がワンランク上になる気がする。


「ちょこっとでもいいんで、食べてみてくださいよ」

「…………ん」


 眉間に皺を寄せて、ふわふわ金髪を揺らしながらコクリとアレン様が頷いてくれた。

 ナチュラルメニューは、見た瞬間に身震いしていたので諦めるとして、ちょいアレンジメニューからチャレンジだ。


「パスタは……思ったより……食べれる。梅水晶はムリ」


 まぁ、梅水晶もどきは、梅肉を和えただけだったしね。

 それならばオシャンティメニューだ。梅肉クリームチーズは、かなり自信がある。前にバーで食べて感動したから覚えていたんだけど、梅が苦手な友だちがバクバク食べていたから、アレン様もいけるのではと予想している。


「クリームチーズと梅? …………あ。食べれる」

「ですよね!? これ、クリームチーズと梅だけなのに美味しいんですよね。不思議ですよねぇ」


 作った際に味見したが、完璧な出来だった。梅干しの酸味がクリームチーズの酸味と合わさって、上手にまとまっているのだ。そして梅干しの塩っぱさはクリームチーズに上手く包みこまれていて、双方のいいとこ取りみたいになっている。


「こっちはなんだ?」

「チキンカツの中に大葉と梅を入れてます」 


 料理の説明をすると、またもや眉間に皺を寄せられてしまった。ただ、顔色はさっきよりも随分と良くなっている。本当に梅干しに癒しの効果があるようだった。


「美味しいから、だまされたと思って食べてみてくださいよ」


 鶏ささみと大葉の梅肉つつみ揚げが乗ったお皿をアレン様に差し出すと、渋々と口まで運んでくれた。

 ざくり、ザクリ。一口、また一口と、アレン様が食べ進めていく。お皿には三個も乗せていたのに、全て食べてしまった。


「…………美味しい」

「おお! やったぁ!」




 こうして、アレン様と私の梅干し攻防戦は始まった。

 時にはナチュラルメニューを誤魔化しながら出してはバレて怒られ、ちょいアレンジメニューはときおり当たりも出した。基本的にオシャンティメニュー系は食べられるようだった。

 そうして二ヵ月ほど経ったころ、配膳をしていてアレン様の身長が妙に伸びていることに気が付いた。


「……なんか、デカくなってない?」

「ん。節々が痛い。まだまだ伸びるらしい」

「あれ? もしかして声も低くなった?」

「あぁ。いま急激な成長期に入っているらしい」


 基本的に私は厨房で梅干し料理に勤しんでいるか、研究室で梅干しを使った回復ドリンク作りに勤しんでいるかだった。そのせいもあって、アレン様とは食事時にしか顔を合わせないので、全く気付いてなかった。

 ちょっと後退りをしたら、アレン様がムッとした顔をして、立ち上がりずいっと距離を詰めてきた。


「コハルの身長はもう越した。見た目ももう少ししたら追い抜ける。覚悟しろよ?」

「ひえっ……あの時は、ほら、命に関わりそうでしたし? ノーカンで良くないですか?」


 初日に半泣きのアレン様の口に梅干しをぶち込んだことをまだ恨まれているらしい。あの時はまだ体格的に私が勝っていたからやれたが。いま報復活動をされたら完璧に負ける自信がある。


 ――――ヤバい!


「…………何か、勘違いしてそうだな?」

「へ?」


 アレン様にグイッと顎を持ち上げられたと思ったら、目の前にエメラルドのような美しい瞳があった。なんか近くない? と言おうとした次の瞬間にピントが合わなくなるほどに近距離になり、唇にふにゅりと温かいものが触れた。


「っ、んんっ!?」

「目を瞑れよ。あと変な声出すな。色気がないな」

「だ、だって……」


 まさかキスされるとは思っていなくて、なんか色々と吹っ飛んで固まってしまっていた。


「え? てか、なんでキス?」

「好きだからだろうが。嫌だったか?」


 そう聞かれて、全く嫌じゃなかったことに気付いた。むしろ、心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしている。耳が熱い。

 そんな私の反応を見て、ゆるふわの髪をかき上げてアレン様がニタリと笑った。


「覚悟、しろよ?」

「っ……はひ…………」




 異世界に聖女として召喚され、呪われ殿下の口に梅干しをぶち込んで健康にしたら、惚れられてしまったようです。




 ―― fin ――




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面白かったー!梅干しくれたお婆ちゃんは何ものだったのかしら…
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