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『破天のディベルバイス』第10話 来るべき明日⑧


          *   *   *


 ディベルバイスは、刻々と危険な星域に進行していく。希望の地である火星圏までは半年が掛かるだろう、という計算だった。それにニルバナでの出来事は、希望が必ずしも救いになるとは限らない、という事を皆の心に根付かせていた。

 僕は、これから先半年間続く事になる旅路を思い、暗晦な気分になった。仮眠を取れとは言われたが、ベッドにただ横たわって天井を見ていると、どうしてもあれこれと想像をしてしまい、その度に打ち身が疼いて目が覚めてしまった。

 一睡も出来ないまま夕食の時間はやって来て、誰も率先して準備を行う気力が湧かなかった為、インスタント食品が各々(おのおの)の部屋で開けられた。五月の出発当初も似たようなものだったが、当時は皆先行きの不透明さに不安を感じながらも、楽しく笑う事が出来ていた。今船内にあるのは、希望が一瞬にして絶望になってしまった反動と、ユーゲントに対する不信感だけだ。

 伊織や千花菜、恵留も、僕を訪ねては来なかった。僕は独りで居たら船内のぎすぎすした雰囲気に圧し潰されてしまうのではないか、という気がしたが、それを(かろ)うじて繋ぎ留めてくれているのはカエラだった。

「……ねえ、祐二君」

 食事の間も、それから後も、船内の嫌な静寂は続いていた。僕もカエラも、それに釣り込まれるように沈黙を続けていたが、それを破ったのは彼女だった。僕は微かにほっとしながら、「何?」と応じる。

「祐二君、何処にも行ったりしないよね?」

「どうしたの、急に?」

「いや……別に、どうっていう事はないんだけどね。何だか祐二君が、壊れてしまいそうな気がしたから」

 カエラの言葉は、僕をどきりとさせた。

「今、皆神経が尖って、ユーゲントを信じられなくなっている。ニルバナでの事が、全部無駄だったんじゃないかって、アイリ君なんかははっきり口に出した。私はそれが、凄く祐二君に応えているように思うの。祐二君が、あんなに村人たちに抵抗したの、命を賭けた事を無駄だったんだって思いたくなかったんだよね?」

「カエラ……」

 内心をそのまま言い当てられ、再び悲哀のような感情が込み上げてきた。同時に、彼女はそれを理解してくれているのだ、と思い、安堵感と彼女への愛しさが微かに顔を出すのを悟る。

「私、ちゃんと知ってるよ。知っていて、それでも言うよ。……祐二君が頑張った事は無駄じゃないって、私が言ってあげる。祐二君には、祐二君を必要としている私が居る。だから、居なくならないで。壊れないで。祐二君は、ここに居ていいんだよ。他の誰が、どう思おうとも」

「君は……」

 僕は何かを返そうとし、声が震えた。咄嗟に口を突きかけた言葉はそこで消えてしまい、心の中に別の続きが浮かび上がった。

 ──君は何で、そんなに優しいんだよ?

 地球脱出直後、その日のうちにモデュラスとなり、集団に属しながらも孤独な戦いが始まった事。その結果がこれ程にも報われず、二ヶ月半の生活が僕をどれ程摩耗させてきたか。そしてそんな僕の心を、このカエラという少女がどれだけ支え、癒してくれたか。

 全ての始まりは、千花菜を守ろうと思った事だった。だが僕は彼女から、父親の命を早々に奪ってしまい、目の前が真っ暗になった。それでも、現実から逃げたくても戦い続けて、遂には面と向かって彼女に「もっと僕を頼って欲しい」と言った。彼女はそれに感謝の言葉を返してくれたが、それにも拘らず夢(うつつ)のうちに縋った名前は、僕ではなく兄の嘉郎だった。

 あの時も、あの時も、僕を慰めてくれたのはカエラだった。

 報われない千花菜への想いを、僕が恋だと思い込もうとしていたなら。

 そんな事を思った時、昨日目を覚ました際目に飛び込んできた、僕に寄り添うように眠るカエラの白い体が脳裏に蘇り、酔ったように酷く心を乱された。頭に麻酔が掛けられたかの如く、彼女が増々魅惑的に見えてくる。シンプルな白いブラウスに包まれた細身。汗ばんだ胸元と、そこに流れる艶やかな髪。

「祐二君、私の事好きになってよ。……いえ、そうじゃないね。好きだって、気付いてよ。これは、何も悲しい事じゃないよ。祐二君と私、二人ぼっちになるって、きっとこういう事だもの」

 カエラは、あの母性を感じさせる笑みを浮かべた。不意に僕の方へと足を進め、顔を近づけてくる。僕はそれが起こるに任せ、惚けたように彼女をただ見つめた。

 ごく自然に、唇が触れ合った。

「カエラ、昨日の事だけど……」

 僕が切り出すと、彼女は「分かってる」と言った。

「あの時は私、祐二君に何も言わないでしちゃったけど……でも、祐二君が私の事、受け入れてくれるなら。祐二君が壊れないように、私も祐二君の所に居てあげる。祐二君のしたい事……させてあげる」

 その瞬間、僕の鳩尾(みぞおち)の辺りからあの発作にも似た情動が駆け上がってきた。だがそれは、あの時よりも激しく、熱い。

 凶暴化ではない。

 そう判断したのが、僕の理性の最後の役割だった。

 僕は弾かれたように立ち上がり、飛び掛かるようにカエラに向かった。両腕を拘束するかのように、その細い体を自分の二の腕で巻き締める。一時的に接触し、数センチ離れていた唇を再び重ね、片手を彼女の後頭部に回して自分の顔に押し付ける。舌が絡んだようだったが、それがどちらの口腔内での出来事なのか、判断する余裕もなかった。

 彼女の顔で視界が塞がれたまま、二人分の体を闇雲にベッドの方へ押しやる。重なるように倒れ込み、服に手を掛ける。第二ボタンまで開かれたブラウスの布地を掴むと、獲物の腹をこじ開けるかの如く左右に開き、素肌を露出させる。

 カエラは、僕の思いがけない能動に驚愕したのか、口を離しても(しば)しの間息を止めたままだった。我に返り、止めていた分の呼吸を取り戻すかのように喘ぎながら、自由になった腕を僕の背中に回してくる。

 昨日、カエラから行為を受けた後、モデュラス化してからずっと続いていた慢性疲労が噓のように消えた事が、ふと僕の脳裏を掠めた。

 ──これが本能だというのなら、それでも構わない。

 僕は一切の躊躇いなく、決定的な動きをした。


          *   *   *


 ディベルバイスがニルバナから放逐され、僕とカエラが愛を結んだ翌日。

 ダークギルドが反乱を起こし、ユーゲントが失脚した。

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