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『破天のディベルバイス』第10話 来るべき明日⑦

 ⑥渡海祐二


 その日の夕暮れ、僕たちは出航準備を終え、ニルバナを去る事になった。村人たちは、僕たちがディベルバイスに積み込んだ食糧や物資を返せ、とは言わず、またユニット内工場で改造を行ったダークギルドの空母ニーズヘグを船にドッキングさせた時も、それを敢えて咎めようとはしなかった。それは、僕たちに対して情けを掛けているという事ではなく、可及的速やかにここから出て行って欲しい、という意思の表れのようだったが、彼らはあくまでも自分たちの方が僕たちよりも上の立場なのだ、と示すように恩着せがましい事を呟き続けた。

 ディベルバイスに再乗船し、クラフトポートを出てから、僕はアンジュ先輩から直々に「仮眠を取るように」と言われた。自警団に痛め付けられた傷は出発前に処置を施されたが、安静にしていないと悪化する可能性もある、という事だそうだ。僕は「大丈夫です」と答えたが、アンジュ先輩は一昨日の夜千花菜に言ったように、「これは皆の為の命令だ」と宣告した。

「ホライゾンの襲来する前のプラン通り、ディベルバイスはこれからダイモス戦線の生き残りに保護を求めるべく、火星を目指します。それまでの間に、ラトリア・ルミレースの旗艦ノイエ・ヴェルトが停泊しているアモール群を通らなければならない。話によると、セントー司令官のバイアクヘー率いる大部隊も地球方面に進み出しているようだし、これから先、過激派との遭遇も多くなってくると思う。あなたとカエラちゃんは、ディベルバイスの守りの(かなめ)なのよ。ちゃんと休んで、いざという時に戦えるようにしておいてちょうだい」

 確かに僕は、アンジュ先輩にそう言われた方が気が楽だった。ホライゾンとの戦いでは死ぬような目に遭い、皆の助力があって命辛々(からがら)で生還を果たした。だが結局僕たちは追放される事となり、あれ程命を賭けたというのに、安息をもたらす事は叶わなかった。

 僕は、レスリー村長から追放を言い渡された時、何故あれ程自分から抵抗しようとしたのかを何度も考えた。普段から冷めきっていて、事(なか)れ主義とまで言われかねない僕が何故あんなに彼らに突っ掛かったのか。答えは、自分が命を賭けたからだ。それが無に帰してしまうという事が怖かったのだ。モデュラスとなり、人間とは異なる存在となってまで戦おうとしたのに、結局僕では何も出来ないのか、と思ってしまう事を、何よりも恐れていた。

 アンジュ先輩は、僕が村人たちに殺されてしまう、と判断したから、彼らの言い渡した追放を受け入れた。その結果、あのような事になった。僕は間接的に、彼女を苦しめる事になってしまった。

 ごめんなさい、と思うと、再び正午頃の光景が蘇った。


          *   *   *


 痛め付けられ、ボロボロになった体をカエラに支えられるようにしながら、僕が先輩方やダークと共に団地に帰った。その道中に見えた牧草地では、昨日の夕方僕たちがアーノルドの病室にあったもの全てを燃やした時のような火が、空を黒煙で覆い尽くさんばかりに立ち昇っていた。

 団地に到着してから千花菜に話を聴くと、村人たちは最初に土葬した死体を掘り起こした後、その場で全てを焼却する、と言い出し、その通りに実行したという事だった。掘り起こされた一ヶ月前の死体の様子がどうなっていたのか、彼女は敢えて語らなかった。恐らく、筆舌に尽くし難い程無残な、嘔気を催すようなものだったのだろう。

 腐敗した蛋白質の焼ける臭いを嫌でも嗅がねばならない団地の入口付近で、レスリー村長らはその場で生徒たちを見張っていた自警団員たちに、ブリッジで起こった一部始終を語った。そしてアンジュ先輩は村人たちに監視されたまま、生徒たちに残酷な決定を告げた。

「私たちは、このニルバナから追放される事になりました」

 彼女の口調は淡々としていたが、僕はそこに、どうしようもなく滲み出てくる悲哀を感じ取った。

 生徒たちは、いつものように(ざわ)めく事はしなかった。ただ局所的に、ごくりと飲み下された息で喉が鳴る音が聞こえた。

「この人たちが帰ってきた以上、もうここは……私たちの国家として独立させる事は出来ません。皆、本当にごめんなさい。すぐ目の前まで来ていた旅の終わりを……私たちは、掴む事が出来ませんでした」

「そ、そんなの……!」

 絶句していた生徒たちの中から、誰かが立ち直って声を上げた。

「そんなの、ねえよ! どうして……どうしてなんだよ! 俺たち、俺たちだけで暮らして、戦って、ここまでやったじゃねえか! 何で逃げ出した連中に、従わなきゃならねえんだよっ!!」

「そうですよ、先輩!」また別の生徒も叫ぶ。「俺たち、戦えるでしょう? あの船にだって負けなかったんだ、こんな臆病な、卑怯者の連中になんか負けるはずがないでしょう? やっちまいましょうよ! ここは俺たちの辿り着いた場所です、誰かになんて、渡して堪るもんですか!」

 うわっ、というような声が、一時に上がった。

 戦え。殺せ。卑怯者を追い払え。俺たちを売った連中をやっつけろ。同じ苦しみを味わわせろ。老害にけじめをつけさせろ。命で償わせろ。皆殺しにしろ。積もり積もった黒い感情が、ある一線を越えた言葉で次々に吐き出された。僕が恐る恐る自警団を窺うと、彼らは額に青筋を立てて銃を握り、今にも誰かを撃ちそうに腕をぶるぶると震わせていた。

 今までにない強い言葉を浴びせられ続けたアンジュ先輩は、それに耐えるかのように俯いて顔を顰めていたが、やがて声を荒げた。

「あなたたち、それでまた誰かが死んでもいいの!?」

 喉も裂けよとばかりに、顔を紅潮させて喚いていた生徒たちが、そこでぴたりと口を噤んだ。アンジュ先輩が感情を露わにする事は今までなかったので、誰もがはっと驚きに打たれたようだった。

 先輩は、顔をぐしゃぐしゃにしながら続けた。

「私たちだって、手探りの中で出来る限りの事をやろうとしたわよ! でも、この人たちはそれでもどうにもならなかった。これ以上抵抗していたら、祐二君は殺されるところだった。私たちは過激派じゃない、私たちが独立しようとしたのは、そう訴える為でもあったはずよ。それなのに、ここで力ずくな事をしたら……あなたたちの言う卑怯者と、何も変わらないじゃない!」

「安全は保障するって言った癖に……本当だったら、こうなる前に俺たちは安全を約束されていたはずなのに」

 アイリッシュが、小さく呟いた。

「それじゃあここでの戦い、全部無駄だったって事じゃないですか!」

 僕はその時、自分が心の中で今まで思っていた事に──気付いていながら目を逸らしていた見えない傷に、錐を打ち込まれたような気分になった。何よりも、僕が恐れた事だった。無駄。徒労。自分たちがどれだけ足掻いたところで、それが無為だったという証明。

「無駄な事なんてない! 私たちは……」

「俺たちを危険に晒した。それが出来る事だって言って、戦わせた。やれる最良の事だからって、命令するばっかりで。ホライゾンと戦っていた時も、ブリッジに行こうとした俺たちを足止めして、意見の一つも言わせてくれなかった。……そうだ、俺たちの意思なんて、最初からなかったんだ」

「おいお前たち」ヨルゲン先輩が、慌てたように前に出た。「(わきま)えろ。俺たちに不満があるなら聴いてやる。だから、アンジュに当たるのはやめろ」

「あたしからもお願い」

 ラボニ先輩が、ヨルゲン先輩に続いた。

「アンジュだって、一生懸命考えて出した結論なのよ。それしか方法がないって。ここで村人たちと戦って、皆を死なせてはいけないって思ったからこそ。そりゃこれからまた戦場を移動する事になったら、危険はあるかもしれない。だけど、今までみたいに安息を探せるっていう希望を捨てていないから、こういう結論になったの。だから……」

「もう、沢山だよ」

 射撃組の男子生徒が、ぽつりと零した。

「今までと同じなんてごめんだ。一回見ちまった夢を、諦める事が出来ねえのは仕方がねえ事だろ。……これが俺たちの意思表示なんだよ。掴みかけたものを、手放したくねえんだよ」

 その声は今までのように荒々しいものではなく、希望を目前にして一気に暗闇に突き落とされた事に対する、深い悲しみに満ちていた。これこそが生徒たちの、最大の本音ではないか、と僕は思った。

 そう考えながら、もう一度自警団に視線を向ける。彼らはやはり頑なで、今までのやり取りに心を動かされた様子もなく、ただ僕たちが不審な動きをしたら即撃ち殺そうと身構えているようだった。ややもすると、何処か()れているように見えるのは、本当は今すぐにでも僕たちを始末したくて堪らないのではないか、とすら思えて、僕の不快感は増々増大した。

 堂々巡りに突入し、空気が靉靆(あいたい)としてきた時だった。

「……好きにすればいいのではないですか?」

 ウェーバー先輩が、(おもむ)ろにそう言った。他のユーゲントも生徒たちも、不意を突かれたように彼の方を見た。

「今まで繰り返し述べてきた通りです。私たちは私たちにし得る、最良と判断した事を実行してきました。未来が分からないのも、このユニットで待ち受けていた事を予期出来なかったのも、あなた方と同じですから。私たちはその方針を、今後も変える気はありません。その上で、私たちに従えないというのであれば、ここに残れば良いと思います。村人たちと戦うのも、どうぞご自由に。私たちに引き続き従うという者だけ、着いて来て下さい」

「ウェーバー!」

 アンジュ先輩は非難の声を上げたが、彼は言葉を切らなかった。

「互いに不満を抱えたままでは、この先の旅に支障を(きた)すでしょう。いざとなって私たちに従えないという者を乗せている事は、ディベルバイスにとってもリスクです。ここに留まる事で満足出来る者が居るのなら、その方が互いにとってベストな選択のように、私は思います」

 このままでは埒が明きませんし、と彼は言った。また数人の生徒がかっと声を荒げかけたが、反論すれば彼の思う壺だと思い直したらしく口を閉じる。それだけを主張すると、ウェーバー先輩はすぐに引き下がった。


 結局、この後話し合いはあやふやのまま解散になり、出発の準備が機械的に進められた。

 ウェーバー先輩は「着いて来る者は午後三時にここに集まって下さい」と指示を出し、その結果全員が集合した。やはり、本当に死者を出しかねない村人たちとの戦いに身を投じる覚悟のある者は、居なかったようだった。

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