『破天のディベルバイス』第10話 来るべき明日④
③渡海祐二
クラフトポートが開門する音を聞いてから、僕とカエラはすぐに部屋を出、伊織や千花菜たちも呼び、ユーゲントの使用している部屋へ向かった。B棟でダークギルドと近い部屋に寝泊まりしているアンジュ先輩は、夜明けにも拘わらず、僕たちがノックすると一回目で返事をした。「待ってね」と声があり、服を着ているようながさごそという音の後、扉が開かれた。
「先輩、クラフトポートが……」
カエラが言うと、アンジュ先輩はすぐさま肯いた。
「私も聞いたわ。村人たちが戻って来たのか、宇宙連合軍が入って来たのかは分からないけれど……ユニットのゲート開放にバリスタの認証が必要な以上、強行突破したような音ではなかったから、多分前者の可能性が高いと思う」
「何故でしょうか? あの人たちは、ここを捨てたはずなのに」
「私にも、それは分からない。ホライゾンが、私たちの手によって沈められたという事を聞いたのかもしれないわ。何にせよ、多分陽が昇ると同時に起こる事は、覚悟しておいた方がいいわね」
「こんな早くからどうしたんだ?」
テン先輩が、隣の部屋から姿を現した。その目の下には、一昨日からの疲れが解消されていないのだろう、青黒い隈が出来ている。アンジュ先輩は彼の方を向くと、少し言葉を探すように唇を噛んでから発言した。
「……皆疲れているかもしれないけど、部屋を回って、少し早めに起きるよう呼び掛けて。朝は食べられるうちに食べておいた方がいい。それから、これからに備えて身支度を整えておくように、って伝えるの」
* * *
不安な夜を過ごし、その上でいつもより二時間近く早い時刻に叩き起こされた生徒たちは皆、一様に不満そうな顔をしていた。ショーンやアイリッシュなどは、露骨に文句を垂れ流している。不穏な空気の中で簡単な朝食が済むと、その間に話し合っていたユーゲントたちによって、クラフトポートの開門が告げられた。
「今更何しに来たんだよ、あの連中?」
ショーンが苦々しく呟くと、ウェーバー先輩が「まだ、村人たちと決まった訳ではありません」と言った。「その可能性が高いだけです」
「どうでもいいよ。どうせ、ろくでもねえ事が起こるんだろ」
「ショーン、口を慎んで」
千花菜が厳しく言う。彼は不機嫌そうに鼻を鳴らし、口を閉じた。
だが、皆その言葉により、我慢していた不吉な想像に頭を支配されたようだった。不満や不安の声は増殖し、団地の空気に苛立ちを飽和させていく。ヨルゲン先輩が舌打ちをし、コンクリートブロックの上に座ったジェイソン先輩は忙しなく貧乏揺すりを始めていた。
そうこうしている間に、たちまち陽が昇った。夜の薄暗さを留めていた空気の色が完全に変わる頃に、砂利道を大勢の足音がこちらに向かってくるのを聞く。その靴音がばらばらで、行進しているようでもないな、と思いながら塀から顔を出すと、案の定村人たちである事が分かった。先頭に居るのはレスリー村長で、レンズの小さな黒眼鏡とマスクのせいで表情は見えない。
「……来ました」
僕が言うと、団地の入口付近に集合していた生徒たちは、誰からともなく身を寄せ合い、体を隠すように小さなまとまりとなった。ユーゲントが、その生徒たちを庇うように外側に出てくる。どちらかというと、彼ら自身の意志というよりは、生徒たちに押し出されたようだった。
間もなく、団地に村人たちが入って来た。入口の辺りに、レスリー村長が僕たちを逃がすまいとするかのように立ちはだかり、その後ろから現れた自警団がこちらの輪を取り囲み、銃を向けた。
「貴様ら、何処まで腐り果てた脳味噌を持っているんだ、ええ?」
自警団員の一人が、そう叫んで銃を掲げた。僕たちが思わず身構えた瞬間、その銃口が空に向けられ、火を噴く。恐ろしさのあまり誰かが腰を抜かし、それに躓いた生徒たちが次々に転倒する。押し出されたジェイソン先輩が村長の方にふらふらと進み出た。
次の瞬間、レスリー村長は先輩の首を鷲掴みにし、右手の拳をその顔面にめり込ませた。潰れたような声を上げ、ジェイソン先輩は草の上に倒れ伏した。
「何だ、あの有様は? 食糧や物資を勝手に盗み、人工衛星を含むものを破壊し、その上街を水浸しにして、ユニットの軌道まで変えやがったな。とんだ過激派だ、これを他の連中に言ったら、千回死刑にしても足りないと言うだろう。何より、バリスタらの搭乗するトラジェクションを撃沈に追い込んだ」
「何だよ、それ?」サバイユが声を上げた。「知らねえよ」
「リージョン一の近郊で、あの男は死んだ。貴様らのせいでな」
僕はそれを聞いた瞬間、ああ、とやるせない思いが込み上げるのを感じた。やはりそうか、と思い、最悪の未来が成就していく様を実感していた。
ブリークス大佐だ。村人たちはニルバナから退去した後、やはり宇宙連合軍に密告していたのだ。僕たちがここに居て、引き渡しが可能な状態である、と。引き渡し協定に加入していないこの村人たちからすれば、最後の最後まで蛇蝎の如く嫌っていた僕たちを処分するいい機会だ、という程度の認識だったのだろう。そしてブリークス大佐は、それを呑む振りをしてあのホライゾンを差し向け、ニルバナ諸共僕たちを潰そうとした。
村人たちの退去は、最初から一時的なものだったのだ。オセスを再流行させる恐れのあった僕たちを、連合に引き取って貰って厄介払いしよう、という魂胆だったに違いない。そしてその通り、自分たちは帰村する、と大佐に伝えた。大佐はそれでもニルバナを潰す為に、村人たちを密かに始末しようとした。
(……どいつもこいつも、人間の屑のような連中ばっかりだ)
僕は、心の中で彼らに唾を吐き掛けた。先程レスリー村長がジェイソン先輩にしたように、胸中で顔が変形するまで彼らを殴りつける想像を行った。いっそ、以前ダークにしたように噛み付いて、食い殺してやりたい、とまで思った。だが、その獰猛な感情が漏出しないよう、懸命に理性を働かせる。
「私たちは、ずっとこのユニットに閉じ込められていました」
アンジュ先輩が、震えた声で言った。だがそれは恐怖で震えているというより、今にも叫び出したいのを抑え込まれているかの如く、腹の底から絞り出されたような力を秘めていた。
「どうしてその私たちが、ここから離れたリージョン一のメインユニット群近傍で起こった、あなた方の仲間の死に関わっているというのですか?」
「宇宙連合軍の仕業だ! そうに決まってんだろう!」
トレイも、アンジュ先輩に重ねるように叫ぶ。
「不良の売女どもめ。元はといえば、貴様らがこのユニットに転がり込んだせいだ。我々は、半独立ユニットの人間だ。あのブリークスめが何をしようと、本当であれば知った事ではないのだ。連中が貴様らを始末する為に、我々をも戦火に巻き込んだのだとしたら、それは貴様らのせいだ。貴様らが生きている事自体、この村にとっては不要な事なんだ」
村長は、現実を一人で決めつけるようにそう断言した。自警団もそれを合図に、銃口を向けたままじりじりと距離を詰めてくる。狼狽した生徒の誰かが今にも暴走し、それを合図に地獄絵図が出現するのではないか、と僕は思い、そうなったら僕は、銃を奪ってこの団員たちを皆殺しにしかねない、と思考を続けた。
何が、アクティブゾーンだ。僕は、この連中に対して腹を立てている。だから、凶暴な衝動をぶつけたいと考えている。それの何処が、僕の思考に基づかない行動だというのか。
いっそ、本当にそうしてしまおうか──。
僕がふとそんな事を思った時、
「……何処まで、話を都合良く巻き戻す気だよ」
伊織が、静かな怒りを内包した口調でそう言った。
「そんな事を言うくらいなら、最初から俺たちを保護しなけりゃ良かったんじゃないか。俺たちには、最初から何の意志も許されなかった。今までずっと、地球から追い立てられた場所が戦場のど真ん中で、生命の危険がなくなる以上仕方ない、あんたらにどんな扱いをされても我慢しなきゃいけない、って思っていた。そして、その最低の願いすら叶わなかった」
契約は破綻していたんだ、と彼は宣言した。
「俺たちを裏切ったのは、あんたらだ」
「そうだ!」
別の声が、伊織に追従した。そちらを見ると、猫背のフランツが輪の外側まで移動し、精一杯に背を伸ばし、拳を振り上げて叫んでいた。
「死んだのが自分たちの仲間だけだと思うなよ! あんたらが連合軍を呼んだから、俺たちは目の前で仲間を殺されたんだ! 俺たちを責めるくらいなら返せよ、グルードマンとティプ先輩を返せよっ!!」
そうだ、と仲間たちが一斉に叫んだ。皆口々に、一ヶ月の間村人たちに向けて抱き続けていた感情を爆発させ、弾丸にして撃ち込んでいた。
「卑怯者!」
「俺たちは奴隷じゃない!」
「俺たちを都合良く利用したのは、あんたたちだ!」
「戦いもしないで、偉そうな事を言うな!」
聴きながら、僕は獰猛な怒りとは別に、熱い感情が胸の底から湧き上がってくるのを感じた。そうなのだ、これが僕たちの抵抗であり、反撃だ。村人たちを殺したら、僕も彼らと同じになってしまう。
やがてサバイユが、自分のマスクを毟り取って地面に叩き付けた。
「俺たちを、ただのガキの集まりだと思うなよ! 俺たちは戦ったんだ、ここが安息の地じゃないって分かっても、それを受け入れて戦って、勝ったんだ! てめえらが匙を投げたオセスにも、宇宙連合軍の戦艦にも! ここはもう、てめえらの捨てたユニットじゃねえんだ。俺たちの領土なんだよ!」
その時、自警団の男の一人が、何の前触れもなく銃を撃った。銃口は下に向いていたが、射出された弾丸はサバイユの足首に当たり、威勢良く叫んでいた彼は足元を掬われるように翻筋斗打った。
下草が、じわじわと滲み出した彼の血液で赤黒く染まっていく。同じように声を上げていた生徒たちが水を打ったように静まり返り、射撃を行った男はサバイユに近づき、過熱した銃口を傷口に押し当てた。
「うわあああっ!」
「いつ、ここが貴様らの所有物になった?」
男は、サバイユの頭を踏み付ける。「いつ、俺たちがユニットを捨てた?」
「てめえらで、よく考えろ……」
彼は、苦しそうに声を掠れさせながらも言葉を止めなかった。
「オセスの再流行を恐れて、俺たちを残したまま行った……そこに、何の弁解の余地がある……あの、アーノルドって男も、オセスだから残して行ったんだろう?」
「貴様……!」
村人は、たじろいだように身を引く。そこに、再起した千花菜が追撃した。
「アーノルドさんは、私たちと戦いを生き抜いたよ。そして、私たちが未知の敵に勝って、絶望を越えるのを見たんだよ。生きる希望を持って、一度は完治するところまで行ったんだよ。……最期は悲しい死に方になってしまったけど、あの人は諦めなかったよ、絶対に!」
「アーノルド……が?」男が呟いた時、
「耳を貸すな!」レスリー村長は一喝した。「あの男がここに残ったのは、この汚らわしいガキどもを連合に引き渡す手引きをする為だ。こいつらは、そのアーノルドを自分たちの手で血祭りに挙げたんだ」
「違う! あの人は、オセスで死んだんだ。あなたたちが見捨てるから……だから、あんなに苦しまなきゃいけなかった……」
千花菜の目に、じわりと涙が滲んだ。村人たちは、それを微動だにせず見つめ続ける。最早僕たちの声は、届かないのだとすら思われた。
滞りそうな空気に、新たな一石を投じたのはテン先輩だった。
「そんなに話を捻じ曲げたいなら、証拠を見せてやろうか? 俺たちが表向きは過激派という事になっているし、あんたらは宇宙連合軍のやった卑劣な情報統制を知らない事になっている。だから、俺たちを殺しても構わないって思っている。けどよ、事実という事にした内容はでっち上げられても、真実は一つだけだ。俺たちは、あんたらの呼び寄せたホライゾンを倒して、ユニットを守った。牧草地を掘り返してみろ、あんたらの放置した死体が出てくるはずだ。ディベルバイスの映像記録を確かめてみろ、ユニットを潰そうとした連合軍の戦艦を、俺たちが撃破したデータがばっちり残っているはずだ」
その瞬間、また村人たちの顔色が変わった。レスリー村長の顔は、禿頭の天辺まで血液が落ちたように青褪め、その後赤黒くなった。
「貴様ら……病人の死体を、家畜の食う牧草地に埋めたのか?」
「気にするのはそこかよ。安心しろ、もう半月以上経っているから、ウイルスは殆ど抜けているはずだよ」伊織が言った。
「何て、汚ねえ奴らなんだ……豚小屋で育ったのか?」
自警団の誰かが呟く。アンジュ先輩が、また一歩足を進めた。
「病人の遺体を汚いと思っている時点で、あなたたちの心理は明白です。でしたら、確かめるしかありませんよね? テンの言う事が、本当なのかどうか」
「馬鹿にする……!」
先程サバイユを撃った男が、アンジュ先輩に向かって砲身を振り下ろそうとした。彼女が咄嗟に頭を庇うべく両手を上げた時、それまでずっと黙っていたダークが声を出した。
「……見苦しいな。さっさと調べればいいだろう。身体的に無抵抗の相手を殴る事しか出来ないというのなら、こちらにも考えがある」
彼は例の拳銃を抜き、村長の眉間を狙った。
「ダーク君……」
「それを、どうするつもりだ?」
村長は、低い声で問う。今度はその声が、震える番だった。
「貴様を撃ち殺す。俺たちに抵抗の術がある事を、思い知らせてやる」
おい、と伊織が声を上げかけたが、僕は彼の腕を掴んでそれを制した。今は、この駆け引きを見守った方がいい。そのようなニュアンスを込めて無言で首を振ると、彼はぐっと歯軋りしつつ肯いた。
「知事を殺したら、俺たちも貴様らを皆殺しにするぞ」
自警団から声が上がったが、ダークは「生憎だな」と言った。
「俺たちダークギルドは元々、この訓練生たちとは何の関係もない。誰が死のうが、知った事ではない。貴様らがこの連中を殺す間、人数的には俺たちの方が有利だ、貴様らを返り討ちにする事など、造作もないだろう」
無駄な流血はよせ、と彼は続けた。「アンジュ・バロネスに従い、二、三の証拠を確かめれば済む話だ」
村人たちにとっては、自分たちが支配する側の僕たちに怯えさせられる事は、この上ない屈辱となったようだった。自警団員たちは戸惑ったように、レスリー村長に采配を委ねるような目線を送る。村長は顔を赤黒くしたまま、悔しさに耐えるように唸り続けていたが、やがて言葉を発した。
「パレート、市街地で待機している者たちと共に、牧草地を掘り返せ。貴様ら、何人か同行し、死体を埋めた場所を教えろ。私は、ディベルバイスの戦闘記録を確かめる事とする。代表者は着いて来い。他は、こいつらを見張っていろ」