『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国⑩
⑧渡海祐二
先輩たちは、祭りで表明した通り独立に向けての準備を着々と進行させていた。ディベルバイスとホライゾンの戦闘映像を編集し、村に残っていた端末を使い、自動削除されないよう直接ブリークス大佐にメッセージを送った。それは祭りの翌日の事だが、未だに大佐からの反応はないらしい。
また一週間後、工場で作業を行っていたダークギルドは残りのケーゼを組み立て終え、ケーゼ隊の指揮艦となる空母の作成に入っていた。だがやはり、さすがに材料が足りなかったらしく、彼らのドラゴニアをベースに拡張と改造を行う事で、それを造るという方針に切り替えたようだ。光通信のみが可能のケーゼたちと、ヒッグス通信のみが可能のディベルバイスを繋ぐその船は「ニーズヘグ」という新たな名称が与えられ、あと数日で完成する見込みだという。
村人アーノルドの体調は、千花菜によると最早完全回復に近いそうだった。念の為もう一度オセスの検査キットを使用したところ、陰性だったという事だ。
「起きて、外に出たいって時々言うの。気分転換にもなるだろうし、少しくらいならいいよね?」
戦闘でかなりダメージを受けたディベルバイスの修復作業を行っていた僕が、伊織やカエラたちと一緒に昼休憩の為に団地に帰ると、恵留がそう尋ねてきた。ちらりと視線を上げると、窓から千花菜とアーノルドがこちらを見下ろしている。
「オセスウイルスが殆ど抜けたなら、その方が回復も早くなるんじゃないかな。本人も、あんまり鬱々とした気分では居たくないだろうし」
僕が言うと、伊織も「そうそう」とそれを受けた。
「でもあんまり元気になって、前みたいに居丈高に喚かれるのはごめんだけどな」
「ふふっ。一回死ぬような体験をすると、それまでとは生命観が変わったりして丸くなる事もあるんだって。荒療治だったのかもしれないけど、ホライゾンさまさまっていうとこかな」
「冗談。祐二はマジで死ぬところだったんだから。な?」
「な、と言われても……」
僕はカエラと顔を見合わせ、同時に苦笑した。
かくして、アーノルドは普段の僕たちの班とカエラ、更に許可を得る為に話をした付き添いのマリー先輩、というメンバーと共に団地を出た。あまり遠くまで散歩は出来ない、とは伝えておいたが、彼は「どうしても行きたい場所がある」と言い、あの焼却炉がある山の共同墓地をそれに挙げた。遠出ではないか、と僕は思ったが、街の方よりは近くだし、牧草地を突っ切ればすぐに団地にも戻れる、とマリー先輩が言うので、皆でそこに向かう事になった。
共同墓地には、僕たちが先月の作業で埋めたような無縁の人々を埋葬した場所が多いが、一部に個人の家の墓も設えられていた。アーノルドはその中の一つ、自分の家の墓まで進み、合掌した。
「オセスで死んだおふくろを、ここに埋めてやる事は出来なかった。だけど、元々墓に入った連中もそうして俺たちに拝まれて、何かを感じているって訳でもない」
僕たちも自然に黙禱していたが、やがてアーノルドが言った。
「ビルクは、生きている人間の自己満足だって言っていたな。死人は何も感じないんだから、とも」伊織が、嫌な事を思い出した、と言わんばかりに声を低めた。
「酷い言い草だが、それが本当だ。この墓の下に、俺の祖父さん祖母さんやそれ以前のご先祖様の魂が居るのかって言われたら、そうとは言えないだろ。じゃあ墓は何の為にあるんだって言えば、そりゃ忘れない為だ。死んでいった人たちに、忘れていないぞって、墓を見る事を通して語り掛けるんだ」
「だから、あなたも……」
マリー先輩が言う。千花菜、恵留もはっとしたような表情を浮かべていた。
僕は千花菜たちに聞いた、アーノルドが保護された時の状況を思い起こす。彼は、遺体を牧草地に土葬していた仲間たちの所に現れて「そのような場所に母親を埋めないでくれ」と訴えたそうだ。彼女たちも、アーノルドのそんな様子を思い出しているに違いない。
アーノルドは肯き、再度墓に向き直った。
「ここに、おふくろは埋葬されていない。だけど、俺はここに向かって祈りたかったんだ。墓が縁である以上祈る場所は何処でもいいはずだけど、儀式みたいなものとしてさ」
僕たちは、言葉を発さずにその様子を見守っていたが、やがてマリー先輩がゆっくりと口を開いた。
「ここに、キム君も埋められているのよね……」
はっとし、皆辺りを見回した。レスリー村長が自警団を率いて現れ、死んだキムを荒々しく連れ去った事を思い出し、不快感が込み上げた。
「ねえ、キム君とグルードマン君、それからティプの持ち物をここに埋めようよ。彼らにも、お墓を作ってあげたいな」
マリー先輩の一言から、僕たちはすぐに団地に戻って仲間たちに協力して貰い、彼らの所持していたものを集めて共同墓地に運んだ。無縁の人々の、加工もされていない石を重ねただけの墓の横に、それらを埋めて塚を作った。
さすがに泣く事はしなかったけれど、僕はその時心の底から、彼らの冥福を祈って手を合わせていた。そして密かに、今まであまり真剣に祈る事の出来なかった父や兄に対しても、心の奥で祈りを捧げていた。
* * *
その翌々日の、七月十四日の夜だった。
僕とカエラが部屋で、そろそろ寝ようか、などと話していると、廊下から誰かが忙しく駆ける足音が近づいてきた。僕たちが部屋を共有している事は極秘事項なので、思わず二人とも口を噤み、僕はカエラに隠れるようジェスチャーを送る。
足音は僕たちの部屋の前まで来て止まり、止まった、と意識する間もなくけたたましく扉が連打された。
「祐二! 居る!?」
千花菜の声だった。悲鳴の一歩手前、という程に鬼気迫っている。
僕はカエラに、ベッドの中で大人しくしているように囁くと、返事をしながら玄関へと急ぎ、扉を開いた。「どうしたの?」
「あ、祐二。聴いて、大変なの……アーノルドさんが、急に寒気がするって言い出して。熱を測ったら、百二・四度(摂氏三十九・一度)あって……!」
僕は、ぞわりと鳥肌が立ったのを感じた。
「オセスは、陰性になっていたはずじゃあ? 夕食の時も、特に異常もなかったんだろう?」
「それは、私も恵留も大丈夫だと思って見ていたから……それに、検査キットじゃ正確な事は分からないし、完全にウイルスが抜けきった訳でもない。治りかけていたところで急にウイルスが活性化したんだとしたら……」
千花菜は、今にも座り込みそうな程足を震わせていた。僕は外に出て、彼女と恵留がアーノルドを匿っている部屋の方に続く廊下を見る。
「考えてみれば、オセスの発症から一週間が経過した時点で、アーノルドさんの状態はかなり良かった。キムの様子を思い出して比較すれば、良すぎたって言えるくらいに。そりゃ熱も咳もあったけど、寝込む程でもなかったし……もしかしたら、オセスを何種類か保菌していて、その一つが今までは日和見感染だったのかも。免疫がいちばん弱くなるのって、オセスと戦い抜いた病み上がりのはずだから」
「何種類か?」
「インフルエンザのA型、B型みたいな感じで。どれかに感染すれば抗体が出来るみたいだけど、それを回避するウイルスもあるでしょ?」
「じゃあ、もし本当にアーノルドさんが、別のオセスを発症したんだとしたら……それは、一回治った病気の抗体を以てしても防げないくらい、強力だっていう事なのか……」
今にも泣き出しそうな千花菜を、これ以上不安にさせてはいけない。そうなるような事を言ってはいけない。分かってはいるが、僕は言葉を抑えられなかった。何故、ここまで来てこのような事に、という思いだけがあった。
「彼の体調がおかしくなってから、また検査をしたの?」
我に返り、確認しておくべき事を口に出す。千花菜は首を振った。
「検査キットを使い切っちゃったの。今、ヨルゲン先輩が街の方まで取りに行っている。コンビニのも、もうないし」
「看病は?」
「恵留と、万葉たち近くの生徒が。ダークたちの所に、別の子がアンジュ先輩も呼びに行っている。祐二、お願い、助けて! 私……もう、自分がどうしたらいいのか分かんなくなっちゃって……」
僕に言えたのは、
「すぐに様子を見に行く」という簡潔な台詞だけだった。