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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国⑨

 ⑦神稲伊織


「お待たせ」

 眠そうな目の友人たちと共に(しば)らく待っていると、アンジュ先輩が森の方から戻ってきた。その後ろには、ジェイソン先輩が表情の欠落した顔で着いて来ている。途端に、皆の目が険しくなった。

「なあ、あの人、ユーゲントから追放されたんだろう?」

「リーダーなのに、指揮もしなかった」

「準備も手伝わなかったよな。今頃、何しに現れたんだろう」

 聞こえよがしの悪口が、訓練生たちの間から上がる。ジェイソン先輩は居心地が悪そうに身を縮め、アンジュ先輩の背後に隠れるようにした。ヨルゲン先輩たちが厳しい目を彼に向けるが、伊織は妙に落ち着いた気分だった。戦闘中、機銃室でシオン先輩の回線から、ブリッジがパニックを起こして声を強める度にそれらが聞こえていたが、ジェイソン先輩が喚き散らして追い出された事も耳に入っていた。あれでは、皆からの非難も仕方ないよな、と思う。

 だが、彼を連れて戻ってきたアンジュ先輩は、「はい、皆静かにする!」と手を打ち、彼を皆から少し離すようにして座らせた。他の先輩方に手招きをし、彼を訓練生たちの鋭い視線から庇うように配置する。

「えっと……皆。今日のお祭りは楽しかった?」

 彼女は、言葉を探すかのように少々閊えながら問い掛けた。一同から「はーい!」という声が上がり、安心したようにそこで少し微笑む。

「もし、あたしたちが今でも養成所に居たら……こういう楽しい事を、これからももっともっと出来たのかな、なんて」

 万葉がぽつりと呟き、慌てたように(かぶり)を振った。

「ごめんなさい、水を差すつもりじゃないんです。でも……もし戦争がなくて、あの養成所を再建するだけの余力が残されていたらって思うのは、悪い事じゃないですよね……?」

「そうね。でも、戦争は終わるわ」アンジュ先輩は言った。「気休めじゃないわよ。勝つのは、どっちになるのか分からないけど……少なくとも私たちは、もう戦わなくて良くなるわ」

「ホライゾンを退けたから? でもあれは、宇宙連合軍の数多くある戦艦の一つに過ぎないでしょう。ブリークス大佐は、きっと今でも健在ですよ」

 誰か、別の女子生徒が言う。

「だからこそよ。連合軍の裏で動いているらしい、機密のフリュム船。その一隻を破った事は、私たちを付け狙うブリークス大佐に直接要求する鍵になる。……私たちが宇宙連合から独立し、中立派として国家を形成する為の」

 伊織は先輩が言うと同時に、ぐっと顎を引いた。祐二、カエラから聴かされていた事だ。これに、生徒たちはどう反応するのか。

 最初に、数秒間の沈黙があった。皆、先輩の言う言葉を咄嗟に処理出来ないようだった。だが、すぐに(ざわ)めきが生じ、徐々に全体に広がっていった。

「国を創る?」

「俺たちだけで? 出来るのか?」

「ラトリア・ルミレースでさえ、まだ出来ていない事なのに……」

「皆の不安は、よく分かります」

 アンジュ先輩は、よく通る声でそう言った。

「しかしこれは、宇宙連合軍とラトリア・ルミレースが戦っている今だからこそ、出来る事なのです。確かに私たちはネットに情報を流しても、すぐにAIに消去されてしまう。それどころか、バックドアを利用され、何処に行っても居場所を知られてしまう。だけど、ブリークス大佐には直接圧力を掛ける事が出来るし、民間にも噂は流せる。ディベルバイスの力を新たにすれば、双方の勢力がこれを求める事になるでしょう。

 ……私たちが中立を表明すれば、攻撃してきた者は賊軍となります。戦力に於いて圧倒的に連合に引けを取るラトリア・ルミレースはこれをしないでしょうし、連合もまた過激派を鎮圧するという大義名分がある以上、私たちを攻撃する事は出来ない。私たちが攻撃を受けたのは、ディベルバイスが過激派であるという情報操作によるものです。それを取り消すよう、ブリークス大佐に訴えればいいのです。その為の材料は、既に映像データとして保存されています」

 再び、一同が(ざわ)めく。アンジュ先輩は更に続けた。

「この独立は、あくまでも”手段”に過ぎません。ディベルバイスが誰からも迫害される事なく、ここに居る皆の安全が保障される為の。もし、このニルバナに住む事に対して、気が乗らない、という人が居れば、身の安全が確約された後で故郷に送り届ける事も叶うでしょう。だからここは、私たちに任せて欲しい。至らぬところも多くあり、犠牲者も出してしまった私たちだけれど……だからこそ、これ以上誰も、死にも殺しもさせたくない。分かって、くれるかしら?」

「もし……」

 アイリッシュが、恐る恐るというように手を挙げた。

「それでも、ブリークスが要求を呑まなかったら? 情報操作をやめず、玉砕覚悟で俺たちに向かってきたとしたら? 本当に……ラトリア・ルミレースに、ディベルバイスを渡すんですか?」

「ブラフだよ」テン先輩が言う。「ブリークスにとっては、過激派にディベルバイスが渡ってもやりやすくなるだけだ。俺たちを殺し、俺たちにしていた事を、今度はラトリア・ルミレースにするだけになる」

「じゃあ」

「だからその時は、ブリークスを殺すしかないでしょう」

 ウェーバー先輩が、一切の感情を交えない声で言った。

「ウェーバー……」アンジュ先輩が、咎めるような声を出す。

「安全を確保する為の独立。私もそれには、賛成です。ですが、それには覚悟が伴うという事。だからこそあなたも、こうして戦勝記念の祭典という、全体の場で発表する事を選んだのでしょう」

 ──死にも殺しもさせたくない、か。

 聴きながら、伊織はこれから先の事を考えた。

 どちらにせよ、一時的な余裕は生まれる。故郷に帰る事を選んだ者たちが、帰路に就くまでの時間は出来るはずだ。だが自分はきっと、リージョン五には帰らないだろう、と思った。

 里子の自分は、決して家族から疎まれていた訳ではない。義父母も義姉も、過剰な程に自分を歓迎し、涙を流してくれた。義姉は異様なまでに自分を愛してくれたが、そこで思いも寄らない事実が判明し、神稲家に自分という存在が居る事が一種の”違和感”の如く感じられるようになった。

 自分は護星機士になって、誰かを殺したかったのか、と考える。それは否定したい事だが、それでも心の何処かで、今し方アイリッシュが言ったようにブリークス大佐が攻めてくる事を、覚悟して待ち受ける気になっている自分が居た。宇宙に出て、居場所というものが分からなかった自分が小さな存在で、「宇宙」こそが居場所なのだと実感するに至った事は間違いない。だがそれは、自分が神稲家ではなく、アンジュ先輩たちが独立させるこのユニットに留まりたい理由として、成立しているのだろうか、と伊織は自問した。

「戦争があったからこそ、成し得る独立……ね」

 和幸がぽつりと呟いたのが、伊織の耳にはやけに大きく届いた。

「セントー司令官の軍は、もう地球のすぐ傍まで来たんだ。近いうちに、宇宙戦争も何らかの形で終わる。その前に独立しなきゃいけないなら、するべき事は多いなって俺は思うよ」

「もう少しだけ、戦争が続けって?」

 ショーンが、彼の方をじろりと睨む。彼は少々怯えたように、

「そんな事、思うはずがないじゃないか」と言った。「喜ばしい話を、不謹慎なものにしたら駄目だよ。でも……過激派が居なくなったら、ディベルバイスを使った圧力もブリークスには掛けられなくなる。それは本当だ。だけど、連合が転覆させられて過激派による恐怖政治が始まるのも嫌だな」

「戦争なんか、もう俺たちには関係ないんだ」

 スカイが、はっきりと言い切った。

「もし、俺たちに対する敵が来たら、それを叩くだけ。自衛の為の武器だけが、あのディベルバイスだ。それ以外に、何で俺たちの戦う必要がある? そうじゃなきゃ、ティプ先輩の犠牲は……」

 最後の方で彼の声が震え、伊織はちらりと彼の方を窺った。スカイは、先の戦いでティプ先輩が命を賭けるところを間近で見ていたのだよな、と思った。

「独立の後、出身ユニットに帰る奴も居るだろう」

 和幸は、尚も続けた。

「そしたら、連合っていう国に戻る者も居るんだ。その後で例えば、連合が敗れたとしたら……何も思わないのかな。それで何も思わないのは、俺には何だか、引っ掛かるような気がする」

「それでも俺は、外の連中がどうなろうと知った事じゃないな。護星機士なんて格好良い名前を付けられていても、目の前で仲間が死んだのを見て現実が分かったよ。戦争なんて、屑だ」

 スカイの言葉を聴きながら、確かにそうかもしれないな、と感じた。

 アンジュ先輩は黙って生徒たちのやり取りを聴いていたが、やがて咳払いと共にもう一度、決意を湛えた声で言った。

「私にも、覚悟はあります。ただ、今までと同じように、皆で生き残る為に最良だと思った選択をする事。独立を思い立った理由は、それだけです」

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