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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国⑧

 ⑥ジェイソン・ウィドウ


 牧草地の奥、山に入る辺りの林の、村人が薪を手に入れる為に木を切ったと思われる空地。自分の腰を下ろしている切り株の横には丸太が積まれ、台のような別の切り株には斧が突き刺してある。

 控えめな食事を済ませると、ジェイソンはお祭り騒ぎをする仲間たちから離れ、飲み物だけを持ってここに移ってきた。皆無邪気にこの宴を楽しんでいるようだが、それだけにジェイソンは何も言う事が出来なかった。

(ウォリア……あれは確かに、ウォリア・レゾンスだった)

 先日の戦闘は、まさに悪夢だった。ヨルゲンやテンによって自分がブリッジから追い出され、その上逃げた先に敵機が現れた。もう少しで、自分は死ぬところだったのだ。だが、その機体は自分を殺さなかった。

 姿を現したパイロットが、自分に話し掛けてきた訳ではない。何やら自分に伝えようと身振り手振りをしていたが、音を伝える空気のない宇宙空間では、それもこちらには届かなかった。それでもジェイソンは、あの時聞いた、心の中に直接語り掛けてくるような声が、錯覚ではなかったように思う。

(ホライゾンに乗っていたのは、宇宙連合軍の何も知らない兵士たちだろう。フリュム船の事は、機密事項のようだから……だけど、何でウォリアが? スペルプリマーは、一度登録してしまったらその人専用の機体になってしまう。新人のユーゲントであり、経験の少ない者に、何故機体が託されたのだろう?)

 そう思うと同時に、胸の奥が鈍く疼くのが感じられた。

 去年まで自分のクラスメイトだったウォリアは、死んでしまった。アンジュたちが命令を下し、スペルプリマーに乗った渡海の手によって。自分たちの搭乗するディベルバイスがホライゾンに打ち勝ったのだというなら、それは自分たちがウォリアを殺したという事だ。このような事を、アンジュたちに伝えられる訳がない。

(よくよく考えれば、俺たちユーゲントは既に宇宙連合軍の正規部隊に編入されているんだよな……二ヶ月前、俺たちのように地球に下りなかった連中は今じゃ、連合軍として俺たちの敵なのか……)

 ジェイソンは感情のやり場がなく、飲み干したカップを地面に放り投げた。柔らかい下草に覆われた地面ではコップが砕ける事もなく、それはころころと転がって切り株で止まった。人工の夜空に映し出される月の光を浴び、濡れたガラスの(ふち)がきらきらと煌めく。

 もしブリークスが、自分たちが一部のユーゲントと訓練生、民間人のダークギルドだけだと知っているからこそ、何も知らずにこちらを過激派だと信じ込まされているウォリアを差し向けてきたのだとしたら、と考えた。そして、慌ててその考えを打ち消す。あのパイロットがウォリアだと分かった事に、明確な根拠はない。向こうに知らせないまま、こちらを知り合いで動揺させる事は難しいはずだ。それに、幾ら手段を選ばないブリークスでも、そこまで残酷な事をするのだという事は、考えたくなかった。

 それが願望である事に過ぎないと感じながらも、ジェイソンはそこで思考を一旦停止した。考えないようにしても、考えてしまうのだが。

 不意に、牧草地の方から草を踏み締める足音が近づいて来た。

「ジェイソン」

 声を掛けられ、ジェイソンはゆっくりと振り返る。アンジュが立っていた。

「アンジュ……何だ?」

「何だ、じゃないわよ。団地の方まで戻って、大分探したんだから。何しているの、こんな所で? ……って、聞くのも野暮よね」

 彼女は、何処か()まり悪そうにもじもじと肩を動かす。その指先が服の袖を弄っており、訓練生時代から変わらない彼女の癖につい表情が緩んだ。

「すまない、アンジュ。私が皆と同じようにはしゃいでいいものなのか、分からなかったからな。少しだけ、独りになりたかったんだ」

「戦闘中に、ヨルゲンたちから言われた事? それだったら、私こそごめん。勝手に指揮をして、あなたの居場所を奪ったみたいになってしまって……」

「いや、それはいいんだ。私の指揮では、ディベルバイスは戦いに勝つ事は出来なかっただろう。私こそ、皆が精一杯やっている最中に取り乱して悪かった。だが、どうしようもない事だったんだ。君も、分かるだろう?」

「ええ。だから皆、もうそんなに怒っていないわよ。それより、あなたにいつまでも気にしていられると、それこそ皆が気まずくなる。だから……ね、お願い。皆の所に戻りましょうよ」

 やはり、彼女は優しい、と思った。

 だからやはり、ウォリアの事を言う訳には行かない。

「あの……な、アンジュ。頼みがあるんだが、いいか?」

「何かしら?」

「今後も引き続き、指揮を執って欲しい。やはり私には、向いていないのだと思う」

「それは……」アンジュは言葉に詰まる。

 ジェイソンは少々寂しく思いながらも、「いいんだ」と言った。

「皆がそう思っているなら、リーダーを名乗った以上その方針には従わねば。潔く引き下がるのも、私の役目のうちだ」

「それなんだけど、ジェイソン」

 アンジュは、そこで表情を改め、声色を変えた。思わず、立ち上がって正面から彼女と向き合う形になる。姿勢を正したつもりが、体幹が硬直した。

「これから皆に、大切な話があるの。それを、あなたにも聴いて欲しい」

「大切な、話……?」

「この戦いと、逃亡生活に終止符を打つ為の話よ」

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