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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国⑦

 ⑤渡海祐二


 宴もたけなわになってきた頃、養成所での歓迎会を思い出したのか、誰かが「歌おう」と言い出した。皆が共通して知っている歌などあるか、という議論が起こりかけた時、ラボニ先輩がそれを歌い始めた。



 我が生受くる惑い星 地の(うから)こそ(あやま)たず

 摂理の絆解き(ただ)し 星を護るは機士の命

 いざ鋼鉄の騎を駆りて (しがら)なき空(はばた)かん



「それ、養成所の校歌じゃないですか!」

 クララが声を上げる。「連合軍の軍歌ですよ?」

「いいじゃない、何でも。あたしたちの歌よ、養成所に居たって事は、宇宙の平和の為に戦おうとしたって事なんだから。誇るべき事。あたしたちは、情報操作までしてあたしたちを殺そうとしたブリークスよりも、ずっと護星機士らしく戦って勝ったんじゃない」

「俺たち、その歌分からないけど……」

 シックルが言い、ダークギルドの面々は顔を見合わせる。ラボニ先輩は「簡単よ」と言い、再び同じ一節を口(ずさ)んだ。やがて仲間たちが一人、また一人と彼女に合わせて歌い始め、何度か聴いているうちにダークギルドもそれに加わり始める。ケイトは早く覚えたので調子に乗り、アイドルソング風のアレンジを加えて周囲からの失笑を買っていた。

 僕は、少し離れてその様子を眺めた。テンションの上がったサバイユから戦闘中のあれこれについてインタビューをされて少々疲れ、飲み物を貰って落ち着こうとした為だ。

 恵留は歌の輪に加わり、伊織はデザートの残りを賭けて友人たちとトランプをしている。カエラはアイドル時代の曲を歌ってくれ、とサバイユたちからせがまれていたが、どうしても気が乗らなかったらしく、皆の方に投げキッスをして喝采を得てから有耶無耶(うやむや)のまま身を引いた。

「祐二」

 千花菜が、不意に僕の隣に来て話し掛けてきた。

「何だい?」

「いや、特に用事っていう程の事もないんだけど……考えてみたら久しぶりだよね、私たち、二人だけで話すの」

「そう言われれば、そうだね」

 少々、後ろめたさを感じながら言う。モデュラスのリスクに関わる実験の為、可能な限り秘密を共有出来るカエラの傍に居たのは、僕とカエラの意志であり、意図的な事だ。

「仕方がなかったのかもしれない。ニルバナに着いてから、皆忙しくなった。というか、祐二はそれより前からずっと忙しかった。多分、カエラと一緒で誰よりも忙しかったんじゃないのかな」

「千花菜だって、それは同じでしょう? 恵留と一緒に、ずっとアーノルドさんの事を看病していてさ」

「命を賭けて戦う事とは違うよ。私、冷静に考えてみると増々信じられない。小さい頃から殻に籠りがちで、虫も殺せないような──これは比喩だけどね――祐二が、スペルプリマーで戦っているって事が。頼もしくなった事は嬉しいけど、私の知っている祐二じゃないみたいで、ちょっとびっくりする」

 ──千花菜には、僕の本当の事など分からないだろうに。

 守ろうとしている事を知られたら、それはそれで戦いにくくなりそうだが、(いささ)か複雑なものは拭えない。そのごちゃごちゃした感情は、僕自身が千花菜に対して、曝け出せていないものがあるという事への気持ち悪さでもあった。

「多少なりとも、命を賭けるつもりでやらない仕事なんてないと思うよ」

 僕は、取り繕うように言った。

「千花菜たちは、正真正銘のオセス患者と接して、看病してきたんだ」

「でも少なくともアーノルドさんは、私たちを殺そうなんて考えない」

「それは、そうだけどさ」

「頼もしいって思うの、やっぱり祐二にとっては負担?」

 千花菜は、心配そうに尋ねてくる。それで、彼女も僕の事を気遣ってくれているのだな、と思った。

「……そう思うなら、もっと僕を頼ってくれてもいいんだよ」

 自分でも知らぬ間に、そのような言葉が漏出していた。

「えっ?」

 千花菜が、呆気に取られたような声を出す。僕は慌てて、またもや取り繕おうとしたが、すぐに思い直した。これは、ある意味いい機会なのかもしれない。

「千花菜も、本当だったら護星機士になりたかったんだろう? 僕が、分からないはずがないじゃないか。兄さんが死んだ後で、あんなに必死になられたら」

「それは、祐二だって」

「でも、千花菜は僕を頼ってはくれなかった。……今の僕は、あの頃の僕よりも千花菜の心の支えになれているのかな? 引っ込み思案が僕らしさなんて、周りがどう思っていたとしても、僕は嫌だ。僕は今の僕を、成長したものとして受け入れて、頼りにして欲しいのかも」

 思えば、こうなる事を、僕はずっと望んでいたのではないか。彼女を守れるようになる、という目標が、スペルプリマーによって思いがけない早さで前倒しされて、僕自身も戸惑っていたのだ。

「……ありがとう、祐二」

 千花菜は黙って僕の話を聴いていたが、僕が話し終えて十数秒後、そう言った。

「恵留が一昨日言ってたでしょ、ホライゾンと戦って、祐二の復帰が困難だって放送があった時、私が心配したって。多分私、あの時はいつもみたいに祐二の事を弟分みたいに心配していたんじゃないと思う。祐二に、助けて欲しかったんだよ。おかしいよね、スペルプリマーで戦う祐二を、らしくないなんて思いながらも頼もしいって感じていた。……負担にならないなら、もっとそうするよ。その方が、祐二にとっていいなら。祐二だって……男の子なんだから」

 彼女の言葉の最後の方が、徐々にフェードアウトした。

 僕は思わず、彼女の顔を見つめる。心なしか、その顔は火照って赤らんでいるようだった。

(千花菜が僕の事を、一人の男として見ている……?)

 何か淡い予感を抱きかけた時、脳裏でカエラが「違うよ」と囁いてきたような気がした。いつか、彼女から直接言われた事でもあった。

 ──好きって事は、頭で考えちゃ駄目なの。

 男女の仲は、それだけではないだろう、とも思った。僕は既に、「守りたい」という気持ちと「好き」という気持ちを別物として考えている。今は、確実に僕が抱いている前者の気持ちが伝わった事を喜ぶべきだろう。

「そう言って貰えて、僕も安心した」

 僕は、恋人──兄さんのような恋人とは違う方法で、千花菜に接しよう。接する事が出来なくても、僕の戦いが、変わらず彼女を守るものである事を誓おう。この手が彼女の父親を、奪ってしまったものであるからこそ。

 そしてそんな戦いも、もうじき終わりを告げようとしている。

 僕は、彼女に見えないようにして拳をぐっと握り締めた。


          *   *   *


 夜十一時頃。皆、今夜は夜通し踊り明かせそうな程気分を高揚させていたが、やはり日中を通しての準備作業から来た疲労や、満腹感に伴う生理的な眠気には抗えないようだった。

 まだ食欲の低下しているアーノルドは、食事が終わるや否や微睡(まどろ)み始め、夜風に当たりすぎて病気がぶり返してはいけない、という事で千花菜と恵留が団地に連れ帰って行った。歌ったり賭け事に精を出していた生徒たちも草の上に座り込んでうつらうつらしており、マリー先輩やラボニ先輩は「後からの片付けが大変そうねえ」と呟きながらも動こうとしない。そんな彼女たちに、シオン先輩がやれやれという視線を向けながら使い終わった皿をまとめていた。

「主客転倒になっていませんか? アンジュさん、皆への発表を……」

 ウェーバー先輩がアンジュ先輩に囁いている。彼女は雰囲気に呑まれかけているのか、普段はあまり見せない悪戯(いたずら)っぽい笑みで返した。

「あら、ウェーバー。今回は祝勝が『主』よ」

「アンジュさん、アルコールは……」

「冗談。お酒なんて飲んでいないし、忘れてもいないわよ。……これから、皆に発表する。千花菜ちゃんと恵留ちゃんが居ないけど、彼女たちには祐二君から伝えてあるのよね?」

 話を振られ、僕は不意討ちに動揺しながらも肯いた。

「ええ。ですから、もうここに居る皆に伝えれば大丈夫です」

「分かった。じゃあ、まず舵取り組で皆を集めて……あれ?」

 アンジュ先輩が怪訝な顔をしたので、ウェーバー先輩はぴくりと眉を動かした。

「どうされました?」

「ジェイソンは? 準備の時から、あんまり私たちの所には来なかったけど」

 そういえば、と僕も思い出す。ユーゲントのリーダーであったジェイソン先輩は、ホライゾンとの戦闘中にパニックを起こして、追い出されたのだ。それから船尾付近に逃げ、加速上昇フェイズが始まる頃に一度展望デッキに着艦したストリッツヴァグンと至近距離で顔を突き合わせたらしい。

 確かに、アンジュ先輩の采配によって勝利が成し遂げられた今では、皆に合わせる顔がない、という気持ちも分からなくもない。だがあれ以降、ジェイソン先輩はユーゲントたちの話し合いにも顔を見せていない。

「食事はしていたようですよ。ですが、いつの間にか姿を消しましたね」

「ウェーバー、彼が独りで居るのを見て、何も思わなかったの?」

「彼も正規軍人ではあるのですから、いつまでも不貞腐れてはいないでしょう。十分頭は冷やしたはずですから、ご馳走が済めばまたいつもの調子に戻るのでは、と思ったのですが」

「私、ちょっと探してくる。祐二君、ウェーバー、先に皆を集めておいて」

 アンジュ先輩は言うと、僕たちが何か返事をする間もなく駆け出して行った。

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