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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国⑤

 ③ブリークス・デスモス


 過激派のセントー司令官が、旗艦ノイエ・ヴェルトから補給を受け、バイアクヘーを中心とする艦隊を率いて再び月軌道へ進軍を開始している。無色のディベルバイスが起動していた為に、自分の失態と(なじ)られても仕方のない理由でボストークに大きく接近させてしまった月面制圧部隊の大部分を片付ける事が出来たのは、怪我の功名というべき事だった。

 彼らの、ボストーク侵攻の足掛かりを築かせない為にこれから行われるオルドリン奪還作戦。軌道周辺に駐在する護星機士団を呼び集める為の準備は整った。ブリークスはこのタイミングで、一旦ボストークに帰投する事にした。先日、フリュム計画の方に於ける大きな失敗があり、その始末を行う為だ。

 ディベルバイスを捕らえる為に、ユニット一・一に差し向けたフリュム船、水獄のホライゾン。その撃沈から、今日で一週間と二日が過ぎた。土星圏からの往還ロケットは、本日七月九日の未明にボストークに到着している。

 往還ロケット発着場の管制官は、全て直属の部下たちにすり替えてある。そして、土星からあの男の付き添いでやって来た開発チームの他のメンバーは、先に帰すように、と彼らに言っておいた。

(何も知らずに、哀れな男だが仕方がない)

 ブリークスは約束の時間通りにメタラプター単機でボストークに帰ると、その人物を呼び出しておいたコンテナターミナルの方に向かう。

 土星圏開発チーム代表アクラ・ザキは、そわそわと落ち着かない様子で自分を待っていた。当然だろう、自分の動かした水獄のホライゾンが、捕獲対象の船によって沈められてしまったのだから。だが、彼もまだ事態を楽観しているはずだ。ホライゾンの起動はシャドミコフから承認を得た事であり、提案者はブリークスとなっている、と思い込んでいる為だ。

「ブリークス大佐……」

 自分が近づくと、ザキは顔を上げた。ブリークスは、(おもむ)ろに口を開く。

「ザキ殿。『水獄』の件は、残念でした」

「私も、そう思っている。しかし、ウォリア・レゾンスという若者もやはり駄目だったね。戦況を聴くに、あのユーゲントは機体性能に頼りすぎた感がある。自分がモデュラスになったという、自覚が足りなかったのだろう。無論私は軍人ではないから、あまり戦術や戦略について言える事はない。ただ……今にして思えば、ストリッツヴァグンを見た時の反応は、新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった、と感じざるを得ないね」

 連合を支援する筆頭企業から派遣されてきた男だが、やはり身の程を(わきま)えて言葉を使っていない、という気がした。だが、今のザキの態度には隠しきれない焦りが含まれている。

 それもそうだろう、ホライゾンの起動という責任の一部は、彼自身も負っていると思っているのだ。それを「自分のせいではない」と言おうと躍起になり、ウォリア・レゾンスの未熟さを不自然なまでに語っている。

 つくづく、哀れな男だと思う。彼のサインは、フリュム計画の承認を得たと偽った書類になされている。実際には、ブリークスがシャドミコフに提出したのは事後報告書だ。これから”事実”となる事は一つ──ザキが独断でホライゾンを動かし、作戦失敗と同時に逃亡を図ったという事。証拠の作成も、自分が部下たちに行わせた。これは、必要な犠牲なのだ。

「……ザキ殿」

 ブリークスは、声を低めて再度彼の名を呼んだ。

「残念なのは、『水獄』が沈められた件についてではありません。あなたは責任回避の為、フリュム計画からの逃走を企てた。往還ロケットの、火星への進路変更。土星資源一部の私物化。株式会社インヴェステラ・マイニングから、子会社への移籍を斡旋するよう、グループに圧力を掛けた事……」

「待ってくれ、何の話だ?」

「あなた程の優秀な人材をこのような件で失う事になるのは、誠に残念極まりない事です。土星圏開発は、今後遅滞を招くでしょう」

 ザキは、ブリークスの語る言葉を聞いても尚、状況が理解出来ない、というような顔をしていた。彼にとっては、事実無根の事だから当然だろう。しかし、ブリークスが拳銃を抜いた時、その顔色がたちまち青黒くなった。

「どういう事だ、ブリークス大佐!? フリュム船の起動は、あなたが計画を通して決定した事では? それに……それに、何だ、私が逃亡を? おかしい、言い掛かりだ! 濡れ衣だ!」

「人類の悲願の為に、求められた犠牲です。……ご心配なく。サトゥルナリアの運営と土星圏の開発は、(しか)るべき人間に引き継ぎます」

 ブリークスは、彼の宇宙服のヘルメットに銃口を当てると、容赦なく引き金を引いた。破片が目に入ったのか、ザキは呻き声を上げて蹲る。厚いプラスチック越しではやはり難しかったか、と思い、土下座をするような姿勢となった彼の後頭部にもう一度銃を押し当てる。

 ゼロ距離射撃により、アクラ・ザキの苦悶の声が止まった。

 酸素を失って窒息する苦しみは、少なくとも感じなかっただろう。

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