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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国②


          *   *   *


「申し訳ありません、少し遅れました」

 断りながら閣議室に入ると、計画の他のメンバーは既に席に就いていた。だが、土星圏に居るザキ代表は当然の事、ブリークス大佐も姿が見えない。

 木佐貫が席に近づくと、シャドミコフが言った。

「アモールにて、エギド・セントーの乗艦バイアクヘーが補給を受け、月面経由で再びこちらに進軍を開始したそうだ。幸か不幸かディベルバイスが居たお陰で、月面制圧部隊の残党は大部分が駆逐された。

 ガイス・グラはこれから、軌道上の敵を掃討しつつ月面都市オルドリンの奪還作戦を開始する。過激派によるボストーク侵攻作戦の橋頭堡となるあの街を取り戻してしまえば、セントーの出鼻を挫く事が出来る。近いうちに、敵の主力全部隊とぶつかる事になるだろう。その一戦を制すれば、過激派は戦力の(ほとん)どを失い降伏せざるを得なくなるだろう。一方でブリークスらが破られれば、向こうは勢いに乗り、こちらは軍の再編を行いつつそれを喰い止めねばならない。戦局が泥沼化する事は目に見えている。

 ……ラトリア・ルミレースと我が軍の戦力差は圧倒的だ。にも(かか)わらず、奴らが三年間近く戦い続けられてきたのは、最初の勢いがあり、未だにそれに乗り続けているからだ。奴らの士気を、これ以上高揚させてはならない。

 この天王山ともいえる戦いの為、ブリークスは周囲の連合軍に招集を掛けている。彼がここに戻ってくるのは、現在の小規模な戦闘が一段落してからになるだろう。故に我々には、一旦ディベルバイスの捕獲作戦についてプランを練り直す必要が求められている」

 彼が戻って来るまで確実な事は言えないが、と零すシャドミコフを見ながら、木佐貫はまた複雑な気分になった。

 フリュム計画に於いて、喫緊の課題がディベルバイスを取り戻す事だという事は、必然的にプランについて指揮を執るのは軍属の者となる、という事を意味する。ブリークス大佐は増々力を強めるだろうな、という憂患は膨らむ一方だが、状況が彼に頼らざるを得ないものである事は否めない。

「……水獄のホライゾン起動については、ザキ殿が独断で行い、その情報が事後報告となった事について責任が求められるでしょう」

 情報庁のモラン長官が、重々しく呟いた。

「土星資源採掘船サトゥルナリアが活動を行っている衛星ハイペリオンから、数日前に提出された経過報告書に、改竄の痕跡が発見されました。具体的には、メタンを始めとする資源の採掘量を書き換えたような形跡があるのです。更に、往還ロケットの進路が火星圏に変更されているとの情報も入っています。これは状況に基づく推測ですが、ザキ殿は逃亡を企てた可能性があります」

「逃亡……フリュム船を捕らえる為にフリュム船を独断で使用した、という責任追及を逃れる為か?」

 メンバーの一人である安保理議員が発言する。モランは彼の方を向き、微かに顎を引いた。

「一応、これに関する連絡がシャドミコフ殿に提出された以上、そして我々が受理した……受理せざるを得なかった以上、彼だけを責める訳には行かないでしょう。が、結果がフリュム船一隻のロスト、その上で採掘資源の横領と逃亡の企てが事実であれば、話は変わってきます」

 要するに、ブリークスが失敗した時の布石の為にザキを利用しており、ザキは蜥蜴(とかげ)の尻尾として切り捨てられるという事だ。しっかりと調査を行えば、事がそう単純でない事は明らかだろうに、誰も考えようとはしていない。

 ホライゾンの失敗が通達された瞬間に、名義上の作戦実行者であるザキに関する不審な動きが見られ始めた事も、仮にそれが事実だとして、作戦が失敗した事をザキがわざわざ報告してきた事もおかしい。サウロが死亡した、あのリーヴァンデイン倒壊事件の時もだが、木佐貫にはフリュム計画がどうも、結論ありきで会議を行っているような気がしてならない。

「ザキに関する処遇は、調査を進めて詳細を明らかにしてから再び話し合うものとしよう。まずは、戦闘から得られたデータについてだ。それなくしては、今後ディベルバイスに対抗すべき手段の講じようがない」

 シャドミコフが言うと、モランは軽く咳払いし、立ち上がって壁際のスクリーンを下ろした。プロジェクターを操作し、携帯電話を取り出す。

「ザキ殿から何度か送信されてきたデータの中に、複数の画像が存在しました。シャドミコフ殿の転載されたホログラムメールには添付されていませんでしたが、これらがその主な内容です」

 映し出された画像を見て、一同が「おおっ」と声を上げる。木佐貫も思わず息を呑んだ。海水を司るホライゾンが、シミュレーション通り水を付加した重力場を展開した、という情報はメールにも書かれていたが、一枚目の写真にはその通り、宇宙に突如出現した海原の様子が映し出されていた。奥の方に、無色のディベルバイスが波間を漂っているのが見える。

「本当に、『水獄』なのだな……」誰かが呟く。

「これらの海水は、ワームホールを通して地球表面から取り寄せたものです。皆さんもご存知の通り、ホライゾンの『破天』に於ける役割は、ヴィペラに汚染された海の浄化。小型ブラックホール通過の際、ヴィペラのみを事象の地平面に置き去りにする事により、水のみを濾過するシステムです。ただ、ホライゾンが不完全である所以(ゆえん)は『エスベック・フィードバック』の過剰性です」

 モランは淡々と説明していく。

「『無色』との戦闘に於いて、『水獄』は海水を常時排出状態でした。船周囲に、約十一時間に渡って異常重力を発生させ続けていた訳です。船自体が素粒子まで分解される事のないよう、ホライゾンからも反重力操作が行われていたようですが、中和が間に合わなかったのです。戦闘終盤に、ホライゾンからサトゥルナリアに向けての定時連絡がありましたが、その際の録音データにイマニュエル・ペンデュラス艦長の言葉が入り込んでいました」

 プロジェクターが操作され、音声データが流れ出す。メインである定時報告の音声がミュートされると、イマニュエル艦長の声だけが聞こえるようになった。

『奴らは、一日にして六百数十人を虐殺した畜生どもだ。軍事裁判を待って処刑するより、交戦規定フェイズ三に乗じて殲滅する方が手っ取り早い』

「前後の音声に、イマニュエル艦長がフリュム船の禁忌、ヴィペラ弾の使用を仄めかすような声が混ざっていました。更にこの辺りから、艦長の言動に凶暴化の兆候が見られ始めます」

 木佐貫は気付き、つい口走っていた。

「アクティブゾーン……?」

「厳密には違いますが、それに近いものでしょう」

 モランは木佐貫の方をじろりと見ると、口調を変える事なく言った。

「異常重力下という状況が、現人類の変異遺伝子であるSBEC因子に近いものを、脳細胞中に発現させたのでしょう。クルーの遺体が回収されていない為、確実な事は言えませんが、ホライゾンの重力が個人の思念を媒体に、フィードバック的な干渉を行ったのです。それが、モデュラス化の下地を作る第一回因子移植──プロトSBEC因子とは異なる作用で、艦長に働きかけた」

「それが、エスベック・フィードバック……モデュラスの、新人類になりきれない点と同じものだな。もっとも、フリュム船からそれを受けた者たちはモデュラスにすらなれない訳だが」シャドミコフが唸る。「もしあのまま、ホライゾンを活動させ続けていたら……」

「ええ。これは最悪の未来予想図ですが、ヴィペラ・クライメートを人の手によって起こしていた可能性もあります」

 木佐貫も他の者たちも、同じように沈黙した。

「ディベルバイスが、他のフリュム船より完成に近いというのもその点か」

 メンバーの一人が再び口を開く。

「『破天』に於いて最大の役割を果たす、ディベルバイスの固有能力。それを使用したとしても、エスベック・フィードバックが起こらない事」

「はい。現在あの船を操っている者たちが、幾つのシステムに気付いたかは定かではありませんが、ワームピアサーすら使用されていない点では、固有能力が露見している可能性は極めて僅少でしょう。しかし、以降ディベルバイス捕獲作戦にフリュム船を動員する事は、避けるべきかと」

「……言われなくても、そうするつもりだ」

 シャドミコフはそう言った。

「これ以上フリュム船を軍事転用し、人類の希望同士で殺し合いをさせる訳には行かん。全員、以降先走った行動は控えるように」

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