『破天のディベルバイス』第1話 地球が終わる日⑧
* * *
「おおっ、アンジュ。聴いてくれ、えらい事になってしまった!」
ブリッジの自動扉が開くや否や、ジェイソンがすっ飛んできた。驚いて暴発させそうになったショットガンを肩から外して投げ捨て、一同を見回す。
「何? 一体何があったの?」
「リーヴァンデイン上層が過激派に攻撃を受けたらしいんだ! ケーブルが切れて、上から倒れかけている!」
ジェイソンが言うと、アンジュと一緒に居た四人もはっと息を呑んだ。
「何ですって?」
「その場合」普段通り冷静な声で言ったのはヘルマン・ウェーバーだったが、彼も心なしか落ち着こうと努めているようで、声の調子は微かに上気していた。
「重力場に入っている高度四百キロの辺りが重力に引かれ、折れます。繊維が繊維だけに粉々になりはしないでしょうが、その分大きな破片が天蓋に降り注ぐ。また地上と連結している部分は傾倒し、トンネルを突き崩すと思われます。ヴィペラ内でトンネルが折れれば、リバブルエリアへのヴィペラ流入が始まってしまう」
「破片が降ってきたら、この船もおしまいよ!」
ラボニが、ヒステリックに声を裏返した。
「そこで私からの提案ですが、この輸送船より上を切り離し、重力場外へ放出します。大気圏さえ振り切れれば、それは慣性に従って宇宙空間を飛んでいく。誤差も考えて計算しましたが、コラボユニットにぶつかる可能性はありません。時間的に、他の人工衛星とバッティングする事もないでしょう」
「でも、下層の傾倒は抑えられないわ。リバブルエリアに居る人たちは……」
「まず、地上に避難指示を出しましょう」
アンジュは何とかそれを発言したが、ウェーバーは首を振った。
「ヴィペラ内ですので、ヒッグスビブロメーターしか通信手段がありません。向こうがビブロメーターで受け取るとは思えない。直接降りようにも、その間に崩壊が進んでしまえば意味がない」
「俺たちが……」
不意に、アンジュの後ろで発言があった。ユーゲントたちの視線が、その声の主に向かう。
神稲伊織が手を挙げていた。
「俺たちのオルト・ベータなら、すぐにリバブルエリアに降りられます。一時間……いや、三十分だけ、何とか事態の進行を阻止出来ませんか?」
「い、伊織……」祐二が躊躇うように彼に声を掛けたが、伊織は「黙ってくれ」と短く言った。
「……輸送船の降下を一旦停止して、ケーブルを固定しましょう。そのまま、船を浮上コースにするんです」
アンジュは、思いついた事を口に出した。
「リーヴァンデインの下のケーブルを思い切り引っ張れば、何とか拮抗状態に出来るはず。少なくとも、倒れたケーブルがトンネルにぶつかって壊す事はないんじゃないかしら? それをやったら、何分燃料が続きそう?」
「………」
全員が、ぐっと押し黙った。
数秒後、ウェーバーがコンピューターを素早く操作する。
「リーヴァンデインの質量が重力に引かれるエネルギーと釣り合わせる推進力を、一定に生み出せる速度で計算しますと、五十分が限度かと」
「それで十分です。実行は可能なんですよね?」
伊織が、押し出すように声を紡ぐ。
「輸送船を擬似ビードルにする訳か……」とジェイソン。
「それと並行して上層の切り離しも行えば、リバブルエリアに居る人たちは全員安全な建物の中に入れる。その後でこの船を下ろし、彼らを乗せてもう一度宇宙に上がりましょう。そうして、地球圏防衛庁に救助して貰うの」
アンジュは二人の訓練生の方を向いた。「お願い出来る?」
「お任せ下さい」「……やってみます」
伊織、祐二は護星機士団式の敬礼をし、ブリッジから駆け出していく。
──本当は私だって、怖くて堪らないけれど。
アンジュはぐっと唇を噛むと、不安そうなジェイソンの肩に手を置きながら全員に叫んだ。
「防衛庁からの連絡よりも先に、敵がビードルに到達したのは予想外だった。でも、何としてでも皆を助けるわよ。……ユーゲントの誇りに懸けて!」
⑦テズ・カーター
戦闘機ケーゼで、過激派のバーデと縺れ合いながらヴィペラに突入した時、既に被弾していた機体側面の壁が大きく軋むのを感じ、カーター伍長は身震いした。宇宙服はしっかり着込み、ヘルメットも装着しているが、もし機体の一部でも損傷したら肌と布数枚の距離に猛毒の霧が立ち込める事になる。
深度を下げるごとに、ヴィペラの状態は半プラズマとなっていく。ケーゼは深度二万ファゾムまで潜航出来るが、いつ壊れるのか分からない状態ではそのような理論など、気休めにもならない。
「ったく……さっさとくたばれよ!」
斜め下を悠々と潜っていくバーデに機銃を浴びせながら、カーターは毒づく。機体を爆発させ、天蓋を損傷する事は気にする必要がない。ブリークス大佐は、最初からリバブルエリアを切り捨てるつもりだったのだから。
慎重派のサウロ長官との間で、ブリークス大佐が意見を対立させていた宇宙連合最大の極秘計画、プロジェクト・フリュム。その詳細について、たかが一兵卒に過ぎないカーターが教えられている事はそこまで多くはない。
自分は何も知らないままに、偽装工作の為に地球軌道へラトリア・ルミレースを招き入れ、リバブルエリアの訓練生──少年少女たちを潰す事となる作戦に参加した。過激派を利用するに留まらず報復が下されれば、本来彼らを討滅し、人類の生存圏を守るという軍人のプライドすら損なわれる。
必死に潜航しているうちに、カメラに映し出されるバーデのシルエットが消えた。天蓋上部の深度まで到達したのか、と思いつつレーダーの方を見ると、確かに先程までと縦横の座標は変わらない位置にサインがある。
(深く潜ったところで……!)
カーターは機銃に榴弾を装填し、見えざる敵の居る辺りを狙う。狙いが定まるや否や、コンマ数秒と置かず発射。ヴィペラの雲の底で一瞬だけ赤い光が散り、すぐに雲に散らされた。
レーダーの反応が「lost」に変わるのを見、ほっと息を吐く。ケーゼの外壁は、何とか持ち堪えてくれた。
が、その次の瞬間。ヒッグス通信が新たな反応を検出した。
現在地の座標にほぼ重なるように、真上から敵性反応が近づいている。
(そん……な……)
「こちらカーター、ビードル応答を願う! こちら……」
他のケーゼは全て、墜とされたというのか。襲来した敵は、バーデ三機だけだったのではなかったのか。
ブリークス大佐は、過激派を本気で怒らせたのかもしれない。
「ビードル、応答してくれ! 大佐────」
ガンッ! と、鋭くも重みのある音が天井から響き、侵入してきた徹甲弾が宇宙服を貫いた。カーターはコックピットに突っ伏すように倒れ込む。
急速に流れていくヴィペラの奥、先程自分が撃墜したバーデが、天蓋を大きく抉るようにめり込み、燃えているのが見えた。
機体がそこに叩き付けられた、と思った瞬間、爆炎が意識を呑み込んだ。