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『破天のディベルバイス』第9話 自由の王国①

 ①木佐貫啓嗣


 六月三十日、もう少しで日付が変わるという時刻。木佐貫たちフリュム計画関係者には、またシャドミコフからの連絡が入っていた。

 土星圏に居るサトゥルナリアのザキ代表経由で、水獄のホライゾンに関する戦況は今日中に何度か送られてきていた。だが、今度も同じような内容かと思い読み飛ばそうとした木佐貫は、つい視線を硬直させてしまった。そこに書かれていたのは、サトゥルナリアのホライゾンとの通信が途絶した事、それを受けてシャドミコフが関係者各位をまた緊急招集している事だった。

「水獄のホライゾンが……沈んだ……?」

 つい声に出してそう呟き、隣のヨアンが「えっ?」と声を上げた。

 現在自分たち二人が居るのは、宇宙連合の情報庁、データ管理室だった。目の前には室長の泡坂(アワサカ)冲櫂(チュウカイ)が座り、忙しなくキーボードを叩いている。

 今日の昼間、ヨアンから星導師オーズが提唱し、現在の宇宙戦争の先駆けとなったルミリズム運動の思想概要とモデュラスの類似を聞かされた木佐貫は、すぐに情報庁のオフィスに足を運んだ。地球圏防衛庁と同様、ここも安全保障理事会の傘下にある組織で、長官であるモランはフリュム計画に参加している。情報庁の実務を統括する泡坂は、実質連合の最高意思決定機関である安保理の情報──いわゆる国家機密にアクセスする権限をモランから与えられており、これが木佐貫にとって友人である事は僥倖だった。

 名前でも分かる通り、彼は木佐貫と同じくリージョン五出身であり、政策学校時代からの顔見知りだ。連合公務員採用試験を受け、ユニット自治体の議員を経由して入庁した際はお互いに勝手が分からず先輩職員たちにも頼れない状態であり、連絡を取り合ううちに距離が近づいた。

 安保理議員と、その傘下の一部署職員という連合内での地位は変わったが、シャドミコフに重用されている自分と、モランから情報管理を任されている泡坂は共にフリュム計画に組み込まれている。その点でも、ブリークス大佐をあまり信用出来なくなっている木佐貫にとって彼は心を許せる人物であった。

「フリュム計画初期、特にスペルプリマーに関する起動試験についての記録を見たいんだが」

 木佐貫が頼むと、泡坂は「マジか?」と眉を上げた。

「勘弁してくれよ。あの情報は封印、アクセス記録が最近のものとして残ると、あのおっかない大佐にバレた時、危なくなるぜ」

 封印、という言葉が気になったが、木佐貫はそれについて追及する言葉を意図して呑み込んだ。

「これはお願いではなく、安保理議員としての命令だ」

「やれやれ、全く嫌になるね。フリュム計画に居ると、誰が偉いとか偉くないとか、よく分かんなくなってくる」泡坂は溜め息を()く。

 これについては、木佐貫も同感だった。フリュム計画は連合内で運ばれながらも、連合とは異なる組織であり、プロジェクトだ。主導者はシャドミコフ、だがその下はかなり階級が曖昧だ。安保理議員たちよりも立場が下であるはずのサウロ長官やブリークス大佐が活発に発言して派閥を持ち、土星圏開発の為に民間企業から一時的に招かれているザキ代表が護星機士に口出しをしている。

 フリュム船の開発を行った企業の技術者たちも、フリュム計画の一員ではある。土星で、ザキ代表の下で働いている者たちもそうだし、政治家に科学的なアドバイスを行っている研究者たちもそうだ。だが、全ての者に等しく情報が共有されている訳ではない。

 泡坂は元の役割上、あらゆる情報の閲覧権限を持っている。だが、だからといって計画での発言力が強いのかといえば、そういう訳でもない。

「木佐貫、お前が議員として俺に命令をしていたとしても、俺はお前に友人として忠告しておくぜ。お前は船の開発者でも、スペルプリマーに直接手を加えている訳でもない。あくまで、計画の舵取りを行う文官の一人だ。『破天』が成就すれば人類の悲願は達成され、いつかナグルファル船が来た時にフリュム船があれば、人類は滅亡しなくて済む。それだけ、分かっていればいいんだ。スペルプリマーの原理とか、船に関するトンデモ科学みたいなシステムの構造とか、理屈として知らなくていい部分はそのままでいい。

 知らない方がいいって事も、沢山あるんだ。そりゃお前も、フリュム計画がそんなに綺麗なものじゃないって事も分かっているだろう。何しろ、船一隻を取り戻す為に機密を知った子供たちを抹殺しなきゃいけないんだから。でもそんなお偉いさんたちでも、隠しておくべきだって判断する事はある。それを、たとえ計画内に居たとしても見せるべきではない者が見た事に気付かれたら、お前の立場が危なくなるかもしれないんだぞ。

 今回の『水獄』の件、ブリークス大佐がザキ代表に責任をおっ被せようとしている事も、お前の言う事だから記録がなくても信じる。でもそれで、大佐に向かって突っ掛かりもしたんだろう? それに、サウロ長官の秘書だったって事で大佐から警戒されているその子を、保護するみたいに自分の秘書官に抜擢した。お前、大佐に危険視されても不思議じゃないぜ? その上で、本当に彼にフリュム計画の存在を明かしてしまうなんて……」

 泡坂が言うと、ヨアンは「すみません」と謝りながら肩を丸める。泡坂は慌てたように彼に向かって「君は悪くない」と声を掛けた。

「とにかくだ。何でいきなり、お前がそんな事が気になりだしたのかは知らん。だけど、議場にある端末からじゃアクセス出来ないデータベースにある情報っていう時点で、ヤバいものだろうって分かるだろう。木佐貫、お前の為にも、俺はその情報を開く事をお勧めしない」

 だが、木佐貫は折れなかった。ヨアンの勘は馬鹿に出来ないものがある。その彼が現在の戦争について、ラトリア・ルミレースがフリュム計画絡みの目的で始めた事かもしれない、などと言うのだ。大勢の犠牲者を出し、子供たちがディベルバイスを動かさざるを得なくなったこの戦争の、そもそもの発端がフリュム計画だったのだとしたら、人類の希望になるはずのプロジェクトが「宇宙連合のスキャンダル」と化してしまうかもしれない。

 泡坂の言う事は理解出来た、とはっきり伝えた上で、それでも、と頭を下げて頼み込むと、その覚悟が伝わったのか彼はやっと首を縦に振った。

 この交渉で、午後はたちまちに過ぎていった。夕方からは、泡坂がデータベースの深い場所に保存されているフリュム関連の情報の、更に深い記録に潜る為に何やら面倒臭い作業に入ったようで、夕食を挟んだ結果今の時刻になってしまった。

 シャドミコフからのメールが入った時、泡坂がやっと準備を終えたらしく、「出来たぞ」と声を掛けてきた。木佐貫は、ホライゾン通信途絶の報せに上の空になってしまったが、すぐに「ああ」と返事をする。

「何だよ、苦労したのに。でも、重要なメールだったみたいだな」

「シャドミコフ議長から、緊急招集だ。水獄のホライゾンが、無色のディベルバイスに敗れたらしい。土星圏からのタイムラグの事を考えると、約一時間半くらい前の事なんだろうけど……」

「本当か? なら、お前も行かなきゃいけないんじゃ?」

 泡坂に言われ、木佐貫は躊躇った。あまり長い間、国家機密同然のデータベースを開きっ放しにしておく訳には行かない。だが一度閉じてしまったら、アクセスにまた時間が掛かるだろう。そのような事を繰り返していたら、そのうちシステムから不正アクセスと見做される可能性がある。

「僕が見ておきますよ、木佐貫さん」

 ヨアンが、泡坂の方に一歩進み出た。

「泡坂室長。情報は、メタバース空間に保存されているんですよね? アクセス者の名義は泡坂室長になっていると思いますが、閲覧者も……」

「後から記録を消すから大丈夫だ。もっとも、閲覧中に誰かに気付かれたら、ヨアン君、秘書官の君が機密文書を覗いている事はバレるけどね」

「それには、木佐貫さんが同じ事をしてもリスクが伴うって事ですよね。だったら、尚更ここは僕が引き受けるべきですよ。元々、ラトリア・ルミレースが最初からフリュム計画を探るつもりだったのでは、などと推察を始めたのは僕ですから」

 ヨアンは、勇ましい態度でそう言った。それを見て木佐貫が躊躇ったのは、一瞬の間だけだった。

「……じゃあ、ヨアン君。くれぐれも気を付けて」

「お任せ下さい」

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