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『破天のディベルバイス』第8話 分かり合う為に⑩

 ⑩渡海祐二


「カエラ、ケーゼは?」

『心配しないで、祐二君。ちゃんとディベルバイスに届けた。あなたを助ける為に、後の事はダークに任せてきちゃったけどね。今きっと、ダークがアンジュ先輩に伝えて、戦闘機の操縦が得意なメンバーが選出されているはずよ』

 すぐ後ろで、僕の機体を掴みながら浮遊するカエラが言う。機体同士が触れ合っているので、ヒッグス通信を使わなくても接触通信で話す事が出来た。

 僕は、もうエンジンを噴かせて飛行する事は出来ない。出来る事なら、今すぐ全ての操縦を止めないと危険なのだ。だが、そのような訳にも行かないようだ。

『喫緊の課題は……』

 カエラが二号機の頭部を上げ、一号機の肩越しに敵を睨んだ。スペルプリマー、ストリッツヴァグンはすぐ傍に浮かび、こちらの出方を窺うように佇んでいる。

「ごめん。一号機を支えたままじゃ、グラビティアローは撃てないよね」

『大丈夫よ、祐二君。まだ、方法がないでもないの』

 彼女は片方の腕を外し、一号機の腰部、重力刀の鞘を掴んだ。

『祐二君、私が一号機を思い切り、相手に向かって投げ付ける。押し出す、っていう方が近いかな。そしたら祐二君は刀を抜いて、敵機に向けて。慣性でコックピットを貫けば、そこで一発で終了』

「一発?」

『そう。一号機は、もうそれが限界だと思う。……正面から突っ込まなきゃいけないし、回避されたり迎撃されたりしたらアウトね。だからタイミングは慎重に見極めなきゃ』

 僕は聴きながら、唇を噛んで黙り込んだ。僕の不安を感じ取ったのか、カエラはふっと笑ったようだった。

『そんなに構えないで。きっと大丈夫だから……私と、祐二君じゃない。二人一緒なら、絶対に大丈夫。ね?』

 耳元で囁くような柔らかいその声に、僕は段々心が落ち着いてくるのを感じた。機体を機体が抱えているはずなのに、僕は直接カエラに肩を抱かれているような気分になってくる。

 僕は不意に、彼女がとても愛おしく感じられた。大丈夫──そう、大丈夫なのだ、きっと。この戦いに、僕たちならば勝利する事は出来る。

 そう思った次の瞬間、ストリッツヴァグンが前傾した。こちらに飛び掛かろうとするかのように、ジェット噴射の光が微かにちらついた。

「カエラ!」

『アイ・コピー!』

 カエラは、敵が動き出すよりも早く一号機をそちらへ押し出した。僕は抵抗する事なく、その勢いを殺さないまま、素早く抜刀した重力刀を逆手に振り上げた。本当は両手を使いたかったが、左腕はディベルバイスを押し上げた時に損傷しているので、あまり酷使する訳には行かない。

「届……けえええ────っ!!」

 裂帛の気を吐き出しながら、僕はストリッツヴァグンに向かって真っ直ぐに突進する。一号機の刀は、こちらよりも遥かに巨大なスペルプリマーの、やや傾いたコックピットに向かってぐさりと突き刺さった。

 赤い閃光と共に、パイロットが乗っているらしい空間が歪むような手応えが感じられた。

『……を、付けて』

 突き刺さった刀身が接触回線の役目を担ったらしく、敵機から声が聞こえてきた。それは紛れもなく、あのシェアリングで僕と僅かな時間語らった護星機士のもので、僕は思わず「えっ?」と声を出した。

『気を付けて……こっちのハイラプターが、ディベルバイスにヴィ……毒ガスを、注入しようとしている……止め……』

 その時、ストリッツヴァグンから四方に赤い光の線が走った。刀に猛烈な震えを感じ、僕は慌ててそれを引き抜く。背後からカエラが接近してきて、一号機を敵機から引き剝がした。

 それから数秒と置かず、ストリッツヴァグンは目も眩むような閃光を散らしながら爆散した。それが爆発の光ではないと気付いたのは、粉微塵となった機体のパーツが四散し、それでも尚光がその場に留まり続け、やがて蒸発するように消えた瞬間だった。

「……っ!?」

 突然、僕の頭を激痛が襲った。重力操作を最大出力で行い続けていた時のような、頭蓋により脳を圧迫されるかのような痛み。その痛みに伴い、目の前にある光景がフラッシュバックしてくる。

 それは、リバブルエリアの養成所と思しき場所だった。自分の視点と重なっている人物が、廊下のベンチに座っている。そこにアンジュ先輩がやって来て、笑顔で手を振ってくる。人物は立ち上がり、彼女の方に歩いていく。

 続いて、授業中に何か発言しているジェイソン先輩。大気圏内での訓練、食事の時間、部屋で日記を書いている場面。傍らに、常に誰かしらが存在している。現在の舵取り組のユーゲントも居れば、見た事のない先輩も居る。それから、ディートリッヒ教官の姿も。

(これは……思い出?)

 そのような思いが脳内を掠めた瞬間、それは終わった。頭痛も止み、視界がコックピットに戻ってくる。恐る恐る目を下ろすと、ストリッツヴァグンの接近を告げるあのメッセージが、ゆっくりとタブレット画面から消滅するところだった。

『祐二君、今のって……?』

 カエラの声が、回線を伝わってきた。僕は顔を上げる。

「やっぱり、カエラも見た?」

『ええ。何だか、凄く懐かしいような……戻れない事が悲しくなるような、そんな感じがした……』

 僕たちは共に口を閉ざし、(しば)し無言でその場を漂う。だが僕は、たちまちはっと我に返った。

「いけない、さっき護星機士が……」

『祐二君?』

 そうだった、先程の最後の瞬間、ストリッツヴァグンのパイロットが何かを僕に伝えようとしてきた。警告のようだった気がする。確か……

「……ディベルバイスに、毒ガス攻撃が行われる」

 僕は、独り言のように呟いていた。カエラはその音声を拾ったらしく、彼女が鋭く息を呑む音が聞こえた。『それは、本当なの?』

「本当だと思う。あの人は、嘘を言わなかったはずだ」

 何故か、無根拠にそう信じられた。僕はスペルプリマーの頭部を上げ、頭上で宇宙連合軍の戦闘機部隊に包囲されているディベルバイスを見る。早くもメンバーの割り振りが終わったのか、連合軍の機体とこちらのケーゼたちが激しく撃ち合いを行っていた。

『希望は到着……かあ』

 カエラの呟いた声は、またしても襲い掛かってきた不安に押されながらも、絶望の少し前に居るかのような力強さが秘められていた。

『ねえ、祐二君。私たちから攻撃する手段がなかったさっきまでと比べたら、状況も大分マシになったと思わない?』

「……そうだね」

 僕も、焦る心を抑えるように深呼吸し、意図して唇に笑みを浮かべようとした。上手く行ったのかどうかは、自分でもよく分からない。

「ここまで頑張って敗北なんて、あっちゃいけないんだ」

 半ば自分に向けて宣言し、通信機を操作する。先程、水の中でストリッツヴァグンの接近を聞いた時、僕は心の底から「死にたくない」と願った。そして今、その願いが叶ったのだ。ホライゾンに対抗する(すべ)も得た。これらを以てして何処に、絶望する要素があるというのか。

「アンジュ先輩、僕です。……渡海祐二、只今復帰しました」

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