『破天のディベルバイス』第8話 分かり合う為に⑦
⑦カエラ・ルキフェル
クラフトポートの宇宙船発着場、天井までの三分の一程の高さで浸水したそこで、カエラはスペルプリマー二号機の高度を天井付近まで上げ、佇んでいた。ブリッジと繋ぎっ放しの回線からは、ユーゲントが何やら言い合う声や、アンジュ先輩が他方面と通信する声などが引っ切りなしに聞こえてくる。
降りる事は出来ない。そんな事をすれば、機体のエンジンが浸水し、動かす事が出来なくなってしまう。ユニット内へ続く人用の通路は水没しているし、そもそもそこは大きさ的に、スペルプリマーが通る事は出来ない。宇宙に出るゲートの方は、水圧が掛かっていて開く事が出来ないし、ユニットが上昇する先程までは外も水浸しだったのだ。開けたとしてもその瞬間、波が押し寄せてきて、二号機は一巻の終わりだっただろう。
沈まぬよう、波を立てぬよう慎重に位置を保ちながら、戦闘状況には何の介入も出来ない。そのような状態が何時間も続き、その間ずっと他の者たちが戦っている音だけが聞こえてくれば、嫌でも焦りが襲ってくる。
(皆、戦っている時に……私は、何も出来ない……!)
その上先程、不吉な通信を拾ったのだ。どうやらディベルバイスを押し上げる為に力を使い、ストリッツヴァグンに襲われて海中に没した祐二の一号機が、遂に恐れていたエンジンの浸水を喰らったらしい。重力操作に限界が訪れれば、彼はたちまち沈み、ホライゾンの重力に圧し潰されるだろう。
(祐二君……私をまた、独りぼっちにしないでよ……)
そんな思考を、既に何万回と繰り返した。デジタル時計を見ると、既に時刻は午後八時半を回っている。
予定通りであれば、そろそろここにダークギルドが戦闘機を持って現れるはずだ。ディベルバイスの反撃は、ここからやっと開始される。前線上に立ち、相手と対等にやり合う事がそこで許されるのだ。
だがそう考えた時、カエラは絶望で目の前が真っ暗になるような気がした。
「駄目じゃん……」
つい、思考が言葉として漏れ出した。
そうだ、駄目ではないか。彼らがここに入って来たとしても、ユニットの外に出る事は出来ない。水圧で、そもそもゲートが開かないのだから。彼らはディベルバイスに、武器を届ける事は不可能だ。
(でも水圧は、ユニットの浮上で外の分、幾分かは弱まったはず……私が、壊すつもりで無理矢理ゲートを開ければ、私は死ぬかもしれないけど……少なくとも彼らは、外に出られるかもしれない。祐二君を救出する事も出来るかもしれないし……無理だよ、そんなの。私、死にたくない……!)
本当に、詰みなのだろうか。自分と祐二が戦闘不能になり、ユニットが水によって封鎖された時点で、ディベルバイスの敗北は決定付けられていたのだろうか。運命には、抗えないのか。
どうせ死ぬなら、とカエラはゲートの方を睨んだ。一か八か、外の水圧が軽減されている事を祈って開放を試してみようか。
(もう、私は……!)
カエラが操縦桿を倒そうとした時、その連絡は届いた。
『カエラちゃん、聞こえる!?』
「アンジュ先輩?」思わず、操縦を停止する。
『お願いしたい事があるの。聴いて貰えるかしら?』
繋いできたアンジュ先輩は、そう言葉にしながらも有無を言わせぬ口調だった。
「私、閉じ込められているので何も出来ませんよ?」
『大丈夫よ、ユニットの中の事だから。……スペルプリマーでユニット内に入る為の通路があるでしょう? その出入口の所に、ダーク君たちが来ているの。でもそこの扉が、水のせいで開かないらしいのよ。そこなら、二号機のグラビティアローで吹き飛ばせるくらいの強度でしょう?』
アンジュ先輩の言葉を聞き、カエラは首を振った。
「駄目ですよ、先輩。彼らがここに入って来られたとしても、入口のゲートが開きません。今さっき気付きました……最初から、駄目だったって事に」
『違うわ、カエラちゃん』
心なしか、そこで先輩の口調が強まった気がした。現実を告げても揺るがないその声に、カエラは思わず背筋をぴんと伸ばした。
「と、言いますと……?」
『ダーク君たちがユニットから出るのは、そこじゃない。ユニットの空に取り付けたあのジュラルミンの開閉弁、あそこから出て貰うの。発着場までの扉を開けて移動するのは、カエラちゃん、あなたよ』
「えっ、私?」
『そう』アンジュ先輩はそこで、一瞬息を吸う。カエラは固唾を呑んで、彼女が次に言ってくる言葉を待った。
『ダーク君に聞いたわ。そこの扉が水圧で開かない以上、宇宙に出るゲートからの脱出は困難だろうって。また、開閉弁からケーゼ数機でものが入ったコンテナを運び出すには、幅が狭すぎるって。スペルプリマーの腕力は、戦闘機のアタッチメントとして搭載されているアームよりずっと優れている。あなたの二号機で、コンテナを開閉弁から外に運び出すの。そして、ディベルバイスに届けて貰いたいの』
「………!」
カエラは、はっと息を呑み込んだ。
そうだ。自分や祐二が主導となって大工事を行い、取り付けた空の開閉弁。あそこも立派な「ユニットからの出口」だ。最初から、そのつもりで作ったのだから。そしてコンテナをあそこから運び出すには、自分が居なければならない。
自分が、二号機を動かさねばならない。
自分の仕事は、まだ終わった訳ではない。
『お願い出来るわね、カエラちゃん?』
アンジュ先輩の言葉に、カエラは目の前に立ち込めていた暗雲がゆっくりと、だが確かに切り裂かれていくのを感じた。
「……アイ・コピー!」
* * *
赤黒い光を振り撒き、宇宙船搬入口の扉がユニット内へと吹き飛ぶ。カエラが弓を納めながら天井まで飛び上がると、足元から大量の水がクラフトポートから街へと溢れ出した。あれでは街路が水浸しになり、ある程度の建物の一階部分は、洪水の如く浸水してしまうだろうな、と思ったが、後処理の大変さを憂うのは、この戦いが終わった後だ。
ユニット内の街へと出ると、村役場のあるビルの屋上にダークギルドのトレイやケイト、ボーン、シックル、そしてポリタンが立っていた。その建物のすぐ横には、残り三人が操縦していると思われるケーゼが飛び、アタッチメントのアームで巨大なコンテナを吊るしていた。
「ダーク? これが、あなたたちの造ったケーゼなの?」
ダークたちが工場に持って行った端末に向けて、カエラはヒッグス通信を繋ぐ。アンジュ先輩がこの扉の前に居たダークと通信出来た事から、予想は出来ていたが、ダークはちゃんと自機にそれを積み込んでいたらしく、数秒遅れて『ああ』と彼の無愛想な声が返ってきた。
『俺たちのこの三機と合わせて合計十五機。目標であった二十機までには及ばなかったが、十分と思われる量を用意する事が出来た。……カエラ・ルキフェル、お前にこれを託す。ディベルバイスに送り届けろ』
「……分かった。ありがとう、確かに受け取った」
カエラは二号機の腕を伸ばし、コンテナ上部の持ち手を掴む。かなりコンパクトに詰め込まれてはいるのだろうが、幅的にはぎりぎりといったところか。重量も当然それなりにあるが、重力場を自在に操る事の出来るスペルプリマーであれば、こちらの方が重量オーバーで墜落するような事はないだろう。
カエラは、彼らに向かって肯くように二号機の頭部を微かに下に引くと、コンテナを吊り下げたまま飛行し、上昇を開始した。