『破天のディベルバイス』第8話 分かり合う為に⑥
⑥ダーク・エコーズ
「掛かった! 掛かったぞ、エンジンが!」
完成したケーゼの一機に乗り込み、起動したサバイユが歓声を上げる。彼に続くように、隣に並んでいたヤーコンやボーン、シックルも「異常なし」を告げる声を上げた。ダークは肯き、鋭敏な視力を以て工場区画入口の方にある時計塔を睨む。暗くなった中、水銀灯の光が辛うじて届く高さにあるその針は、午後八時三十七分を指し示していた。
予定よりやや時間が押している。何があったのか想像は付くが、数時間前、ユニットが水平方向に揺れた事で工場の制御システムが異常を検知し、作業工程を緊急停止したのだ。アンジュ・バロネスから報告があったが、渡海祐二らが確認したというフリュム船ホライゾンがユニットを浸水させる形で展開した重力フィールドに異常が発生したという。
自分たちの作業が終わるのを待たずして、このままではユニットが圧壊すると聞いた時、サバイユやケイトたちは作業を放棄してすぐに逃げよう、と言った。だがダークはそれを許さず、一部の生徒たちがユニット内で行っている重力場からの脱出を信じて作業を続行するように、と答えた。
自分とて、このユニットを輸送用核パルス推進装置で再度浮上させるなどという作戦が上手く行くと、頭から信じていた訳ではない。一度軌道に浮かべればその後移動させる必要のないコラボユニットの、輸送用機構に百年以上昔の燃料が残っているなどと、普通では信じられないのが当然だろう。
だがユーゲントは、否、アンジュは、それでも浮上作戦を実行するようにと仲間に指示を出した。失敗すれば壊滅するユニット内に仲間を送り出し、またケーゼの組み立てを行う自分たちにも、退避を命じはしなかった。
アンジュ・バロネスは、敵対する立場にあった自分が見込み、革命を打ち明けた同志だ。その彼女が自分たちを、この状況下でも生き延びる事が出来ると信じて希望を託したのだ。自分たちの方からそれを放棄するのは、仁義に悖る行為だと言わざるを得ないだろう。
現実にはどうか。
その自分の判断は、正解だった。ディベルバイスとのヒッグス通信は未だに途絶しておらず、アンジュの声は時折回線を伝ってくる。そしてユニットは、徐々に高度を上げ、ホライゾンの重力フィールドを振り払いつつある。
(この程度で諦めるようであっては、大義は成就出来ないだろう)
敵の攻撃から逃げる一方となったディベルバイスにとって、この時間の遅れはかなりの痛手となったはずだ。作業が成功した以上、一刻も早くこの機体を船に届けねばならない。
「サバイユ、ヤーコンは俺と共に、ケーゼを使って移動する。残りの者は、それ以外の十二機をコンテナに積み、輸送車両で着いて来い。ディベルバイスへの授受は、俺たちで行うものとする」
* * *
クラフトポート、発着場から宇宙船を直接ユニットに入れる為の搬入口に到着すると、ダークは機体のアームで扉を開放しようと試みた。だが、押し扉であるそこは、どれ程出力を上げても開ける事が出来なかった。
『どうしたんだよ、ダーク? 行かねえのか?』
隣の機体から、サバイユが声を掛けてくる。ダークは歯噛みした後、側面モニターに向かって拳を叩き付けた。
「……発着場に、水が入りすぎたようだ。このゲートにも流れ込んできている。水圧で、扉を押す事が出来ない」
車両に居るトレイが、あっと声を上げたのが通信機から聞こえてきた。眼下にカメラを向けると、押し扉の下からじわじわと水が滲み出してきていた。
『壊そうよ、扉!』ケイトが叫ぶ。『機銃を使えば……』
「駄目だ。この大きさを完全破壊するには、威力が弱い。時間が掛かりすぎる」
『そんな……! ダーク、せっかくここまで頑張ったのに……』
「分かっている……!」
ダークは腰の拳銃に手をやり、その冷たい鉄の感触に精神の安定を求めるように、ぐっと握り締めた。ここまで来て、ユニットから出られず武器が届けられなかったというのでは、あまりに無念すぎる。
考えるように天井を見上げた時、頭上のモニターに映し出された空に、一点の黒い染みのようなものが見えた。渡海たちがスペルプリマーの出入り用に作った、開閉弁だ。あそこであれば、ケーゼは楽々と通れるだろう。が、それも駄目だ。コンテナをケーゼのアームで運ぶ為には、自分とサバイユ、ヤーコンの三人の機体を並べ、それを掴んで飛行する必要がある。ケーゼ三機とコンテナが横に並んで抜けるには、あの穴は幅が狭すぎる。
(……頼るしか、ないのか)
ダークは、座席のすぐ横に積んだ小型ヒッグスビブロメーターを見つめる。ディベルバイスのブリッジとの通信用に託されたもので、これまでは一方的にアンジュたちからの通信を受け、それに応答する形で使用していた。
(頼る……)
同志である事を誓った者たち以外に、ダークはそれを他人に求めた事がなかった。火星圏で裏社会に君臨していたジャバ・ウォーカーの一味との繋がりも、利害の一致から信用した振りをし、互いに腹を探り合いながら利用し合っていただけだ。自分の望み通り、ディベルバイスが宇宙連合軍護星機士団の独立部隊となったとしても、ダークはそれをも目的の為に”利用”するつもりだった。
裏社会では、身内以外に背中を預けてはならない、というのが鉄則だった。いつ裏切られ、背中から撃たれるか分からないからだ。場合によっては、身内ですら信用出来ない事もある。となると、本来徒党を組み、長い間集団で生活しているダークギルドも、その鉄則に反するものと言えるのだが。
(俺はこいつらが居る事を、自分の甘さだと思った事はない)
覚悟を決め、ダークは通信機を操作した。生き様と、無謀を是とする倒錯したプライドを、履き違えるつもりはない。
『こちらブリッジ』
ここずっと、すぐ傍で聴いていた彼女の声が聞こえてきた。ダークは思わず呆けたように口を開いてから、一度咳払いして言った。
「俺だ。……アンジュ」
『は、はい!』彼女が通信の向こうで姿勢を正したのが、目に見えるようだ。
「一つ、頼みがある。聴いてくれるか?」