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『破天のディベルバイス』第8話 分かり合う為に②

 ②ウォリア・レゾンス


 コックピットを出て、無色のディベルバイス船尾、展望デッキに下りる。船に装備されたビームマシンガンにより、残っていたスペルプリマーの右腕をも潰されたウォリア・レゾンスは、火花の散る腕部をパージし、体勢を立て直すべく敵艦に着地しようとした。

 水獄のホライゾン配属に伴い、命じられた事は、このフリュム船を拿捕する事だった。ブリッジを潰す程度の事は許されただろうが、この位置で脚部ハドロン・カノンを発射すれば、居住区画につき広範囲が空洞となった船内に甚大なダメージを与えてしまう可能性がある。動きを止める為の重力場はホライゾンが展開済みだ。間違っても、撃沈するような事があってはならない。

 故にウォリアは、ストリッツヴァグンがダメージを受けた際、攻撃出来る時にディベルバイスを攻撃しようなどとは考えず、未だに反応が消えないスヴェルドを確殺すべく、機体を立て直す事を選んだ。そしてデッキに着艦しようとした時、思いがけない人物を見かけて思わず動きを止めた。

 広いデッキと強化ガラスを挟み、遠くから見た為相手の顔をはっきりと捉える事は出来ない。もしかしたら、見間違いかもしれない。だから一度、直接降りて確かめようとしたのだ。ウォリアにはその人物が、自分の同期生のように見えた。

(……ジェイソン)

 降りてその姿を見た時、最早間違いではないと分かった。腰を抜かし、全身を小刻みに震わせながら自分の方を見ている男。彼は、ユーゲントのジェイソン・ウィドウだ。昨年度、リバブルエリアの護星機士養成所で、ウォリアの居たクラスでルーム長を務めていた。

(嘘……ブリークス大佐は、ディベルバイスを運んでいたユーゲント十人は過激派に皆殺しにされたって言っていたはずじゃあ……?)

 まさか、彼らは過激派に囚われて、人質として共に宇宙を彷徨う事を強いられているのではないか。だが、目の前の彼が何者かに束縛されているような様子は特に見られない。

 ──この船には本当に、過激派が乗っているのだろうか?

 そんな漠然とした予感が、ふと頭を掠めた。そう思うと共に、ウォリアの全身を悪寒が駆け上がってきた。

 自分はもしかして、とんでもない勘違いをしていたのではないか、という。

 その予感が正しかったら、自分から誰までが〝勘違い〟をしているのだろう。イマニュエル艦長か、ザキ代表か、或いはブリークス大佐か。そして、再び悪寒が足先から腹までをぞわりと撫でる。

 ブリークス大佐は一度ボストークの近郊で、ガイス・グラでディベルバイスと交戦した。ディベルバイスに乗っている者たちが過激派の特殊部隊だと判明したのは、その戦い中だったという話だ。もしもこの船が過激派に占拠などされておらず、ジェイソンたちが倒壊するリーヴァンデインから脱出する為に起動させたものだとしたら、大佐は自分たちに嘘を知らせた事になる。

(有り得ない……ジェイソンたちはやっぱり、過激派に掴まっているんだ)

 どちらにせよ、少なくとも仲間の一人が生きている事が分かった以上、これ以上船に攻撃するのは良くないかもしれない。本当に、彼らが過激派に俘虜とされているのであれば、敵は追い詰められた場合彼らを殺害する事も厭わないかもしれない。すぐにホライゾンに知らせねばならないが、一体この局面まで来てイマニュエル艦長が信じてくれるかどうか。

(直接、証拠写真を撮って伝えるしかないか)

 ウォリアは、ジェイソンに向かって手を振る。自分の立っている場所が真空の宇宙空間である以上、声を届ける事は叶わない。伝わってくれ、と思いながら、ウォリアは精一杯手を振り、落ち着くように、きっと大丈夫だから、という意味のジェスチャーを送った。

 もう十分だろう、と思うと、再びスペルプリマーの中に戻る。機体を更に浮上させてデッキに上り、下方に備え付けられたサブカメラを船内のジェイソンにフォーカスして写真を撮る。画像データをホライゾンに送信する機能は付いていないので、直接船に戻ってイマニュエル艦長に見せるしかない。

 撮影した画像をプリントしている時、その艦長からヒッグス通信が繋がった。

『レゾンス准尉、ストリッツヴァグンが止まっているが、問題ないか? 応答せよ、状況を報せ!』

「は、はい!」ウォリアは若干閊えながら、素早く報告する。「海中に沈没したスヴェルドですが、依然姿を見せません。スペルプリマー同士の共鳴が消えていない為、未だ機体は健在かと思われます。ですが、こちらは敵の反撃により武装への損害が著しい為、一度帰投許可を願います!」

『分かった。そのようだとは思っていたから、所属の空爆部隊を発艦させた。彼らと交替し、至急帰投せよ』

「えっ?」

 アイ・コピー、と答える代わりに、間の抜けた声が出た。慌てて機体を振り向かせると、ディベルバイスの屋根越しに、ホライゾンの方から無数の航空機がこちらに接近してくるのが見えた。モデュラスとしてのウォリアの情報収集能力は、一瞬のうちに集まってくる航空機を全て掴んでしまう。ケーゼや軍用ヘリに混ざり、対戦艦用の強襲戦闘機メタラプターまでがやって来ている。

『レゾンス准尉、回線の調子が悪いのか?』

「アイ・コピー!」慌てて答えた。

 急がねばならない。本格的に彼らが攻撃を始めてしまう前に、この写真を艦長に見せなければ。


          *   *   *


 ハドロン・カノンの弱点であったエネルギーの拡散。それを抑える為の重力発生機構は、カノンの搭載されているスペルプリマーの両腕にも埋め込まれていた。それをパージで失ったストリッツヴァグンは、重力バリアによる防御能力にも著しい低下が見られていた。

 威力はカノンに劣るとはいえ、ディベルバイス側面のビームマシンガンは戦闘機とも互角に渡り合える代物で、経口も大きい。ウォリアはこれ以上機体に被弾する事は避けたかったが、全ての機銃の死角を渡り続ける事には限界があった。ディベルバイスの上部であれば死角にはなるが、現在船は加速上昇を続けている。速度は恐らく、秒速五、六メートル。真面(まとも)にぶつかられればどちらも大破してしまう。

 ウォリアはコックピットへの直撃を避けるようにマシンガンを回避し、土星圏からワープする際に通ったワームホールにも似た、黒点の出現している海面に向かって降下した。丁度ディベルバイスを追うようにして、水獄のホライゾンがこちらに進んでくる。信号を放って格納庫内に着艦した時には、既にストリッツヴァグンのボディはあちこちが焼け焦げ、脚部ユニットは一本が欠損し、飛行翼は一部を大きく抉られていた。

「レゾンス准尉、ご無事ですか?」

 この間までは上官だった護星機士たちが、コックピットを出た自分に話し掛けてくる。大丈夫だ、と答えようとしたが、口を開いた瞬間嘔気が込み上げ、咄嗟に呑み込もうとして噎せ返ってしまった。

 思えば、最初の操縦にしてかなり無茶な動きをしてきたのだ。脳や神経は、モデュラスではない普通の人間であれば、とっくに焼き切れているであろう酷使をされた。意識が平常に戻ると同時に、体の底に重苦しい疲労がずしりと落ち込んだ。

「准尉……」

「心配には……及びません。慣れない機体を、無理に動かした反動です……それよりも、先程発艦された戦闘機部隊に伝えて下さい。フリュム船、無色のディベルバイスは、捕獲すべき船……過剰な攻撃は避け、彼らには未だ海中で健在のスヴェルドを引き摺り出すよう徹底するように、と……」

「ア、アイ・コピー」

 護星機士たちは若干の躊躇いを見せながらも肯き、船内へと駆けて行く。ウォリアは壁に手を突き、ヘルメットのバイザーを上げて酸素を貪った後、彼らに続いて駆け出した。

 ディベルバイスを重力フィールドに捕らえるべく、ホライゾンも急激に高度を上げながら激しく回頭している。向こうよりもややサイズが大きい為、小回りが利きにくいという点ではある意味、追跡に不利だ。ウォリアは慣性力と遠心力に翻弄され、ただでさえ疲労で重くなった体を掻き回されるような感覚に、何度も廊下で座り込みそうになった。

(艦長……イマニュエル艦長……駄目です、あの船には……)

 ウォリアは懸命に走り、ブリッジに駆け込んだ。

 帰投するとは告げたが、ここまで来るとは思っていなかったのだろう、艦長始め、ブリッジクルーの兵士たちが一斉に自分の方を向いた。

「レゾンス……」

「艦長!」イマニュエル艦長が何かを言う前に、声を上げる。「船本体への攻撃を中止して下さい! 自分は先程あの船の中に、ユーゲントの護星機士が居るのを発見しました! ややもすれば、他にも囚われている者が居るかもしれません。これ以上攻撃すれば、ラトリア・ルミレースが彼らを殺す可能性があります!」

「信じ難いな」

 艦長は、即座にそう返した。ウォリアは耳を疑う。

「信じ難いって、そんな……」

「本当に過激派の特殊部隊がユーゲントを人質にしているのだとしたら、こちらに対して何らかの交渉を試みるはずだ。個人の損耗を措くとすれば、状況は明らかに我が方にとって有利なのだから。それをしないという事は、敵は既にユーゲントと訓練生全員を殺害しているのだ」

「これをご覧下さい! 証拠写真ですよ!」

 焦りのあまり苛立ってしまう気持ちを抑えつつ、ウォリアはプリントした証拠写真をイマニュエル艦長に差し出す。スペルプリマーのカメラは決して性能が悪いものではないが、やはり距離とガラスへの反射のせいで、印刷結果がやや不鮮明である事は否めない。

 少し目を通すと、艦長はすぐさま「違うな」と言った。

「私はリーヴァンデイン倒壊事件の犠牲者について、写真を見せられて知らされている。さすがに訓練生全員を把握する事は出来なかったが、ユーゲントの十名は十分に顔と名前を一致させたつもりだ。だがこれは、その誰でもない」

「ジェイソンです、ジェイソン・ウィドウなんですよ、これは!」

 何故、分かってくれないのだ、と思った。

「確かに似ていると言えば似ている。だがレゾンス准尉、よく覚えておけ。貴君は若く、正規軍に入隊したばかりで戦闘経験も積んでいない。仲間が敵に殺されるという事について、受け止めきれる心を持ち合わせていないのだ。貴君は、現実を信じたくないと思っている。犠牲となった同期の友人たちに、叶う事ならば生きていて欲しいと願っている。それが、貴君にとって色眼鏡になってしまっているのだ。現実を歪めて見てしまう、な」

「じ、自分は……」

 そんな事はない、と思った。自分はもう、人間ではないのだ。戦闘中に目に飛び込んでくる現実に、見落としや間違いなど有り得ない。外界の情報そのものを、一点も欠ける事なく脳が読み取ってしまうのだから。確かに写真は不鮮明だ。だが自分は彼に接近し、間違いなく同期生である事を確認した。

「同情はする。だが軍人、時には心を殺さねばならない時もある。現実を直視しろ、ウォリア・レゾンス准尉。このままでは埒が明かんし、重力崩壊によりミニブラックホールを出現させてしまうかもしれん。貴君が一度戻って来てくれたのは幸いであった」

 イマニュエル艦長は、正面の巨大な窓の向こうでディベルバイスに向かっていく戦闘機群を睨み据え、紙を持ったまま腕を組む。ウォリアの撮影したジェイソンの写真が、くしゃりと音を立てて折れ曲がった。

「仰っている事が……よく分かりません」

「メタラプターの一機に、ヴィペラ弾を搭載した。あれをディベルバイスの船内に撃ち込み、テロリストを殲滅する」

「ヴィ、ヴィペラ弾……!?」

 ウォリアは再び、耳を疑った。

 地球の大気圏に残留した猛毒の雲、ヴィペラ。前触れもなく地球圏に出現した小惑星ネメシスの残して行った、最悪の遺物。現在の技術でそれを除去する事は難しく、人類はそれとの共存を余儀なくされた。

 ヴィペラ弾。あの猛毒の雲が、採集されたとでもいうのか。(あまつさ)え、それが軍事転用されているとは何事だろうか。

「ヴィペラによって人間を故意に殺害するなんて、人道上……」

「テロリストには、如何なる情けも掛けてはいけない。本来、主張を理解してもいけないのだ。自治権の要求も、宗教的な教義(ドグマ)であっても、それを恐怖政治で押し通そうとした瞬間大義名分は喪失する。奴らは、一日にして六百数十人を虐殺した畜生どもだ。軍事裁判を待って処刑するより、交戦規定フェイズ三に乗じて殲滅する方が手っ取り早い」

 イマニュエル艦長の言葉が、急に獰猛になったような気がした。ウォリアはぐっと唇を噛むと、彼の見据えている窓の向こうを見る。

 ヴィペラ弾……そんなものの存在が、あの護星機士たちには明かされているのだろうか。一度散布されたら除去は困難で、宇宙を長期に渡って汚染する悪魔の雲を、自分たちが放とうとしている事に気付いているのだろうか。

(……止めないと)

 スペルプリマー一号機、スヴェルドのパイロットであるモデュラスが、過激派の戦闘員なのかどうかは分からない。だが、あのシェアリングという謎の現象が発生した際自分が一瞬だけ話した相手は、あの船にジェイソンが居ると分かってから考えてみると、何だかそうではなかった気がする。

 あのモデュラスと、もう一度話してみよう。そして、人質が殺されてしまう事を何としてでも防がねば。

「前線に復帰します」

 ウォリアはそう宣言し、ブリッジを後にした。

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