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『破天のディベルバイス』第7話 蒼き災い⑦

 ⑥ティプ・チャート


 クラフトポートから地下に向かって進んで行くと、百スクエアフィート(約六畳)程度の部屋に出た。入口を除き、三方の壁は全て雑多な機械やコード、液晶パネルで埋め尽くされている。全長約二十キロ、高さ約六・五キロの巨大建造物を制御する全てのシステムがここに集約されていると考えると、この決して広いとは言えない部屋の密度に眩暈(めまい)がしそうになる。

 宇宙連合軍護星機士訓練課程には、実戦部隊のカリキュラム以外にも様々な専攻がある。宇宙船の操縦訓練は実戦部隊でも学習が義務付けられている事だが、それを更に深める事だったり、医療・看護系、天文学系など、軍内に必要な分野をより究める為の専攻課程が、希望者には提供される。

 スカイ・ダスティン、ケン・ニール、ジュノ・ゼンの三人は、システムエンジニアリングの分野で現在トップの成績を維持している者たちだった。射撃組を選出した時のように、ブリッジクルーが即興で成績表から上位の三人を選び出し、放送で招集を掛けた。ティプが三人を先導してディベルバイスを降り、半ば問答無用でここまで引っ張ってきたのだが、彼らはこの部屋の全貌を見た瞬間顔色を変えた。

「俺たち、別に取り分け優秀って訳でもないですよ?」

 スカイは、首を小刻みに振りながらそう言った。

「訓練課程は初期の初期でしたし、数回の試験でその時はたまたま上位になったってだけです。百五十年近く動かされなかったユニットの移動装置を再起動するなんて、幾ら何でも……」

 来る道々、ティプが三人にして貰うべき事を告げると、皆「冗談言わないで下さいよ!」と声を荒げた。すぐに引き返そうとした彼らに、ディベルバイスが既に発着場から出始めている事を伝えると、ケンからは胸倉を掴まれて「俺たちを殺すつもりですか?」と糾弾された。

 ティプは彼らに申し訳ない事をした、と思いながらも勇気を振り絞り、「死にたくなかったら最後まで頑張って!」と言い返し、そのまま引っ張ってきた。

「今回は長距離輸送じゃないから、核燃料を使わなくても大丈夫かもしれない。クラフトポートには民間船の燃料が残っているだろうし、僕がエンジンの調子も確認してくる。埃とかが溜まっていたり錆びていたりしたら、その場でメンテナンスだ。大丈夫、還元剤になり得るものも、探せばすぐ近くに一杯あるよ。君たちには、ただプログラミングをして貰えばいいんだ」

「やり方が分かりません」とスカイ。

「コラボユニットって思うからいけない。アルゴノート級とか、フリングホルニ級とか、巨大宇宙船の修復プロセスを組んだ経験ならあるでしょ? エンジン単体なら、その応用で動かせるんじゃないかな?」

 宇宙船ビードルが宇宙ステーションとして使用されていたように、人工衛星やコラボユニットの輸送用エンジンは、宇宙船とほぼ同一の構造をしている。それは、誰もが当然行った事はないであろうユニット移動のプログラムも、宇宙船のメンテナンス経験があれば動かせるという事ではないだろうか。

 スカイたちが「無茶だ」と言う気持ちも分かる。だが今は、ニルバナが圧潰してしまうかもしれない以上、可能性が少しでもある事柄には賭けるしかない。

「……やってみます」

 ジュノが、低く呟いた。小柄なティプは、彼を見上げる形となる。

「でも、失敗しても怒らないで下さいよ」

「失敗したら、皆が運命を共にするんだ。怒る人も居なくなる。……成功したら、僕は君たちの事を褒めて褒めて褒めまくるよ」

 ティプは微笑むと、入口に一着だけ掛けてあった宇宙服を下ろした。

「僕はこれから、ここの更に下、エンジンの様子を直接見てくる。放射能は大分薄くなっているだろうし、この宇宙服があれば防げるよ。重力フィールドに近づくから通信環境は悪くなるかもしれないけど……大丈夫だから。皆は、皆のすべき事をちゃんと果たしてね」


          *   *   *


 土台壁とほぼ一体化しているエンジンの、すぐ近くまで降りられる梯子があった時点で予想は出来ていた事だが、住民による定期的なメンテナンスはやはり行なわれていたようだった。薄く埃が掛かってはいるが、細部を詰まらせる程ではない。ほぼ真空状態だからか、錆びもそこまで発生してはいなかった。

 足元から、ごうごうと水の流れる音が響いてくる。水位はティプの居るすぐ横、燃焼室には未だ到達していない。これならば、ある程度の火力で噴射を行えば、水に炎が消されたり、ショートを起こして制御室が吹き飛んだりする恐れもないだろう。ティプはひとまず安堵したが、すぐに気を引き締めた。

 フリュム船ホライゾンは変わらず水を吐き出し続けているようだ。あの重力フィールドから溢れる程の水位になれば、巨大な水泡となったそれらは容赦なくエンジンに入り込み、その機能を破壊するだろう。時間は、それ程残されていない。

「スカイ君たち、進捗はどう?」

 燃料を確認すべく反応炉の方に足を進めながら、ティプは無線機に声を放つ。ヒッグス通信はディベルバイスとの連絡で使用しているので、スカイたちとは従来の電波通信だ。

『……すか? ……で、……く、……ません』

 酷くひび割れ、途切れ途切れで認識不能な声を聴き、やはり通信は困難か、と判断する。彼らを信じ、自分の務めを果たすしかないようだ。

 ティプは燃焼室のタンクに備え付けられたメーターを操作し、素早く核燃料の残量を調べる。残量……ゼロパーセント。予想していた事とはいえ、メンテナンスがきちんとされていただけに落胆せざるを得ない。

 先程ティプは、スカイたちに「今回のユニット移動は長距離輸送ではない為、核燃料は必要ないだろう」と言った。それは確かに事実だが、民間船の燃料を代用するというのは(いささ)か現実的ではなかった。核燃料と民間宇宙船用の燃料では、燃焼速度が明らかに異なる。ジェットエンジンの噴射口が大量の水に浸されている以上、後者の燃焼速度ではユニットが上昇する以前に火勢が衰えてしまう。

 一瞬で、爆発的な燃焼を引き起こす必要がある。ほんの一瞬でいいのだ、燃料が駄目であれば、それを刹那に超高温にする方法はないか。ティプの頭は、未だかつてない程の速度で回転した。その間にも足は動き、燃料を取りに行くべく梯子を登り始めている。

 梯子を登る足は、直ちにここから離れたがってでもいるかのように急いていた。その恐れは、一度は放射能により完全な死の世界となったこの場所に対するものではない。足元、数メートル下に広がる海に対する恐れだ。

 ブリッジで聞いた、渡海とカエラの通信を思い出す。カエラはこの海に対して、こんな表現をしていた。

 ──ヴィペラの雲海と同じような、進入すれば圧壊してしまう死の海。こっちは猛毒とプラズマじゃなくて、重力だけど……ヴィペラよりも、ずっと危険かも。

(………!?)

 その時、ティプの脳裏に電撃的に閃くものがあった。

(死の海……ヴィペラ……プラズマ?)

 核パルスエンジンの爆発では、超高温によってプラズマが発生する。そして、同じくプラズマが自然発生する程の熱エネルギーを、一瞬にして生み出すものが自然界に存在する。

(落雷……電圧十億ボルト、電流五十万アンペア。温度……摂氏三万度)

「ウェーバー!」

 梯子を登りきると、ティプはそこに置いていた小型ヒッグスビブロメーターに跪いて叫んだ。「ユニット最下層圧潰まで、あと何時間の猶予がある!?」

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