『破天のディベルバイス』第7話 蒼き災い⑤
④ガラハウ・バリスタ
リージョン一近郊、民間輸送船。護衛艦トラジェクションの索敵レーダーを睨みながら、バリスタはどうにも解せない気持ちを抱えていた。
ユニット一・一「ニルバナ」にやって来た、あの超巨大宇宙船ディベルバイスに乗っていた子供たちが、宇宙連合軍から過激派の特殊部隊として指名手配されているという話は本当のようだった。ネットの情報を調べ、国際ニュースでもディベルバイスの写真が大きく「過激派に奪取された船」として公開されている事も確認済みだ。彼らの言った、連合軍の一部勢力が情報を隠匿しようとしている、という事については信じても良いだろう。
オセスウイルス感染症が小康状態になった時、封じ込めを行うべく住民全員で一時的な離村を行う事は前々から決まっていた。住民の少ない小規模ユニットであり、村長の権限が強い封建的な文化が未だに根差していた為、実行が可能な事だった。
パブロ・レスリー村長がディベルバイスの受け入れを了承したのは、小康状態で誰もが敬遠する病人の死体処理──引っ越し前の後片付けにうってつけの労働力が手に入る、という理由だけだった。そして、ディベルバイスの実態を知っているのがブリークス大佐とその周辺のみであるのをいい事に、密かに彼らと取り引きをして、離村後に厄介者の彼らを引き取って貰うつもりだった。
「ブリークスの奴も、なかなかの食わせ者だな。奴はこの話を聴いた時、あの子供たちが無事だった、奇跡だと言って喜んでみせた。上層部の早とちりで人類生存圏全域に大変な迷惑を掛けてしまった、近いうちに保護しに行く、とな。私は無論、奴を信じた振りをした。私たちが機密を知っている敵だと思われては困るからな」
レスリー村長は出発前、バリスタにそう言った。
彼が憂慮している事は、子供たちが宇宙連合軍に抵抗して激戦となり、ニルバナに被害が出る事だった。そこで、子供たちの一人がオセスで死んだのをいい機会に、彼らをユニットに置き去り、「彼らは感染再拡大を起こす可能性があった為に捨てられたのだ」と思い込ませる事にした。それからユニットを封鎖しておけば、感染症の真っただ中に取り残された彼らは突如現れた連合軍に対し、保護を求めて降伏するしかないだろう、という訳だ。
連合は遅かれ早かれ、彼らの命を奪う気でいるのだ。ブリークス大佐がやたらと強硬な姿勢を見せており、情報操作で彼らを過激派に仕立て上げた事からもそれは明白だ。ならば、ユニットを巻き込むような戦闘で彼らを殺すよりも、投降した彼らを秘密裏に処刑して貰う方が都合がいい。
ブリークスが何処まで、自分たち村人の意図を読んでいるのかは分からない。だが彼も、内密に進めていた事を荒立てたくはないだろう。村長は通話の際、ブリークスがそれとなくこちらに圧を掛けるような事を口にした、と言っていた。ディベルバイスの真実を公表したら、ニルバナもただではおかないぞ、というような事だ。それは諸刃の剣になり得る事だ。中立ユニットの民間人を口封じの為に殺せば、連合の醜聞となる。それを隠蔽する為に、更に多くの手順が必要になる。だから、自分たち村人が余計な事を言わない限り、彼らも事が穏便に済めばこちらに手出しをしないだろう、と、村長は考えたようだった。
半ば裏の読み合い、恫喝の応酬のような取り引きだったが、ブリークスと自分たちは互いに相手を威嚇するものを持っている。利害も一致している。この離村の間に、全ては丸く収まるはずだった。
ところが、現在。
(何故、衛星通信の映像が消えたのだろう?)
ニルバナから退去した後、自分たちは閉じ込められた子供たちを無言で脅す為に、軌道監視用の人工衛星をユニットの入口に運んだ。ディベルバイスや、あの謎の機動兵器スペルプリマーは敢えて封印せずそのままにしておいた。疑り深い彼らはこれらの事から、ユニットのゲートが強行突破可能なのは罠ではないのか、と考え、何とかして外の様子を知ろうとするだろう、と主張した村長の措置だ。もし彼らが、脱出の為にユニットの一部を破壊したりなどしたら、その映像を「過激派による中立ユニットへの攻撃」として公開する予定だった。これは、ニルバナがブリークスの情報秘匿に協力的である、という立場を示す事にもなる。
だが先程、自動削除間近の映像を確認しようとした時、衛星からデータがダウンロード出来なくなっている事が判明した。今日で退去から二週間目だが、一週間前、最初の一週間分の映像を削除前に全てダウンロードしたところ、子供たちが暴挙に出た様子はなかった。
今になって、彼らが死角から衛星を破壊したのだろうか? 強行突破の映像を記録に残さない為に? バリスタは考え、どうにも解せないと思った。
そもそも、村長が連絡してから約半月が過ぎても、連合軍がニルバナに現れる様子のない事がおかしい。軍は一体、何の準備をしているのだろうか? 何を待っているのだろうか?
衛星からの映像が消え、ニルバナの様子はこちらからは分からなくなった。今、何が起きているのか、或いは何が起ころうとしているのか、考えるとどうも嫌な予感がする。
考えても仕方のない事か、と首を振った時、レーダーに幾つかの反応が現れた。
「バリスタさん」ほぼ同時に、仲間の自警団員が声を上げる。「リージョン二方面から、複数の機体が近づいてきます。いずれも識別信号を放っているようですが、そちらの画面に表示しますか?」
「頼む」
短く答えると、間髪を入れずに画面の反応が赤青二色に分かれる。赤がラトリア・ルミレース、青が宇宙連合軍を示しているが、どちらもほぼ同数存在している。どうやら、両軍が交戦中らしい。過激派のジウスド級と思しき戦艦や、連合軍、シチリア級中型戦艦の信号と混ざり、巨大な宇宙船の表示も青で浮かんでいた。
「ボストーク方面から接近している……これは、ガイス・グラ級か?」
「の、ようです。というより、ガイス・グラそのものではないかと。月軌道に残存する過激派を叩きながら、こちらに向かってきます」
「やっと、ニルバナに連中がやって来たか」
バリスタは呟いたが、まだそこで緊張を解く気にはなれなかった。既に、リージョン一系列のユニット群からも大分離れ、ニルバナは完全にレーダーの有効圏内から出てしまっている。ここでガイス・グラが直進してくる事は、何だか妙だ。
「過激派を追い立てているようにも見えます。ここは危険かもしれません、他の護衛艦と輸送船にも連絡して、進路を変更します」
「中立の民間船だぞ? 逃げる必要があるのか?」
別の自警団員が口を出した。
「こっちも識別信号を出しているんだ。きっとブリークスが、ユニットに向かう前に俺たちに状況を聞こうとして近づいてきているんだろう。その途中で、ラトリア・ルミレースに襲われたんだよ」
そう単純な事だろうか、とバリスタは考える。行動があまりにも遅い事も然り、ブリークスの動きには何とも焦臭いものがある。それにディベルバイスの居場所を知るという目的は達したのだし、もう自分たちに会う必要などないはずだ。万が一連絡を取る必要があったのだとしても、通信で十分なはず。
「……他の船には、進路変更を伝えておくんだ。俺たちのこの船で、ブリークス大佐の目的を確認する」
バリスタが言うと、先程の自警団員は「分かりました」と言って出て行った。
椅子に座り直し、バリスタは自分のHMEを取り出す。レスリー村長から、ブリークスがガイス・グラに置いている司令部専用HMEへ連絡する番号は聞いている。念の為、通信でも目的を聞いておくべきか。
暫し熟考してメッセージを組み立てると、吹き込みを開始すべくマイクに口を近づける。双眼鏡で窓から戦域を確認していた男が声を上げたのは、その時だった。
「ガイス・グラ、目視可能圏内に入りました。レーザー砲と思しき光も見えます、随分と派手にやり合っている……あっ、ZS系一隻が撃沈された」
目視確認が可能な距離まで近づいたのか、と思った時、バリスタの中に明確な焦燥が萌してきた。このままでは流れ弾が飛んできて、巻き込まれるかもしれない。やはりブリークスは自分たちに接触するつもりなどなく、戦闘が長引くうちにこちらへ来てしまっただけなのだろうか。だがそれなら、何故敵をこちらへ追い立てるような事をするのだろう。トラジェクションからの信号は、向こうでもキャッチされていると見て間違いないはずなのに。
バリスタは無線機を顔に当て、輸送船に居る村長に連絡した。
「全船回頭して下さい。リージョン一方面に引き返すんです、早く……」
「ガイス・グラから何かが分離しました。こちらに向かってきます!」
双眼鏡の男が叫ぶ。思わず言葉を切り、レーダーに視線を落とすと、青印の戦闘機サイズの物体が異様な速度でこちらに接近しようとしていた。
「これは……」
「メタラプター……!?」
誰かが叫んだ瞬間、レーダーに表示されているその印がトラジェクションの前方に回り込んでくる。正面の窓から、巨大な影が覆い被さるように船内に落とされ、バリスタは恐る恐る顔を上げる。
そこに、巨大な戦闘機が浮かんでいた。自分も一同も、思わず椅子を蹴って立ち上がる。
機体──メタラプターの、両翼に装備された銃口が光り輝いた。と、思った瞬間、それが窓一杯に満たされる。激しい高温の閃光に包まれながら、バリスタは自分の体が捻じ曲がり、融解するのをやけに冷静に感じていた。