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『破天のディベルバイス』第7話 蒼き災い④


          *   *   *


 僕たちが外からロックを壊していたので、ゲートはスペルプリマーを用い、手動で簡単に開閉出来た。幸い、港から空気が抜けている様子もない。宇宙空間に飛び上がり、振り向くと、一ヶ月近く起動していなかったディベルバイスが再びその船体を震わせようとしていた。

『祐二君、カエラちゃん、聞こえる?』

 久々にブリッジからアンジュ先輩の通信を聞くな、と思いながら、僕は肯く。

「感度良好です。そちらの様子は?」

『射撃組も、シオンがスタンバイさせ終わったわ。……じゃあ作戦概要を再度説明するわね。二人はまず、敵主力のスペルプリマー、ストリッツヴァグンを引き付けてちょうだい。倒せなくても、戦闘を出来るだけ長引かせて時間を稼ぐの。目標は約十時間。頼める?』

「アイ・コピー。ホライゾンの反応は?」

『相当大きいのね、目視でも確認出来る。レーダーにはまだストリッツヴァグンが表示されていないから、多分一旦船に戻ったのかも。二人には少しだけ接近して貰う必要があるけど、気を付けてね』

 僕は再度肯き、「カエラ」と呼び掛けた。

「例の『感覚共有(シェアリング)』のメッセージ、ストリッツヴァグンのやつは出ていないよね?」

『ええ。だから、アンジュ先輩の言う通り敵に近づく必要がある』

「二人で、離れないように行こう。孤立は危険だ」

 僕は言うと、控えめな速度で前進を始めた。行く手から、ホライゾンも同じような速度で──とはいっても相手はこちらより遥かに大きいので、ずっと速く感じる──接近してくる。二号機の方に手を伸ばすと、彼女もこちらに手を伸ばしてきて一号機と連結した。

 静かだ、と思った。先程、敵スペルプリマーが荒々しい攻撃を仕掛けてきたのが噓に思える程、進んでくる敵船は穏やかだった。凪いだ海面のように、底知れぬ深さを内に隠した、重厚な静けさだ。

(僕たちを誘い出そうとしているのか? でも……)

 僕は空いている右手で刀を抜き、機体から五十メートル程の位置まで近づいてきたホライゾンを見下ろす。窓にはマイクロルーバー処理が施されているのか、ブリッジの中を覗く事は出来なかった。

 ディベルバイスと構造が同じであれば、このブリッジの真下にはスペルプリマーの格納庫があるはずだ。そこに隠れて、僕たちを狩る機会を虎視眈々と狙っているストリッツヴァグンの存在を感じたのか、タブレット画面に数十分前と同じメッセージが現れ、機体の発光が強くなった。

『ここまで接近しているのに、攻撃してこないなんて……』

 カエラが、訝しげに呟いた。

「一か八か、仕掛けてみようか?」

 僕は段々、()れを感じてきた。来るべきものの存在を確かに感じているのに、それがいつまでも現れない為に気が張り詰めていく、自分が獲物の立場である事を裏付けられるような焦れ。見えない攻撃によって主導権を奪われているかのような、漠然とした不快感。

『十分に注意してね』

「分かってる」

 応えながら、ゆっくりと手を離す。剣道の面を狙う時のように、両手で刀を上段に構え、重力を操作する。そのままカタパルトデッキに向かって降下を始めた時、突然視界に違和感が発生した。

 ホライゾンを中心に、周囲の空間に歪曲が生じたのだ。透明なカーテンの如く闇色の宇宙空間が歪み、薄赤い波紋のような光が走る。最初、一号機の刀による重力操作で歪んだ空間が、その光を放っているのだと思った。メインカメラの至近距離で刀を振り上げたから、映像にそれが映り込んだのだ、と……

『危ない、祐二君!』

 カエラが切迫した声を上げたのは、その時だった。

 スペルプリマーのパイロットが持つ、常人を凌駕する状況判断能力がなければ、僕は命を落としていただろう。何の前触れもなく、歪んだ空間から大量の水が、怒涛となって流れ出してきた。それはあたかも、山が崩落してくるかのようだった。

「何だ、これは!?」

『祐二君、飛んで! エンジンが浸水したら万事休すよ!』

 言われる前から、僕は上昇していた。無重力空間に放出された水は巨大な水玉となり、こちらを撃墜しようとするように浮上してくる。僕はそれを片端から叩き斬り、カエラは弓矢を放って粉砕していた。

 だが、全ての水が表面張力で球状になっている訳ではない。眼下で崩れるように溢れた水は、大蛇の群れを彷彿させる動きで流れ、正面のニルバナの方に押し寄せていく。高く湧き立った波からは水玉が分離し、次々にこちらに向かってくる。

『何で……水がバラバラにならないの? 凍ってもいないし……』

 そう、水は宇宙空間ではすぐに沸騰して気化熱を放出し、凍ってしまう。山に登った時などと同じだ、気圧が(ほとん)どない宇宙では、水の沸点が下がる為──。

「………!」

 そうか、と僕は気付いた。今ホライゾンの進行ルートより下は、異常重力が発生しているのだ。それで、水が流体の状態を保っている。だが、ここからニルバナの入口までは五キロ以上あるのだ。これ程広大な重力場を発生させるとは、ホライゾンの性能とはどれ程のものなのだろう。

『重力フィールドを、水で体現しているんだ……ヴィペラの雲海と同じような、進入すれば圧壊してしまう死の海。こっちは猛毒とプラズマじゃなくて、重力だけど……ヴィペラよりも、ずっと危険かも』

「でもこんな大量の水、何処から湧いたんだろう?」

 水泡と格闘しながら言葉を交わしていると、ディベルバイスからのヒッグス通信が入った。ユーゲントたちの声が一気に回線に流れてくるが、やがてアンジュ先輩が全員を宥めたようだった。

『二人とも、無事?』彼女の声には、押し殺された震えが隠れていた。

「何とか……でも、危ないところでした」

『ユニットに水が入ってくるわ。籠城戦はもう駄目、ディベルバイスを宙に浮かさないと、浸水で動かせなくなっちゃう』

「クラフトポートの外、村の中に水は?」

『それは大丈夫。発着場の出入口は、最初から閉じてあるから。……ごめんなさい、二人とも。水位が上がる前に船を出さなきゃ。ディベルバイスが脱出した後、クラフトポートの入口を閉めてくれる? このまま水が入り続けたら、発着場の壁が壊れるかもしれない。そしたら、今は喰い止められていても、ユニットの壊滅は時間の問題よ』

『アイ・コピーです。アンジュ先輩、私たちからもお願いがあります』

 カエラが、僕の代わりに答えた。僕は、彼女が何を言うのだろうか、と考えながらも口を挟む機会を見(いだ)せなかった。

『何かしら、カエラちゃん?』

『水と共に、強力な重力が働いています。今ニルバナは下側が水に浸かっているようですが、非常に危ないです。放置すれば、ユニットが下から圧壊してしまいます』

 そうだ、何故頭が回らないのだろう。僕は自分の鈍さに腹が立つ。

 アンジュ先輩が、『それで?』と、何とか戦慄を噛み殺したような声色で先を促すと、カエラは変わらず淡々と続けた。

『難しい事を言っているのは分かっていますが、誰かその方面に()けた人をユニット制御室に向かわせて下さい。そして、ユニットを輸送する際の核パルス推進装置を起動して、ニルバナを現在の軌道から上昇させるんです』

「………!?」

 思わず、水玉を切り裂く手が止まった。

「カエラ、それは大博打だよ? ニルバナは百五十年近く前に造られたユニットだ、輸送用の核燃料が残っているかも分からないし、装置が経年劣化で駄目になっている可能性もある」

『無茶苦茶だ、そんなの!』

 ジェイソン先輩の声が、ブリッジとの回線に入ってきた。

『連合がやった事だ、俺たち……私たちには、見捨てられたこのユニットをそこまでして守ってやる義理はない。むしろ、誰かを船から降ろして中に戻して、危険に晒すリスクの方が大きい』

『中には、まだダークたちが居るんですよ。彼らを見殺しにするんですか!』

 カエラが叫んだ時、微かに回線の奥でアンジュ先輩が『ダーク君……』と呟いたのが聞こえた。ジェイソン先輩はしどろもどろになる。

『いや……あいつらは、宇宙海賊で……』

『そんな事言っている場合じゃありません! 彼らの造っているケーゼが来ないと、私たちはホライゾンと戦いきれない!』

「カエラ!」

 僕は、つい操縦がおろそかになっている彼女の機体へ、眼下で荒れ狂う波頭が迫っているのを見て叫ぶ。可能な限りの速度で刀を納め、二号機の肩部を両手で掴みつつ跳躍。間一髪、数瞬前まで二号機のあった場所で水泡が()ぜた。

『……分かった。皆にアナウンスしてみる』

 アンジュ先輩は、意を決したように答えた。ウェーバー先輩の声が奥で『ディベルバイスを前進させます』と言っているのが聞こえる。

『ありがとうございます、先輩。……祐二君』

「は、はい」急に指名され、先輩たちへの言葉遣いが混ざる。

『私は、クラフトポートの入口を閉めに行く。祐二君はここで、ホライゾンが次の動きをしたら戦って。……ごめんね、任せる事になっちゃって。早めに戻って来られるように、頑張るから』

 カエラが言った直後、ホライゾンの方で重い音が響いた。反射的に見ると、格納庫が開いてスペルプリマーが姿を現そうとしている。

「ストリッツヴァグン……!」

 僕は、カタパルトに足を掛けようとしている敵を睨みながら、「分かった」と答えた。「カエラも気を付けて」

『ありがとう』

 カエラは短く言い、二号機をこちらの腕から離脱させ、方向転換した。眼下のストリッツヴァグンが、加速する二号機をターゲットに捉えたらしく両腕にエネルギーを集中させ始める。

「させるかっ!」

 僕は声に出して叫び、先程まで二号機を抱擁するように広げていた腕の形を維持したまま、側面から敵スペルプリマーに突撃を掛ける。カタパルトに固定されていた数本の脚部を捥ぎ取るようにしながら、ストリッツヴァグンは一号機と縺れ合ってデッキから落下した。

 発射された光線は二号機を大きく逸れ、遥か上空に消える。カエラは一瞬驚いたらしく、回線に鋭い呼吸音を放って機体を止めたが、すぐにまた飛行を再開する。二号機の姿が豆粒程になり、目視出来なくなると、タブレット画面に表示されていた(くだん)のメッセージが一つ消滅した。

 ストリッツヴァグンは今し方光線を放った腕を振り上げ、こちらの胴に叩き付けてくる。衝撃が横から僕の体側を襲ったが、僕は悲鳴を呑み込み、抜刀した。自機のすぐ近くで空間が震える感覚があり、敵が大きく後退する。だがその際、逆噴射で勢いを付けるかのように発射された光線が、一号機を正面から襲った。

(直撃したら一巻の終わり……掠って押されたら、水の中に落下して異常重力にやられる。だとしたら……!)

 僕は、フル回転する頭に意識を委ねる。接近してくる光線がスローモーションで見える中、左腕で重力バリアを発生させつつ横に滑り、刀を振るう。

 海面が激しく波立ち、大量の水泡が飛び散る。僕は出力を最大にした刀の一閃でそれらを切り払うと、ストリッツヴァグンを再び睨んだ。

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