『破天のディベルバイス』第7話 蒼き災い②
②フランツ・ナーソン
突如現れた怪物のような機動兵器が両腕にエネルギーをチャージし始めた時、渡海の半分裏返ったような声が回線から叩き付けられた。
『二人とも、逃げろ!』
「グルードマン!」
フランツは、すぐ傍で小型ヒッグスビブロメーターに跪き、スペルプリマーたちに状況報告をしている彼の名を呼んだ。グルードマンは謎の機体が現れてからビブロメーターに向き合いっ放しだったが、フランツの声にはっとしたように顔を上げ、機体がすぐそこまで来ている事を悟ったようだった。
機体が極太の赤黒い光線を放った瞬間、それに照らされた彼の顔が、ヘルメットの中ではっきりと照らし出され──掻き消えた。
「………!」
フランツは咄嗟にビブロメーターを抱擁するように掴み、外壁を蹴って跳躍。勢いを付けすぎたらしく、装置を抱えたままの体が見る見るうちにユニットから離れていった。
爆炎が上がり、ユニットの外壁が剝がれ飛ぶ。中から開閉弁として取り付けたジュラルミン板が露出して捻じ曲がり、金属質な光が閃く。そしてそれらの光の中から、決定的なものが目の前に浮遊してきた。
丸い雫となった血液を振り撒きながら回転する、宇宙服の袖に包まれた腕。そこから零れた紅の泡がフランツのバイザーに当たって弾け、べっとりと付着したのが、網膜にはっきりと映し出された。
『グルードマン! フランツ! 無事か!?』
「う……うわああああああああっ!!」
渡海の声で我に返った時、フランツは絶叫していた。恐ろしくて、目が開けられない。グルードマンを一瞬で粉々に葬り去った機体は、まだ自分のすぐ近くに居るのだろうか。
「止めてくれ! 止めてくれ渡海!」
無重力空間へと放り出され、絶え間なく回転しながらフランツは叫ぶ。縋り付くように抱え続けるヒッグスビブロメーターの奥で、渡海の微かな声と共にエンジン音が響いた。
不意に、体が壁に当たった感覚があった。ひっと声を上げると、すぐ近くから『大丈夫だ』という声が聞こえてきた。
『僕たちだよ』
恐る恐る目を開けると、グルードマンの血に塗れたバイザー越しにスペルプリマーたちがすぐ近くに居た。自分が乗っている場所は、一号機の掌の上だ。
「と……渡海……」自分の目から零れた涙が、ヘルメットの中で浮遊した。「コックピットに入れてくれ……ヘルメットを外したい」
* * *
「……そうか、グルードマンが……」
渡海は、フランツが話し終えると一言そう呟いた。ヒッグス通信の向こう側で、カエラも黙りこくっている。側面モニターに、あの怪物がニルバナから離れ、先程まで人工衛星の浮かんでいた方角へと飛んで行くのが映っていた。
ヘルメットに飛び散った血を懸命に拭っていたフランツは、手を止め、怪物の引き返していく先を見つめる。群青色の巨大な宇宙船が、ニルバナと向かい合うように浮かんでいた。
「あれは、ホライゾンっていうらしい。スペルプリマーの反応を見る限り、多分ディベルバイスと同等級……フリュム系列の船だ。何であんなものが接近してきたのかは分からないけど、それだけブリークス大佐が焦っているって事なのかもしれない」
「じゃあ、やっぱりさっきの機体は」フランツは息を呑む。
「ああ、ホライゾン固有のスペルプリマーだろうね」
『私たちが取り付けたジュラルミン板のお陰でユニットに穴は開かなかったけど』
カエラが、そこでやっと発言した。
『中立ユニットのニルバナに攻撃してきたって事は、やっぱり村人たちが?』
「そうだね。彼らが、ブリークス大佐を呼んだ可能性が高い。さすがにユニットを潰すような戦い方には躊躇いもあるんだろうけど、さっき容赦なく外壁を壊した事を考えれば、ね。遅かれ早かれ、あのホライゾンも動くよ」
渡海の言葉は、重々しかった。フランツはただでさえ猫背だと言われる背中を、更に小さく丸める。何故こんな事に、という、ここ約二ヶ月で繰り返してきた自問が、またもや口を突きそうになった。
『衛星を壊した事も気になる。私たちみたいに、ユニットへの行為の様子を村人たちに知らせない為だったとしたら……やっぱりあいつら、容赦するつもりはないんだと思う。私たちを全滅させてしまえば、ユニットが目茶苦茶になったとしても全部過激派の仕業だって言えるだろうし』
「じゃあ、あれはやっぱり俺たちを……」
ディベルバイスは、自分たちを救う砦だと思っていた。その認識が強かったからこそ、同じ能力を持つフリュム船が自分たちに牙を剝いている、という状況は恐ろしかった。
「勝てるのか、ディベルバイスで?」
「……勝つ為に、戦わなきゃいけないんだよ」
渡海は戦慄を噛み殺すように喉を震わせると、スペルプリマーの頭をクラフトポートに向け直した。