『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち⑨
⑦渡海祐二
見捨てられてからの生活は、遂に今日で二週間目が終わろうとしていた。六月三十日、水無月も最終日となり、梅雨のない国々では季節が夏へと本格的に向かい始める頃だが、天候調節機能を操作する人が居なくなったニルバナでは、暑くもなく寒くもない日々が続いていた。
二週間前、ユニットの外壁に出て周辺空域を哨戒したグルードマンとフランツは、戻って来るや否や青筋を立てて言った。
「おかしいと思ったらやっぱりあれだ、人工衛星がこっちまで接近している。俺たちがゲートを強行突破したら、それを中立ユニットへの攻撃だ、とか何とかテロップ付けて世間に流すつもりなんだろう」
「そんな衛星、壊しちゃえばいいじゃない」
カエラが、何でもないように言った。
「ユニット管轄の衛星って、記録は録りっ放しで時々住民がデータを見るのよね、監視カメラみたいに? で、データは一定期間ごとに自動で削除される。だから、村人たちが見て別媒体に保存する前に破壊しちゃえば、衛星を壊したのが私たちだって証拠もなくなる」
「でも、ゲート強行突破の映像を作らないようにしながら、どうやって衛星にスペルプリマーを接近させる? 換気口も、スペルプリマーの幅は通らないだろ」
グルードマンが言うと、カエラは「広げればいいじゃない」と簡単に答えた。
「空気が抜けないように大きな扉を取り付けて、そこを弁にしながら空のパネルを少しずつ剝がしていくの」
「相当な大工事だと思うけど……」
僕は、そこまでして慎重に脱出する必要があるのだろうか、と段々思ってきた。どうせ、敵は僕たちを過激派として認識しているのだ。村人たちにどんな宣伝をされたところで、僕たちの知った事ではない、と。
一同でユーゲントにこれを進言した時、テン先輩は即座に「やろう」と肯いた。ニルバナの工場が生きているから、というのが決定の理由だったが、僕はそこで自分の意見を口に出し、もう強行突破でいいのではないか、とも言った。だがそこで、カエラが「祐二君、駄目」と囁いてきた。
「また、感情に呑み込まれかけてる。スペルプリマーに取り込まれちゃ駄目」
僕の感情は僕のものだ、スペルプリマーに乗る前から僕の感情はあった、と反論したくなったが、しても無駄な気がしたので口を噤んだ。
而して、二日目から大工事が始まった。殆どの生徒たちは「馬鹿馬鹿しい」と言って始まる前から匙を投げてしまったので、僕も嫌になったが、スペルプリマーを操縦できるのが僕とカエラしか居ない為、半強制参加だった。
* * *
準備の為に最初に軍需工場へ向かった時、中からは既にシステムが作動している音が聞こえてきた。何事だ、と思って突入すると、既に先客が居て製造ラインを使用していた。
「お前たち……」
伊織が、またか、というような声を出した。
自警団用に作られていたと思われる戦闘機の外装をプレス機に掛けているのは、ダークギルドの面々だった。だが驚くべき事に、アンジュ先輩、ウェーバー先輩もその作業に立ち会っている。
「何やってるんだよ、お前たち?」
ヨルゲン先輩が、若干棘のある口調で彼らに声を掛けた。ウェーバー先輩が、じろりと視線をこちらに向けてくる。
「以前言っていた、軍事力の強化です。ネックの資材不足が思いがけない形で解消されましたので、これは千載一遇の機会と見ねばなりません」
「怒らないで、ヨルゲン」アンジュ先輩も言う。「私がダーク君たちから提案されてウェーバーに伝えたの。そしたら彼、すぐにやろうって言ってくれて」
「別に、怒っている訳じゃねえけどさ」
ヨルゲン先輩は、彼女に言われて毒気を抜かれたらしい。僕は、口を開いたのがアンジュ先輩で良かった、と思いながら、軍産をダークたちに一任してしまって良かったのだろうか、という懸念も抱いた。僕の中では大分、彼らを仲間だと思う意識が強まってきたが、まだ多くの生徒たちは警戒心を抱いていたり、良からぬ感情を抱えている。
「せめて、ユーゲント全員に話してくれれば良かったのによ」
「すみません。彼らとの軍事的な話し合いは私に委ねられているようでしたし、明日がどうなるか分からない状況下でしたので」
ウェーバー先輩はいつもと同じく、淡々とした口調で言った。
幸いその後は誰も言い返す事なく、僕は内心ほっと胸を撫で下ろしたのだが、この日の問題は直後、同じ場所で発生した。
先輩たち公認なら仕方がない、という事で僕たち壁面工事グループは彼らの邪魔をせず、開閉弁に使う為のジュラルミン板だけを取って退散しようとしたのだが、そのタイミングでサバイユが「おい」と尖った声を出した。
「何だよ?」
グルードマンが、もう一人の男子生徒と共に板を持ち上げながら応じる。
「それは、小型戦艦の壁に使うものなんだ。持って行くな」
「一枚くらいいいだろ、別に?」
「材料が結構必要なんだよ、UF系列の小型戦闘機を二十は積みたいからな」
「二十? 一体何日掛けるつもりなんだよ」
グルードマンは、呆れたと言わんばかりに首を振った。
「しかもそれを載せるなんて、ドラゴニアの何倍のSF系空母を作るつもりだ? そっちは村の連中も特別な設計図なんか残していないみたいだし、材料があればいいってものじゃないだろ。俺たちは職人じゃないんだぞ」
「んだと!? 何で最初から決めつけるんだよ」
サバイユがいきり立った時、ダークが進み出てきた。彼はサバイユの肩を軽く叩くと、グルードマンに近づいた。
「……確かに、技術力の不足は認める。俺たちには、ヒッグスビブロメーターを作るような実力はない。だからこそ、ディベルバイスから離れて活動する戦闘機を統括するには、従来の光通信を使用する船がもう一隻必要だ」
「そっちの方が簡単ですってか? ……あのさ、夢見るのもいいけど、まず現実を何とかしないか? 全部、安全にここを出られる保証が生まれてからだろ。優先順位を考えろ」
言いすぎだ、ダークを刺激してしまう、と言おうとした時、僕が言葉を発する前にダークがグルードマンの眉間に銃口を押し当てた。
「……それを置け。二回目を言うつもりはない」
「………」
グルードマンの手が、ジュラルミン板から外れた。彼の持っていた側がガシャン! という音を立てて工場の床に落下し、もう一方の端を担っていた男子生徒がよろめいた。
「畜生め、何て横暴な奴なんだ……」
誰かが、聞こえよがしにそう呟いた。それはさわざわと訓練生たちの間を伝播し、僕は、結局皆顔を合わせればこうなるのか、と徒労感を感じた。
いつもだったらその徒労感だけで終わるはずが、何故かその日の僕は無性に腹が立ってきた。何故皆、状況を現象としか受け止められないのだろう、自制出来ないのだろう、と愚かしく思った。何とかしてくれ、と舵取り組に言うだけで、いざとなったら従わないではないか、とも。
怒りを感じると共に、脳裏でカエラが「それはスペルプリマーの精神干渉よ」と言った。それがまた苛立たしかった。皆、怒ったり呆れたりする。では何故、僕だけがそれを抑圧せねばならないのだ。
「はいはい、分かったよ」
サバイユが、舌打ち混じりに吐き出した。
「いざとなったら祐二やカエラを戦わせりゃいいって言いたいんだろ」
「……っ!!」
その時僕の中で、張り詰めていたものが切れる音がした。
僕は唸りとも叫びともつかない声を上げ、サバイユに向かって飛び掛かった。
「祐二君!」
アンジュ先輩が叫び、逸早く気付いたダークが拳銃を下ろして僕とサバイユの間に割り込む。彼は拳を振るい、爪を振り上げたせいでがら空きとなった僕の胴を素早く打つ。消化液と思しき飛沫が口から散り、僕は仰反るようにして転倒する。
受け身を取る間もなく左腕から床に叩き付けられると、ダークは追い討ちを掛けるように襟首を掴んで引き立ててきた。だが僕は黙ってはおらず、鉤爪の如く曲げていた指先で相手の頰を薙いだ。スパッと切れたような、乾いた音を放ち、血の雫が宙に舞う。傷口が出来た途端、僕は剝き出した犬歯をそこに突き立てた。
「ぐっ……!」
ダークが苦悶の表情を浮かべた時、僕ははっと我に返った。
弾かれたように彼から跳び退きながら、今のが発作の最終段階なのか、と思い、心臓がバクバクと拍動していた。
口の中で、鉄の匂いの湧き立つダークの血が苦かった。