『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち⑧
⑥アンジュ・バロネス
「あなたたち、何を運び込んでいるの?」
変わらず人質としてダークギルドと行動を共にしているアンジュは、ディベルバイスの作業船格納庫に戻ってきた彼らに尋ねた。
彼らがウェーバーの割り振った分担を拒否し、工場区画に足を向け始めた時、理由は分からなかったがアンジュも同行しようとした。だがダークは、自分をトレイ、ケイトの姉妹に預け、作業船の格納庫でスタンバイしているようにと言った。皆が働いている時に自分だけ何もしない訳には行かない、と言うと、ダークは「これから働いて貰う」と返し、姉妹に拳銃を渡した。
「可能な限り使うな。出来れば俺も、その女を傷付けたくはない」
「アイ・コピー、任せといて!」
ケイトは戯けるようにアンジュの顳顬に銃口を当ててきたが、トレイが「危ない事はしないの」とそれを取り上げてしまった。村人たちに没収された拳銃が何故そこにあるのだ、とアンジュは尋ねたが、スタッフルームに無造作に放り出されていたのをダークが回収したらしい。抜け目のない男だ、と呆れ半分、感心半分の複雑な心境になった。
「肉体労働は男に任せとけってもんだ。まあ、ちょっと寛いでな」
サバイユの台詞と共に、ギルドの男たちは去って行った。そして二、三十分程が経過すると、次々と鉄板やジュラルミン板、ネジ、工具などを箱一杯に詰めて運び込んできた。
「ガンマを魔改造し、更に新たな戦闘機を組み立てる為の材料だ。工場のシステムも生きていたから、駐留期間中にディベルバイスの軍備を拡張する事も出来る」
ダークが言うと、サバイユが付け加えた。
「自衛用の武器まで自家製なんだぜ、ここ?」
「……本当に、あなたたちはディベルバイスを護星機士団の独立部隊にするつもりなの? そして、火星に対して宣戦布告するの?」
アンジュは、ウェーバーがダークをブリッジに呼び出した時の事を思い出した。丁度、ユニット二・一で宇宙連合軍全体が自分たちの敵となり、戦わねばならなくなったという事実が判明した直後だった。
アンジュも当然のように立ち会ったが、ダークは具体的なプランについて一切の感情を交えず、図らずもウェーバーと波長が合いそうな話し振りで語った。さすがに火星圏の革命について語る事はなかったが、アンジュも容喙しなかった。ダークは強硬的な意見を述べてはいるが、危険思想の持ち主だと仲間たちから思われる事は、アンジュには堪らなかった。
話を聴き終えたウェーバーは、「ある意味現実的ですが、全面的にそうとは言えませんね」と、少々含みのある言い方をした。
「あなたは、深い洞察で現在の事態を見据えていた訳です。我々は確かに、独立の必要性を突き付けられたと言えるでしょう。但し、現実的でない理由は、必要な物資の不足です。材料も、工場もありません」
思いがけない形で、ウェーバーの懸念は解消されてしまった。ダークたちにとってもこの事態は予想外だったようだが、ニルバナの放擲という局面で真っ先にチャンスを見て取った事から、アンジュは彼らの本気を改めて実感した。
「綾文千花菜が、火星圏への渡航を進言したそうだな」
ダークは言った。
「俺たちが第三勢力となる事は、このディベルバイスがあればそう難しくはない。更に、このユニットが見捨てられた事はある意味僥倖になり得る」
「どういう事?」
アンジュが尋ねると、ボーンが口を挟んだ。
「何事も偶然で片付けられない言葉はねえけど、それを運命って表現する方が救いになるって事だ。ピンチはチャンス、裏を返せば今、俺たちは自由じゃねえか。それに端から俺たちが過激派って思われてんなら、堂々過激に人質交渉をすればいい。宇宙連合軍とラトリア・ルミレース、俺たちを攻撃した方とは反対の勢力にディベルバイスを引き渡すってな」
「私たちがそんな事をしないって、両陣営とも分かっているわ」
「でも、俺たちを脅威として認識した手前、無視は出来ねえはずだ」
「どっちの勢力も、本気になれば私たちをあっという間に滅ぼしてしまえる」
「だから、交渉前にやるべき事があるんだよ。俺たちも軍事力を増産して、対等にやり合えるくらいにな」
ボーンに言われ、アンジュはぐっと黙り込む。暫し緘黙した後、辛うじて口から出たのは次のような台詞だった。
「軍事力の強化は受け入れられても、ユーゲントは何処かで連合の理解ある人々が、私たちを保護してくれる事を諦めていない。そんな開き直るような事は、船の総意として出来ないわ。このユニットだって、私たちの自由の国になる可能性は低い。それにこんな状況で、ディベルバイスを火星との戦争に使うなんて」
「……アンジュ・バロネス」
ダークが、徐ろにアンジュの名を呼んだ。彼に名前を呼ばれるのは初めてのような気がして、アンジュは咄嗟に顔が赤くなったように感じた。
「俺は、俺たち自身に救いは要らないと思っている。だがお前は、ユーゲントとしての自分が守るべき相手をあいつら訓練生だと思いながら、俺たちと切り離して考える事が出来ない。……俺たちは、いつまでもお前たちと行動を共にする訳には行かないと思っている。元々革命も、この船がなくてもやるつもりだった」
「そ、それで……?」
「俺たちの目的が気に入らないのであれば、仲間に訴えればいい。俺たちを追放すればいい。奴らが、俺たちダークギルドがお前を捕らえている故に手出しをしないというのみなら、お前を解放してもいい。お前は……この船が直面している戦いと向き合うには、優しすぎる」
ダークは言うと、屈み込んでアンジュの顎を片手で持ち上げた。至近距離で顔を覗き込まれ、目を逸らせない。髪と同じ、彼の漆黒の瞳に映る自分の顔は、まだ赤みが抜けていないようだった。
「ダーク、なかなかやるーっ」
ケイトが緊張感なく、自分の頰を両の掌で押さえ、茶化すように黄色い声を出した。他のメンバーたちは、ただ無言で視線を向けてくる。
「……私は、ここに残ります」
アンジュは、長い思考停止を経てそう宣言した。
「私は、ダーク君、あなたの人質だから」