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『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち⑦

 ⑤美咲恵留


 恵留や伊織、千花菜はラボニ先輩を中心に、街から遺体を探してきて埋葬するという作業を行っていた。病院や隔離施設での防腐処理にも限界があるし、死体からもオセスウイルスは排菌されるからだ。ただ、以前のように火葬場や焼却炉を使い、共同墓地に埋めるなどという事は時間が掛かりすぎる為、家畜の連れ去られた牧草地に土葬する事になった。

「嫌な仕事だよね」

 村人たちが居なくなったのに、まだこのような事をせねばならないのか、と、誰もが不満な顔をしていた。それに気付いてか、ラボニ先輩は自分から皆に向かってそう言った。

「でも、冷凍はいつか解けるし死体は腐敗する。街にはこれからも食糧集めに来なきゃいけないかもしれないし、今のうちに誰かがやらないとね」

「だけど、それって」

 万葉が、芝生を掘り起こしながら返した。

「今日明日のうちにニルバナを脱出出来ない事を、先輩方も見越しているからなんですよね? そうじゃなきゃ、補給の必要なんて」

 余計な事を言わなくていいのに、と恵留は思ったが、口には出さなかった。口に出してしまったら、皆が考えているそれを認めてしまうような気がしたからだ。

 ラボニ先輩は無言で彼女の方を数秒間見つめ、やがて溜め息を()いた。

「あたしたちも一生懸命やっているつもりなんだけどねえ……」

(一生懸命、やるだけじゃあ……)

 恵留は、伊織や他の男子生徒たちが回収してきた死体の山を見る。今まで焼却し、埋めてきたものよりは無論少ないが、まだ探せば増えるだろう。それが自分たちに酷い仕打ちをしていいという理由にはならないが、村人たちがピリピリと気を立てていた訳も分かるかも、と思った。

 もう一度この村で同規模の感染拡大が起こったら、確かにユニットの存続すら危うくなりかねない。それに大部分が高齢者であるここでは、オセスでの死亡率も非常に高い。

 自分たちを見捨てた事については許せないが、村人たちが居なくなって良かったのかもしれないな、と思いつつ、恵留は千花菜に目配せした。二人で、いちばん上に重ねられている老婆の死体を担ぎ、掘り終わった穴に横たえる。縦の長さが足りない事に気付き、拡張すべくスコップで再度掘り始めた時だった。

「やめてくれ……」

 道の方から、(しゃが)れた声が響いてきた。作業に取り掛かっていた者たちは驚き、示し合わせたように顔をそちらに向ける。

「やめてくれよ……おふくろを、そんな所に埋めないでくれ……」

「あ、あんたは」

 柵を越え、覚束ない足取りでこちらに歩いて来るガウン姿の男の姿を見た途端、伊織が声を上げた。恵留は一瞬、それが誰なのか思い出せなかったが、少々悩んだ後にぴんと来た。

 作業の際、何度か顔を合わせた事がある中年の監督役だ。気付くと同時に混乱しかけた。村人たちは、全員退去したはずではなかったのか。

「酷いじゃねえか、そんなの……何も、こんな道端に埋めなくたってよ」

 今までは他の村人たちと同様居丈高に命令してばかりいる印象だったが、この時の彼の様子はあまりにも弱々しく、みすぼらしくさえ見えた。彼は生徒たちを押し退()けるようにして近づいてくると、埋められかけた遺体の傍に屈み込み、その手を取ってさめざめと涙を流し始めた。

「あの、あなた……」ラボニ先輩が、戸惑ったように言う。「そんな事をすると、オセスに感染しますよ」

「知ったこっちゃあねえよ。俺はとっくに、感染してんだ!」

 声を荒げた男の台詞に、思わず皆が弾かれたように身を引いた。

 恵留は無意識のうちに、マスクの上から更に自分の手を当てていた。それも死者に触れた(てのひら)ではなく、手の甲を。そうしている自分に気付いた時、今までの村人たちの態度がフラッシュバックし、はっとして手を離した。

 ラボニ先輩が、おずおずと男に声を掛け直した。

「あなた……逃げなかったんですか? ニルバナは捨てられたんですよ」

「……そうだろうと思った」

 男は、吐き捨てるように答えた。

「おふくろが死んで、火葬待ちだったんだ。そしてお前らの中から感染者が出た時、俺も体が怠くなって検査したら陽性だった。早く結果が出たのは、まあ不幸中の幸いだったと思っていたのさ。けど、今思えばあれは悪い事だった。独り身をいい事に家に閉じ込められて、高熱の見せる悪夢に(うな)されている間に他の連中ときたらとんずらしやがった。……俺を置き去りにしてよ」

「小康状態が裏目に出たって訳か」伊織が唇を噛む。「他の人間が居ない事を考えると、近頃の新規感染者はあんただけだな。だから、俺たちから感染(うつ)ったものと考えられたんだろう」

「その通りだ、この下郎どもが!」

 男は叫び、痰が詰まりでもしたのか酷く噎せ返った。息が苦しいのか、あろう事かマスクを下げ、飛沫(しぶき)を容赦なく撒き散らす。エアロゾル感染、という言葉が頭に浮かび、恵留は再びマスクに手の甲を当てた。

「お前らのせいで感染症がぶり返したんだ! 言ったはずだぞ、ユニットの平穏を崩すような事があれば殺してやると!」

「……誰のせいで、そうなったと思っているんですか」

 万葉の目の色は、憐れみが圧され、軽蔑の色ほぼ一色になった。

「死人にべたべた触る、誰もやりたくない仕事をあたしたちに押し付けたのは何故ですか? オセスに感染する恐れがあったからでしょ? あたしたちだったら、余所者だから、感染してもいいって考えたんでしょ? そしていざ感染して自分に回ってきたら、あたしたちのせい? 何よそれ、勝手すぎない?」

「万葉ちゃん」ラボニ先輩が窘めたが、それが引き金になったように他の訓練生たちも声を上げ始めた。

「何被害者ぶってんだよ、じじい!」

 ショーンが、甲高(かんだか)い声で怒鳴りつけた。

「置き去りにされたのはあんただけじゃねえや! 俺たちがここに居るのが目に入らねえのかよ! あんただって病人じゃねえか、検査して陰性だった俺たちを害虫呼ばわりすんなら、あんたは俺たちよりよりずっとそうじゃねえか! 寝てろ! 病人がうろちょろ歩き回んな!」

「このガキ……!」

 男が拳を振り上げかけた時、千花菜が後ろから彼を羽交い締めにした。

「私たちが、あなたに復讐するとでも思っているんですか? 病人は大人しくしていて下さい。それが分かったなら、私たちもあなたを看病します、ウイルスをばら撒かれると困るから」

「千花菜ちゃん……?」

 恵留は、友達の顔を上目遣いに覗き込む。彼女は表情を和らげ、「大丈夫」と唇の動きでこちらに伝えると、再び男を睨んだ。

「私たちは、あなたを見殺しにしたりしません。……あなた方村人と違ってね。だから、もう言いがかり付けて騒ぐのはやめて下さいっ」

「そうだそうだ。黙ってろ、病人はよ」

 ショーンが便乗すると、千花菜は彼の方にも鋭い視線を向けた。

「ショーン、あんたもよ。せっかく丸く収まりそうなのに、余計な事言わないの」

「何でだよっ!」

「ラボニ先輩」

 千花菜は、尚も喚くショーンを無視して先輩の方を向く。

「余っている部屋に、この人を連れて行きましょう。いいですよね?」

「えっ? そりゃ……まあ」

 歯切れの悪いラボニ先輩を見ながら恵留は、先輩自身もはっきりと感染が明らかになっている村人を保護する事に躊躇いがあるのかな、と考えた。だが先程、千花菜がはっきりと村人たちの非道さと自分たちを区別するような事を言ったので、それを否定する訳にも行かないのだろう。

 恵留自身は、誰を責める気にもなれなかった。ただ、男を保護する事に消極的な気持ちの自分が居る事が、自分たちに対する村人のそれと同じだと思うと、無性に苛立たしかった。

「……行き当たりばったりでいいじゃない。今までだって、そうだったんだから」

 擦れ違いざま、千花菜が小さくそう呟いた。

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