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『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち⑥

 ④渡海祐二


 ユーゲントが皆に事情を説明している間に、僕と伊織、千花菜、カエラは恵留を含め、ほぼいつもの行動班でもう一度クラフトポートへ向かった。皆、手には街を回って集めた検査キットを詰め込んだ袋を提げている。これらは無断で店舗などから持ち出したものだったが、ニルバナが見捨てられている以上、どうにでもなれという気持ちだった。

 朝が来た事、重力の発生が途絶えていない事などから、ユニットのシステムはやはり保たれたままのようだった。昨夜目の前で封鎖された連絡通路まで行くと、僕たちは壁に作られた操作系のシステムを弄り──システムの扉には鍵が掛かっていたが、カエラが港内から工具を探してきてこじ開けた──、シャッターを上げた。

 発着場では、スペースの(ほとん)どを占有しているディベルバイス以外、全ての船がなくなっていた。到着した時の整然とした雰囲気もなくゴミなどが散乱しており、ニルバナのゴーストタウン化はここから始まるのではないか、と思われた。

 僕たちは一旦ディベルバイスの中に入り、宇宙服に着替えてから再度集合した。それから宇宙に出る為のゲートを開けようとしたが、そこで次の裏切りが発生した。

「嘘……だろう?」

 ゲートを開放する為のパネルを操作していた伊織が、唖然とした声で呟いた。僕たちが覗き込むと、電源が点いたところまでは良かったが、その後彼がロックを解除しようとして何処かのボタンを押したタイミングで、次のメッセージが表示されたところだった。


『この操作を行う為には、管理者の権限が必要です。 Galahad Barrister』


 それだけが表示され、IDやパスワードを求めるようなダイアログボックスすらも出現しない。

「管理者権限……? 嘘、バリスタは空港スタッフのまとめ役みたいだけど、ここの開閉係じゃないでしょう?」千花菜が、そう言った。

「昨日のうちに、連中が何かやったんだな。スタッフルームに行こう、港のシステムを強制初期化(イニシャライズ)して、俺たちでもこれを動かせるようにするんだ」

 (いち)早く伊織が状況を判断し、親指で帰り道を指し示した。


          *   *   *


「畜生、駄目じゃないか……」

 スタッフルームから制御室に入り込み、数分で僕たちは挫折した。

 村人たちは、クラフトポートのシステム制御系コンピューターをも全て持ち去ったようだった。自動ドアや連絡通路のシャッター開閉など、その場に備え付けられたものを除き、照明や手荷物検査場などの機能は全て停止されている。

 逆に言えば、ユニットの出入口であるクラフトポートを除き、内部のシステムは全て生きているという事だった。換気設備も酸素タービンも、上下水の循環設備などもそのままで、出口のみが封鎖されたという事だ。このような状況を表白し得る言葉は僕たちにとって、一つしかなかった。

「飼育放棄……だね」

 恵留が、弱々しく呟いた。

「勝手に生きて、勝手に死ねって事か」

 伊織は、コンピューターの取り除かれた痕跡の残る壁を拳で殴り付けた。

「何なんだよ、ここは! 俺たちが一体何をした?」

「伊織……それは僕たちが危険人物だからだって、昨日君自身が言ったじゃないか」

 僕はぼんやりと言ったが、言いながらふと違和感を感じた。

「待てよ、じゃあ何で村人たちは、僕たちを生かさず殺さずでユニットに閉じ込めるような事をしたんだ……?」

 思わず独りごつ。

 そうだ、村人たちが恐れていたのは、僕たちが感染症を撒き散らす事だ。ならば、何故僕たちを追放せず、自分たちの方で出て行くような事をしたのだろう。確かに僕たちの中から死者は出た。だが、まだ感染が本格的にぶり返した訳ではない。ある意味自由で、ある意味封建的な半独立ユニットに住む彼らにとって、ここにある財産はそう易々と手放せるようなものではないはず。僕たちを厄介払いする為だけにその全てを捨てるのは、あまりにもコストパフォーマンスが悪い。

 彼らは僕たちの宿舎である団地にバリケードを設置し、閉じ込めた。食糧の供給も途絶させた。それだけでも、言い方は悪いかもしれないが僕たちを自然に全滅させるには十分だったはずだ。

 ……全く、彼らの思惑が想像出来ない。ただ、これ以上ここに居てはいけないという判断だけは変わらなかった。

「諦めるのは、まだ早いでしょ」

 カエラが、靉靆(あいたい)とした空気を打破するように声のトーンを上げた。

「私たちにはスペルプリマーがある。あれの武器を使えば、クラフトポートの入口も壊せるはずよ。もしそれが無理だったとしても、ユニットの壁に穴を開ける事だって出来る。換気口からだって少人数は外に出られるし、もしかしたら外からゲートを開く事が出来るかもしれない。色々試せる事はあるんだから、地道にやっていかないとね」

「……カエラの言う通りね」

 千花菜も、幾分か恐慌が影を潜めた声の調子に戻る。

「まずは、ちゃんとユーゲントに報告しよう。話はそれからよ」


          *   *   *


 念の為、スペルプリマーやディベルバイスの設備に手の加えられた様子がないかを確認してから、僕たちは団地に戻った。夜逃げ同然に脱出していった村人たちにやはりそのような暇はなかったようで、僕たちの頼みの綱であるフリュム船に悪意の込もった仕掛けは施されていなかった。

 団地の入口では仲間たちが揃って僕たちの帰りを待っていたが、生徒たちの顔に浮かんでいたのはほぼ絶望と恐怖だった。彼らが騒ぎ出さないのも、ひとえにユーゲントの気配りのお陰だったのだろう、先輩たちの顔は絶望というより、憔悴の色の方が濃く映し出されていた。

 僕たちが無言で首を振ると、皆の顔は更に暗くなった。

「……逆に気になるな、それは」

 一部始終を報告すると、ヨルゲン先輩が唸り声を上げた。

「それというのは?」

「村人たちがスペルプリマーの性能を目の当たりにしていない事を措いても、そんなに簡単に強行突破でゲートが開けられるようなものなら、そもそも封鎖なんかしないんじゃないか?」

「でも、ゲートを補強するような時間はなかったと思いますよ。そんな暇があったらむしろ、スペルプリマーを壊していたのではないでしょうか?」

 千花菜が反論すると、先輩は「そうじゃない」と首を振った。

「クラフトポートの制御系コンピューターは、全て持ち出されていたんだよな? だとしたら、脱出した後で外から罠が仕掛けられた可能性もあるだろう」

「考えすぎじゃないか?」「気になるわね」

 ジェイソン先輩とアンジュ先輩が、ほぼ同時に言った。

「アンジュ、そうは言ってもユニット内からでは、外の事など確かめようがないじゃないか」前者の先輩が、後者に言葉を掛ける。だがアンジュ先輩は、静かに(かぶり)を振った。

「カエラちゃん。あなた言ったわよね、少人数であれば換気口から外壁に出られるって? それなら、外の様子も確かめられるんじゃない?」


          *   *   *


 再三の集団検査が終わり、暫定的に全員が陰性という結果が出てから僕たちが行った事は、このような状況下でも、相手が僕たちを迫害した村人たちであっても、些か良心の咎めを無視しきれないような蛮行だった。

 僕たちは最寄りのコンビニへ押し入り、食糧を無断で持ち出す事にした。その前に念の為、村人たちが何らかの手段で僕たちを監視している事を考え、発見した防犯カメラは死角から手当たり次第に破壊した。このような作業を行っている事自体が責められるべき事柄のようだったし、そもそもこのユニットには僕たちしか居ないのだから犯人は自明というものだが、こればかりは気分の問題だ。訓練生たちも、もうどうにでもなれという気持ちを少なからず抱えていたし、鬱屈した感情が蓄積されていた為、その凶暴な衝動を思い切り吐き出していた。

 だが彼らもさすがに、村の食糧を奪う事を嬉々として行う気にはなれないようだった。弁当や惣菜のパックを箱詰めし、台車で運び出しながら、僕たちは機能を停止した監視カメラの前を通る時自然と背中を丸めていた。

 久々に賞味期限の切れていない食糧を、(ほとん)ど味わう事もなく平らげた僕たちは、すぐに次の仕事に取り掛かった。村に残された食糧や物資を探し、ディベルバイスに積む係、ユニットのシステムについて何が使えるのか、使えないのかを改めて正確に確認する係、街に放置された遺体の残りを探して埋葬する係、半月の間起動されなかったディベルバイスのメンテナンスをする係などに生徒たちは分担され、各持ち場へと動き出した。

 僕とカエラは例によってスペルプリマーを起動し、今度はニルバナ内部へ出てきてグルードマンとフランツを各機に同乗させた。換気口に近づく為、僕たちがスペルプリマーを操縦して彼らを運び、僕たちが滞空している間に彼らが外に出て周辺の空域を調べるのだ。

 一号機に同乗させた時、それまで皆と同じようにずっと沈んだ面持ちだったグルードマンが、ようやく表情を明るくした。

「渡海、よくこんな凄いロボットを動かせるな。速さが戦闘機以上じゃないか」

 この速さでコントロールは大丈夫なのか、とそこだけは若干不安そうに聞かれたので、僕は「いや」と言った。

「実はそこまで難しくないんだ。何だろう、これも慣れみたいなものなのかな?」

「操縦系も俺にはさっぱり分かんねえや。これは何だ?」

 グルードマンが指差したのは、座席の下のタブレット画面に表示された『BOGIが感覚共有(シェアリング)を求めています』というメッセージだった。この間ユニット二・一でカエラが二号機を動かした時から、僕たちのスペルプリマーを近くで同時に起動するとこのメッセージがずっと表示される。

「ボギっていうのが二号機の名前なんだろうけど、このメッセージが何を言っているのか分からないんだ。ダイアログボックスも出ないし……ねえ、カエラ」

 僕はヒッグス通信でカエラに話し掛ける。

『何?』

「カエラの方のタブレットに、『SVERDが感覚共有を求めています』って表示されてない?」

『出てるよ。でも、どうしたらいいのか分かんなくて。いつも視界が青い光でチカチカして、正直うざったいなって思ってるんだけど』

 これについても近いうちに調べておかねばならないだろうか、などと考えているうちに、壁まで到着した。青い空の映し出されている中に突然金属の格子が見え、モーターの回転音が聞こえてくるこの設備はどうにかならないのだろうか、と常々思うのだが、地上からでは小さすぎて見えないし、音も風の音に掻き消されて聞こえないのでそこまで問題はないのかもしれない。

 格子とプロペラを取り外すと、僕はコックピットを開けた。

「回転軸はそのままだ。巻き込まれないように、慎重に潜るんだよ」

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