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『破天のディベルバイス』第1話 地球が終わる日⑤

 ③ピエール・フランシスコ・サウロ


「何、レグルス隊が制圧された? 月面軍はどうなっている?」

『主力は壊滅しました。目下、ラトリア・ルミレースのバーデがビードルの方へ向かっています』

 地球圏防衛庁長官サウロは、回線越しに聴く現地の護星機士の声に、全身の皮膚が引き攣る程粟立つのを感じた。努めて報告口調の機士の声は隠しきれない震えを帯びており、それが鼓膜の震えと不快に共鳴する。

「ガイス・グラはまだ到着しないのか? ブリークスは一体何を……」

『一時間程前に連絡がありました。ボストーク方面、月・地球間往還軌道より西の空域にジウスド級戦艦多数、突破に時間が掛かるとの事です。ボストークから、更に増援は望めないでしょうか?』

 そうしたいのはサウロも山々だったが、そうなるとここの守りが手薄になってしまう。既に出せる戦力は全て投入していた。

 戦艦が多数、月軌道を越えて地球に接近中。

 あまりに急な報告だった。昨日までは、過激派が月軌道に入り月面軍が出撃した、という程度の事態だったのだ。今までよりも緊張が高まる事態ではあっても、ボストークに待機している本隊が出撃すればたちまち敵は粉砕されるはずだった。

 宇宙連合軍とラトリア・ルミレースの圧倒的な戦力差。それは、星導師オーズも十分すぎる程認識している。故に、十字軍(クルセイド)を率いるテロリストの司令官セントーにも無茶な命令は出されておらず、このように戦力の集中する界隈に戦力を一気に投入するという事は今まで行われてこなかった。

 ラトリア・ルミレースが突如、戦略を変えたのだろうか。その強攻策への転化が自分たちを追い詰めているのは、ひとえに連合軍の油断だったのか。

「この情報、各ユニットとリバブルエリアに流しましょうか? 場合によっては、疎開が必要となるユニットも増えると思われますが……」

 少年のようなあどけなさを色濃く残す秘書官ヨアン・スミスが、自分のHME──ホログラムメッセージエクスチェンジャー、電話兼メール機能を有するサブ携帯電話のようなもの──を取り出しながら尋ねてくる。

 サウロは、受話器の口を手で押さえながら首を振った。

「やめておけ。今、各ユニットの民間人が宇宙に出るのは危険だ。パニックはまだ防ぎようがある」

「しかし……」

 ヨアンはこちらに近づいてきて、サウロの耳元で囁いた。

「少なくともユーゲントには、知らせておく必要があるのでは?」

「………」

 サウロは唇を噛む。

 そうだ。彼らに託した巨大宇宙船。あの存在が(おおやけ)になるとマズい。

「……通信状況はどうだ?」

 サウロは、再び受話器を顔に当て直した。

『は? 一体何故……』

「月面軍が制圧されたのなら、お前たちは今オルドリンには居ないはずだ。他の部隊と連絡は取れているか?」

『一応、ブリークス大佐らの部隊と、長官とは。ですが、幾分かのタイムラグがあるようです。戦域に薄くジャミングが掛かっているのかもしれません』

 となると、通信傍受はないか。サウロは考えた末、言った。

「ハンニバルを出す」

「長官! それは……」ヨアンが口を挟む。

「過激派の狙いは私だ。私が出る以上、ここを守る戦力は少なくて良い。ハンニバルにはガイス・グラの救援に向かって貰う。二隻とも月面に着くように計らおう」

『アイ・コピー。お待ちしております』

 機士が言うのを聞き、サウロは通話を終えた。すぐに席を立ち、困惑と、幾らかの猜疑の混じった表情を浮かべるヨアンに言った。

「ロケットを使い、地球の裏側を通って戦域を大きく迂回し、ビードルへ行く。私が直接だ。そして、ユーゲントに通信する」

「な、何と……?」

「命令は撤回する。出発時刻を鑑みるに、まだ彼らはリバブルエリアに入ってはいないだろう。過激派に目撃される恐れがある以上、一旦輸送を中止し、対象物をビードル内に隠す」


          *   *   *


 ハンニバルの発艦を見届けると、サウロはロケットに乗り込んだ。

 ヨアンは、あれ以上止めてはこなかった。仕方ない、それしか方法がないと分かっていたのだろう。

『五、四、三……イグニッション、一……リフトオフ』

 体にGが掛かり、全身が持ち上げられる。微かな振動に身を委ねながら、サウロは考えていた。

 フリュム計画と五隻の船……あれは、その中でも極めて完成形に近いものだ。ややもすると、既に人類のある悲願は達成し得る力を持っているのかもしれない。だが、それだけではいけない。将来、同じ悲劇が繰り返されるようであっては、歴史の意味がない。

 ヴィペラ・クライメートから百年の節目となるこの折に、やっと掴みかけた人類の希望を水泡に帰しめてはならない。


          *   *   *


 ビードルに到着すると、サウロはすぐにステーション内へと駆け込んだ。

 疾駆する体の脇を通過していく窓の外に、機体が爆散する光が絶え間なく点滅している。ラトリア・ルミレース、にわかには信じられなかったが相当な規模だ。彼らが持久戦をやめたのに、何か理由はあるのか。

 考えている暇はない。あの分では、彼らがここに到達する時までブリークスたちは間に合わない。自分が急がねば。

 頭を回してはいけない時に限って、思考は濃縮される。

 サウロは、戦局が早くも伝わっているのか、不自然な程に無人のステーションを駆け抜け、素体宇宙船の管制室を目指した。そこに、輸送船と連絡の出来る機器が置かれている。

 だが、走りながら管制室の突き当りにある角を曲がった時、突然正面から破裂音が響いた。

 数瞬遅れ、腹に蹴り込まれたような鈍い衝撃と、体内で液体が拡散するような熱さが襲ってきた。呻き声と共に、サウロは床に倒れ込む。

「誰……だ……?」

 侵入していた敵か? これ程早くに?

 激痛に意識を侵食される中、頭を微かに上げると、そこに信じられない人物が立っていた。宇宙服を着込んだ雪だるまのような姿。ヘルメットは外され、特徴的な五分刈りの頭と無精髭が見える。

「ブリークス……何故……?」

 立っていたのは、宇宙連合軍大佐ブリークスだった。

 サウロは混乱する頭で、何が起きているのかを整理しようとする。ガイス・グラは月面に向かったのではなかったのか。その途中で、ラトリア・ルミレースの艦隊と交戦する事になり、足止めを喰らっていたのでは。

(……まさか)

 サウロは、信じられないという思いでブリークスを見上げた。

「ジウスド級戦艦接近の情報は、嘘か……!?」

「……サウロ長官。臨機応変の”機”を長い目で見られなかった、或いは見すぎた事がいけなかったのですよ」

 彼はそう言い、駆け去って行った。

 サウロは焦燥で飽和し、激痛に上書きされていく思考を放棄し、ただ手足の筋肉を動かす事に集中した。何が起こったのか、否、現在進行形で何が起こっているのか、理解する事は出来なかった。ただ今は、一刻も早くユーゲントに出した輸送命令を取り消さねば。

 蝸牛(かたつむり)のような速度で、絶え間なく流れ出す血液で半ば滑るようにしながら、管制室へと這い寄っていく。だが、滑るごとに体から力が抜け、視界が霞んだ。

 永遠とも思える十数分の後、扉に指先が掛かった。

 自動扉が開いた瞬間その指が上がらなくなり、暗い場所へと落下していく意識の中で、開いたばかりの扉が再び閉まっていくのが(かろ)うじて見えた。

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