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『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち③


          *   *   *



 火葬には、ユーゲントとダークギルド、更には数人の有志のみが立ち会う事となった。舵取り組の僕とカエラも誘われたが、僕は繰り返し述べてきた通り損壊した死体を見る事にトラウマがあるので、拒んで団地に残る事にした。

 やり場のない感情の渦を抑えるべく、伊織や千花菜たちと話す事もせず僕は自室に引き返した。”実験相手”のカエラが、人目を忍ぶようにして一緒に部屋まで着いて来た。

「……残念だったね、キム君の事」

 彼女は、ベッドに座るや否や真っ先にそう言った。

「残念?」

「ええ。私たち、犠牲者を出さないようにってずっと戦ってきたのに、とうとう一人が死んじゃった。こういうのって、慣れるから危ないよ。これから先、どんどん誰かが死んでいった時、何も感じなくなる。戦いで護星機士を殺しても、何も思わなくなっていったみたいに」

「……嫌な事、言うんだね」

 僕は、少々目つきを鋭くして彼女を睨んだ。

「僕が、敵を殺す時に何も思っていないとでも言いたいの?」

「それは悪い事じゃないよ。私が言っているのは、仲間が死んだ時の話」

「もうよしてくれ。これ以上気が滅入る事が起こるなんて、考えたくもない」

 僕が言うと、カエラはぴくりと眉を動かした。

「祐二君、むきになっているの?」

「えっ?」何の事だよ、と言おうとした。だが、顔を上げようとした時僕は頭上に抵抗を感じ、思わず続くはずの言葉を途切れさせた。

 最初は、体がどうかしたのかと思った。しかしすぐに、僕を押さえ付けたものは僕自身の内的要因、あの逃避願望だと気付いた。……カエラの言う通りなのだ。僕は、むきになっている。そしてその理由にも、気付いてしまっている。

「さっきも出たよね、発作? 祐二君、ちょっと色んな事を感じやすくなっているみたいだよ。それなのにまだ、自分が冷めていると思っているの?」

 ──僕は先程、「これ以上気が滅入る事が起こるなんて、考えたくもない」と言った。家族が死んだ時ですら徒労感しか感じなかった僕が、だ。確かに感情が、外的刺激による反応が鋭敏化されている。同時に、発作が発生しかけた。

「私、何となく分かった気がする。祐二君は、自分がスペルプリマーに乗って戦う事に対して(つら)さを覚えた時、発作が起こる。さっきは、自分を犠牲にするつもりでスペルプリマーに乗って戦ってきたのに、犠牲者が出る事を止められなかったからそれが起こった」

「本当に、そうかな? それなら、ずっと……」

「プラスアルファ」カエラは、指を一本立てた。「村人たちに対して、怒りが湧いたでしょ? それ以前は、ショーン君と話していた時、千花菜のお父さんを殺してしまった時。多分前者の時は、この”実験”を始めて間もない頃だったし、いつ自分が仲間に対して危害を加えようとするか怖かったんでしょ。そんな自分の事を、何も知らない仲間たちにも複雑な気持ちになった。多分、祐二君にとってはスペルプリマーに関する恐怖心自体が、いちばん大きな感情の変動なの。そこに別の強い情動が加わると、それが引き金になる」

「……ちょっと、こじつけすぎじゃないかな?」

「祐二君は、最初から精神が比較的不安定なのよ」

 カエラは、何でもない事のようにそう言った。だから、僕も咄嗟に何かを言い返すような気持ちにはならなかった。

「それが、スペルプリマーの精神干渉でより多感になって、今は処理しきれていない状態。脳の処理速度が上がっても、感情は頭で考えてどうこう出来るものじゃないしね、考えると不思議な事だけど。考えてみてよ、私より祐二君の方が、発作の回数が明らかに多いでしょ? 祐二君の方が先に登録した事を抜きにしても。

 ……私さっき、仲間が死ぬ事に慣れると危ないって言った。でも、それが危ないのって、麻薬みたいなものだからだと思うの。麻酔が掛かって、鎮痛作用が働く。その代わり、自己防衛の為の信号である痛みがなくなるから、傷付いて危ない状態になっても分からなくなる。だから私、祐二君は不安定で、多感なままでいいと思う。感情をなくしてしまったら、それは祐二君じゃないもの。でも、慣れっていう麻酔なしでの手術は痛くて、耐えられない。

 だとしたらね、感情を『なくす』以外の手段で処理出来る捌け口が必要」

 以前から思っているが、カエラの言う事は、僕にとってはかなり難解だ。気が滅入っているのは事実なので、僕は「もう放っておいてくれ」と言おうとした。これ以上は僕もキャパオーバーだ。

 が、その時カエラは突然動いた。ベッドから腰を上げ、床に座っている僕の後ろまで来ると、腕を回して後頭部を自分の胸に押し当てた。

「ぶつけて、私に。(つら)い事、悲しい事、腹が立つ事、痛い事、そういう強い感情が起こったら、私に言って。私が祐二君のそういう感情、全部受け止める。受け止めて、慰めてあげる。だから祐二君も、私が同じような事になったら、そうして」

「そ、それって……」

 僕は、妖しい本能がぞくぞくと疼くのを抑えられなかった。駄目だ、と自分に言い聞かせながら、耳朶をくすぐる吐息交じりのカエラの声から集中力を引き離そうと試みた。

「実験も、そろそろ先に進まなきゃ。お互いに対して発作が起こった時、何処まで行くのか。課題だったでしょ。それに私……」

 カエラは、小悪魔的な声で小さく笑った。

「祐二君に一回、されてみたい。それで祐二君が私を好きになってくれるのか、確かめてみたい」

「カエラ……」

 僕は、自我を自我で跳ね返した。

「……君、ちょっと下品だよ。仲間の一人が死んで間もないっていうのに、不謹慎だとは思わないの?」

 数秒間、耳に絡み付いていた彼女の呼吸が止まった。空気の塊を飲み下す音が聞こえ、(うなじ)に当たっていた感触が前後に揺れる。やがて、僕の首に回していた手が解かれた。

「……そっか。でも、私たちが精神干渉に対して何もせずに耐えていられるのも、あとどれくらいなんだろうね」

 カエラのその言葉は、冗談めかしているとも、真摯なものとも取れないような声で紡ぎ出された。

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