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『破天のディベルバイス』第6話 見棄てられた者たち①

 ①木佐貫啓嗣


「ガイス・グラ、間もなく出航します」

 宇宙連合総本部ボストーク、クラフトポート。

 コントロールタワー、通称「灯台」から管制官の声が響き渡る中、木佐貫は「待って下さい」と懸命に叫びながら、乗船準備を整えているブリークス大佐らに駆け寄った。側近の一人と共に、今まさにガイス・グラに向かって歩き出そうとしていた大佐は、不機嫌そうな顔でこちらを振り返った。

「何のご用件ですかな、木佐貫議員? 戦時下の宇宙連合軍では、時間は厳守するようにと命令されているのですが」

 木佐貫は広いボストーク内を、バーに頼るのももどかしく駆けて来た為、肩で息をしながら口を開いた。運動不足の自分は、もしこれが重力下だったら息切れして喋る事すら出来なくなっていただろう。

「いえ、その……」

 側近の目を気にし、耳を貸すよう大佐にジェスチャーを送る。

「土星圏開発チームのザキ代表に、『水獄』を動かすようにあなたから命じられたというのは本当ですか?」

「確認ですか? それなら、フリュム計画に報告した通りです。出航まで時間がありませんので、用件がそれだけでしたら、では」

 ブリークス大佐は、さも何でもないように言う。

「お待ち下さい。という事は、ユーゲントのとある者に、『水獄』のスペルプリマーを託したというのも……」

「あの船のスペルプリマーは、ストリッツヴァグン一機のみ。事が済んだ後口を封じるにしても、損害も事後処理もそれ程大事(おおごと)にならずに済みます。スペルプリマーの操縦は、戦闘機やその他の機動兵器を動かすのとは訳が違う。あの若き准尉がいざとなって戸惑わないようにする為にも、ザキ殿の口から事情を説明するのは当然の事。急を要するこの状況で、作り話など拵えている余裕はなかった」

「口を封じる?」

「報告書の帳尻など、後からであれば幾らでも合わせられます」

 そのような事を聞いているのではない、と木佐貫はもどかしく思った。

 ディベルバイスの子供たちを始末するのは、シャドミコフ議長も黙認している事なので仕方がない。安保理の一議員に過ぎない自分は、目を瞑るしかない。だが、ディベルバイスの船員の中にはユーゲントも含まれているのだ。SBEC因子の第一回接種──この時に移植される因子を特に「プロトSBEC因子」という──を受けている人間が、現在の宇宙連合軍内でユーゲントだけである以上、ブリークスのしようとしている事は残虐極まりない行為だ。

 簡単に言えば、若き軍人に何も知らせずに仲間を殺させ、その後捨て駒として本人をも抹殺しようという話なのだから。

「ユーゲントは」木佐貫は、言葉を選びながら言った。「宇宙連合軍の中でも特殊な者たちです。サウロ長官の直接指揮下に入っていた以上、長官の亡き後も大佐が独断で動かし、挙句使い捨てにしようなどとは……軍律に詳しくない身を承知で言わせて頂きますが、(いささ)か越権行為のような気がするのですが」

「木佐貫議員。では何故、私が出撃する直前になって……更に言えば、ザキ殿がウォリア・レゾンス准尉を伴い土星へ出発してしまってから、そのような話を出してくるのですか?」

 ブリークスは、話にならないというように首を振った。

「更にユーゲントがサウロ長官直属という話もですが、彼やハンニバルクルーの亡き今、あの者たちに命令を出すのは誰なのです? 地球圏防衛庁の統括権限は今、臨時で私に引き継がれています。ユーゲントが一般の軍内に戻るのは、当然の事と思われますが」

 木佐貫には、彼の魂胆が分かっていた。

 ユーゲントというイレギュラー部隊は、フリュム計画に於いてサウロ長官と彼の対立が激しくなったが故に、長官が自らの身辺を固めるべく創り出したものだ。これを許可する為の連合での決議も、親サウロ派の賛成多数で半ば強引に可決された。決議に参加した多くの者たちは、サウロとブリークスの階級の差で日和見的な態度を取ったとも考えられる。

 サウロ派の亡き後、イレギュラーが放置されているという事態はブリークスにとって、あまり思わしいものではないのだろう。どさくさに紛れて地球圏防衛庁の権限を掌握した今、指揮系統の乱れを是正するという名目で自動的に彼らを再編入しかけても、安保理は暗黙の了解としてそれを許すのではないか。

 それにもう一つ、第二のフリュム船の起動が、会議の議題としてではなく事後報告のような形でシャドミコフに提出された事も怪しい。木佐貫がガイス・グラの出撃直前になって、このような形で彼に直接話を聴く事になったのも、シャドミコフから情報が回ってくるのが遅かった為だ。

 不完全な状態で、リスクの伴うフリュム船の独断起動。モデュラスの使い捨て。月面都市オルドリンを見限った事は措くとしても、過激派から地球圏を防衛する事に向けられていた力が、現在殆(ほとん)どディベルバイス狩りの後始末に振り向けられている気がしてならない。

 安保理からの命令が今、きちんと軍部に伝わっているのかどうかという大前提から考え直さねばならないかもしれない、と木佐貫は思った。

「……木佐貫議員」

 ブリークスの声が、心なしか威圧感を強めたような気がした。その目にも、先入観という”気のせい”では片付けられない、獰猛な光が閃いている。

「ディベルバイスの存在が、ここ数日間各衛星やユニットでも確認されていません。彼らがフリュム船のワームピアサーに気付いた可能性は微々たるものですが、もしもそれで我々の観測可能域より外の宇宙へ出ていた場合、同系列船との共鳴以外で彼らの居場所を突き止める方法がありますか?」

 こじつけもいいところだ、と木佐貫は拳を握り締める。

「ブリークス大佐は、ディベルバイスが本当にワープを行った可能性があると思われているのですか?」

「分かりません。ですから、最も確実な方法を試みるしかないのですよ」

 ブリークスは「話は終わりだ」と言わんばかりに、木佐貫がそれ以上の言葉を発する前に身を翻した。側近が、彼と木佐貫の間を隔てるようにすぐ後ろに続く。木佐貫が言葉を出せないでいると、管制官が

「議員、出航時間です」

 と声を掛けてきた。

 木佐貫は、ある意味で明確な、またある意味では全く予測不能な未来予想図に寒気を覚える。

 半ば押され気味だったとはいえシャドミコフが許可した以上、この作戦が失敗してもブリークス一人が責任を追及される事はない。第一にフリュム計画は、宇宙連合内で「存在しない事」として扱われているのだから、シャドミコフが連合軍総司令官であるブリークスを罰する事は難しい。

 一方でこの作戦が成功すれば、ブリークスはフリュム計画に於いて増々発言力を強めるだろう。彼は決して、軍律上の命令違反をしている訳ではないのだから、功績は純粋に”功績”として評価される。

 木佐貫に予想出来ない未来とは、フリュム計画が成就した時、ブリークスが何処まで増長しているのか、という「最悪の程度」についてだった。


          *   *   *


 防衛庁の部署を通り掛かると、またもやヨアンと遭遇した。

「木佐貫議員、最近よくお会いしますね」

 話し掛けられ、木佐貫は「そうかな?」と言葉を濁す。

 戦地での指揮を大佐のブリークスが執っている以上、将官たちはボストークに籠りきりだ。彼らに対して、主に尉官たちから「アナゴ」などと陰口がある事も分かっている。となると、彼らを統括する安保理議員たちはボストークの更に深い場所に居る事は必然的で、防衛庁のフロアに自分のような議員が居る事は珍しい──フリュム計画のような、秘密の会合が繰り返し行われていたりしなければ。

 通称アルバイトのヨアンも、そろそろ何か勘付いてきたか、と木佐貫は身構えた。

 何故身構えるのか、計画が露見していた時に自分への糾弾が怖いからか、などと心の奥から呼び掛けてくる声に、耳を貸さないようにしながら。

「木佐貫さんだから言うのですけれど……」

 ヨアンは、少々恥じらうように俯きながら言ってきた。

「僕、安保理の人たち、なんか怖いんです」

「怖い?」

「はい。エリート集団で、あのサウロ長官やブリークス大佐を動かせるだけの力があって。サウロ長官、僕には凄く優しくしてくれたんです。でも彼、居なくなっちゃって……急に、見慣れない偉い人たちとお仕事しなきゃいけなくなって、ちょっと……気が張ってしまいます」

 彼は、こうして廊下で言葉を交わすうちに、段々とその「安保理議員」である木佐貫に対して心を開いているようだった。最初は堅苦しかった敬語も、次第に砕けたものになってきている。

「木佐貫さん、今、お忙しいですか?」

「私? いや、別に……これから部屋に戻ろうとしていたところだよ」

 軍がてんてこ舞いの戦時下で議員がこの生活では、アナゴなどと言われるのも無理はないか、と微かに苦笑する。

「でしたら少しだけ、僕と……お話しして下さいますか?」

「話?」

「はい、愚痴っぽくなっちゃうかもですけれど……」

 ヨアンに最寄りのベンチを示され、木佐貫は彼と共に腰を下ろした。

「僕、最近いちばん怖い人がブリークス大佐なんです。彼、報告の為に最近もボストークに戻ってきたみたいですけど、サウロ長官の仕事場、どんどん改造していくんです。確かに防衛庁長官が戦死してしまった以上、代理で指揮を執るのは彼なんでしょうけれど……何だか、長官の居た痕跡、全部消してしまうような気がして。彼、どうしてそこまでするんでしょう? 僕の事も、臨時の権限委譲の手続きが終わったら用済みみたいに言うんです。それが、怖くて」

 木佐貫は顔を顰める。確かに、ブリークスのやりそうな事だな、と思った。

「気にする事はないよ。君は優秀だし、もし秘書官の仕事がなくなっても、ボストークでの居場所はなくならない。私のところに来てもいい」

「優秀……じゃないですよ。だから大佐の部下にもなり損ねて、それであんな嫌味を言われるのかな、って」

「部下に? 君は武官じゃないだろう」

「ユーゲントの二つ上なんです。一昨年まで、護星機士訓練課程に居ました。二期生(ソフォモア)……だったんです」

 ヨアンは、膝の上でぎゅっと両拳を握った。

 ソフォモアは、訓練課程に於いては侮蔑の対象となる言葉だ。本来であれば訓練課程は一年しかなく、ソフォモアになるという事は即ち留年した事を意味している。厳しい競争倍率である受験を潜り抜けた者たちからすれば、「数少ない合格枠を奪ったのに、一年経ってもまだ宇宙連合に養われている穀潰し」という訳だ。

「僕が若くして入庁出来たのは、訓練課程に居た事がある種のキャリア作りになったからです。護星機士団の人たちにも、顔を覚えられていましたし……

 僕、月生まれ(ルナリアン)で、幼少期を六分の一の重力下で育ったので、体の成長が速かった割に筋肉量や骨密度が不足していて。子供の頃は、ずっと入院生活でした。それを言い訳にはしたくないですけど、肉体労働が多い訓練課程に入れたのもぎりぎりで、卒業した時も成績は最下位でした。だから、護星機士団への入隊を断ったんです。それよりも文官を志望した方が、連合の役に立てるかなって。

 だからブリークス大佐からすれば、僕は彼の部下になるはずが、直前で逃げ出したようなものなのかなって」

「それは違うよ、ヨアン君」

 木佐貫は、咄嗟に否定した。ブリークスは、部下を捨て駒にするような男だ。護星機士一人について、そこまで拘泥するとは思えない。

 ……という理由まではさすがに言う訳には行かないが、ヨアンが彼から目の(かたき)にされるような事はないはずだ。

(ブリークスめ……こんな若い子まで怖がらせて、どうする気だ?)

「木佐貫さんはさっきも、ブリークス大佐と会ってきたんですよね? その……サウロ長官と大佐が不仲だったっていうのは、本当なんですか?」

 驚くと同時に、やはりヨアンすらも気付くようなものだったのか、と思った。否定しても意味がないと思い、木佐貫は肯く。

「いつからなんでしょうか? 戦争が始まってからなのは、間違いないですよね。大佐を司令官に任命したのは、サウロ長官ですし。……もしかしたら、の話なんですけれど」

 ヨアンは咳払いすると、木佐貫の目を真っ直ぐに見つめてきた。

「あの船が、何か関係しているんですか?」

「あの、船?」

 木佐貫は動揺しかけた。

「長官がユーゲントに、地球に運ぶように命令した船ですよ」

 ヨアンの言葉を反芻しながら、落ち着け、と必死に自分に言い聞かせる。

 あの運命の日、長官がユーゲントに、ディベルバイスを隠匿するよう命じていたのは、考えてみれば情報の深さはさておき、ヨアンにも伝わっていたに違いない。長官直々にビードルへ行き、命令を撤回するべくロケットを使用したのだから。この事をヨアンが不思議に思っていない以上、「輸送物があった事」くらいはサウロも、身の周りの者たちに伝えていた可能性はある。

「ずっと気になっていたんです。長官たちが、ラトリア・ルミレースとの戦争の裏で何か別な事をやっているような気配があって。そんな中で木佐貫さんや、シャドミコフ議長がこの辺りでよく見られるようになって、つい色々想像しちゃって……ねえ、木佐貫さん。どうしてサウロ長官は、死ななきゃいけなかったんですか? 僕、このままじゃ落ち着かないですよ……取り残されてしまったみたいで」

「………」

 (しば)し黙り込み、木佐貫はふと気付いた。

 ブリークス大佐が、ヨアンをさりげなく恫喝しているような理由。それはきっと、サウロの片腕と言うべき立場にあったヨアンが、長官からフリュム計画について何事か聞いているのではないか、という”警戒”だったのではないだろうか。語弊が生まれる事を承知で言い方を変えれば、ヨアンがサウロ派の生き残りなのではないか、というブリークスの狐疑だ。

 あながちそれは、間違いではない。ヨアンは断片的な事象だけで、サウロやブリークスの──木佐貫らの行動について勘付き始めている。戦闘力の低さ故のソフォモア出身という事を抜きに考えれば、そのキャリアも伊達(だて)ではない事を思わせる直感の磨かれ方だ。

(どうする……?)

 木佐貫は迷った。ここで言葉を濁すのは、本気で自分の置かれた状況を危惧している彼にとって不誠実であるような気がした。だが、本当に彼がフリュム計画の存在を知ってしまったら、何かの弾みでブリークスに気付かれた時、余計に危険な目に遭う事になるのではないか。少なくとも彼がブリークスから離れられるまでは、これは知らない方がいい事であるのではないか──。

 そう考えた時、ふと脳裏を掠めたものがあった。

 ──議員特権第七事項、秘書の選出。

(私なら、彼を救う事が出来るのではないか?)

「……ヨアン君」

 木佐貫は、覚悟を決めて口を開いた。

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