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『破天のディベルバイス』第5話 新しい生活⑩


          *   *   *


 翌朝、朝食が済むと僕たちはいつもの如く団地の前に集められたが、やって来た村人は例の案内役だけではなかった。パブロ・レスリー村長を始め、その背後にはバリスタを先頭とした「vigilante」の襷を掛け、巨大な銃器のような筒を持った村人たちも並んでいる。

 何故、自警団がここに、と思った。やはり、僕たちの中から陽性者が出てしまったからか、キムは血祭りに挙げられるのか、と不吉な想像が頭を()ぎる。だが、そうではなかった。

「医師のゴードン先生から話は聴かせて貰った。知っての通りオセスは極めて感染力が高い。共に作業をした者、同じ公団住宅で暮らす者、お前たちは皆病人の濃厚接触者と見た。よって今日の作業はなし、お前たちはこれから全員、他に感染者が居ないか検査を受けて貰う」

「ここで……ですか?」

 僕と同じ悪い想像をしていたらしく、千花菜のその声はやや拍子抜けしたように間の抜けたものに感じられた。

「病院でだ。宿舎はこれから、再度消毒作業に入る。これはお前たちを来訪者として特別扱いするが故の措置ではない。お前たちによってユニットで感染の再拡大が起こる事を是としない、自治区としての方針を汲んだものだ。これ以上の感染者が出た場合、前の病人も含めその者は隔離施設に移す」

 見れば自警団の持っている大きな筒は、銃ではなく空間消毒用の噴霧器だった。

 空間消毒。隔離施設。マスク姿の物々しい村人たちは、僕たちディベルバイス乗組員の認識が彼らの中で「招かれざる厄介者」から「危険人物」に変わった事を嫌でも見せつけてくるようだった。

「私はお前たちを受け入れた責任のある人間だ。よって、お前たちの検査結果は私がこの目で見届ける。このまま列になって街まで向かうぞ。脱走を企てた者はその場で始末する。くれぐれも変な気は起こさない事だな」

 レスリー村長の野太い声は、隠しきれない不安を圧そうとして意図的に作られたもののようだった。(ただ)しその不安は、家畜に感染症が見られた時、殺処分によって農場が受ける打撃を恐れるかのような、生死の境に立たされる当事者の感情を置き去りにした冷たさを孕んでいるように、僕には思えた。


          *   *   *


 検査が終わり、全員が陰性という結果が出て尚、僕たち及び村人たちの安堵は、小康状態の延長線上にあるかのような浮泛(ふはん)なものだった。オセスは陽性反応が出るまで時間が掛かる。だからこそキムも、これ程苦しんでからでないとオセスが発覚しなかったのだ。

 僕たちは再び列を成し、村人たちに先導されて団地に戻った。現時点でオセスと診断された者は居なかったが、ほぼ確実に感染が疑われる「濃厚接触者」という条件は全員が満たしているのだ。数日間閉じ込められる事は覚悟しておかねばならない、と誰もが思っていた。

 そして団地に到着した際、目の前の光景を見て皆は絶句した。

 無数の公団住宅の、窓という窓から白っぽい煙が上がっていた。アルコールのような湿った匂いが、水滴が目視出来る程のミスト状になって周辺の草の上に降り注いでくる。その原因は、自警団の襷を掛けた村人たちだった。各棟の内外で、噴霧器からあたかも攻撃するかのように消毒剤を散布し、建物を濡らしている。

「俺たちは黴菌(ばいきん)かよ……」

 アイリッシュが呟くと、耳(ざと)くそれを拾った村長が「そうだ」と言った。

「酷い言われようだな。あんたたちの敬遠する死体処理を、この十日間ずっとやってきたのは俺たちなのに」

「家畜と同じだ。労働力は認める。だが、不潔だ」

 目茶苦茶言いやがる、と誰かが毒()く。

 伊織や千花菜、恵留が棟内に入っていくので僕も追った。水滴が滴る程液体を散布され、僕たちの荷物は大丈夫だろうか、などと考えながら入口の敷居を跨いだところで、僕は病人の事を思い出した。

 身を翻し、彼が隔離されているB棟へ駆ける。僕の動きに釣られたのか、今度は伊織たちが僕を追ってきた。

「おい、祐二……」

 サバイユが言いかけたが、彼もそこでキムの事を思い出したらしい。最近キムの看病に当たっていたトレイ、シックルも加わり、僕たちに続く。

 B棟の中には、例に漏れず白煙が立ち込めていた。窓は先程まで締め切られていたらしく、消毒剤による湿気や結露は凄まじかったが、内側の扉が開かれている分各部屋がずぶ濡れになっている、という事はなさそうだった。

 廊下で擦れ違うマスク姿の自警団たちに、当てつけるように噴霧器を向けられたりしながら、僕たちはキムの病室を目指した。入口ではまだ村人が消毒剤を撒いていたが、僕はそれを押し退()けるようにして部屋に体を捻じ込んだ。

「手を洗え!」

 村人が叫んだが、構ってなどいられなかった。

 濃霧が一際(ひときわ)酷く立ち込め、息苦しさや目への刺激すら覚える部屋の中に、激しく咳き込むキムが寝かされていた。窓は全開にされているが、換気など最早追い着いていない。激しい喘ぎの中で彼が何かを言っているような気がして、僕はその口元に耳を近づけた。

 そんな僕の様子に対し、大袈裟に身を引いてみせ、恨み節をぶつぶつと唱えている村人に「黙ってて下さい」と強く言い、僕は彼の言葉を拾おうとした。何度か聴いているうちに、キムは意識朦朧の中「やめてくれ」と繰り返しているのだった。

「おい、お前ら」

 サバイユが、病室に消毒剤を噴射していた村人の襟首を掴み上げた。

「地球時代……いや、原始時代から何も変わってねえのかよ。これが、人間が人間に対してやる事なのかよ? 赦される事かよ!?」

「サバイユ……」千花菜が言いかけたが、

「嬢ちゃんは黙ってろ!」

 彼は言うや否や、村人の鼻面を拳で殴り付けた。

「俺たちを保護してやってるからって、偉そうなツラしやがって! やっぱりこんな村、来るんじゃなかったぜ。古い頭の奴らしか居ねえ、心配と差別の違いも分からねえ、人への尊厳も平気で踏み躙る!」

「よせ、サバイユ!」

 伊織が割り込み、繰り返し村人の顔面を殴打するサバイユを羽交い絞めにし、引き剝がした。サバイユは彼にも掴み掛かりかけたが、彼はそれから腰を抜かした村人に軽蔑の視線を浴びせた。

「暴力は礼賛しないけど、これはさすがにあんまりだと思う。俺も、少しはあんたたちもマシな連中だと思っていたよ。……今までは」

「こら、何をやっている!」

 レスリー村長が、鉄槌の如き拳を振り上げて廊下を駆けてきた。その目が、顎が外れたようにあうあうと鰭脚(ききゃく)類の如き声を出す村人を捉え、ゆっくりと僕たちを睨み据えた。

 僕たちはすぐさま摘まみ出された。


          *   *   *


 作業は中止になり、僕たちは消毒剤の結露した公団住宅に閉じ込められた。団地の入口にはバリケードのようなものが設置され、村に出たりコンビニに行ったりする事も出来なくなった。

 夕方も大分遅くなった時刻、塀を越えて、あたかも不法投棄でもされるかのように余り物の食糧が投げ込まれた。僕たちは、崩壊しかかったそれらの弁当や菓子パンを自分たちで分配し、団地の区画中を覆い尽くすようなアルコールの匂いに辟易しながらもそれらを口に運んだ。つい先日までは可能な限り元気に振舞おうとしていた生徒たちも、遂に口を開かなくなった。

 静まり返った団地は夜になると、精神が疲労しているにも拘わらず目が冴えて眠れない仲間たちの、「寝息が聞こえない」という状況が余計に緊張を誘うようだった。静かで密集した建物同士に反響するのか、苦しみに喘ぐキムの声だけがやけに大きく聞こえてきた。

 僕は、スペルプリマーに乗った時から今まで続いている慢性疲労に、意図的に引かれようとした。最初に用意された一人用の部屋で、こっそりと”実験”を続ける為にカエラを招き入れながら、静かさ故に眠れないという天の邪鬼な精神を叱った。カエラは何のつもりか、僕の不安や苛立ちがピークに達して手に負えないようであれば、自分が体を開いて慰めようか、などと言い出した。

 その提案を魅力的に感じてしまう自分が居る事に気付き、僕は愕然とした。

 彼女がでも、自分の薄弱な意思がでもなく、自分の中でカエラを欲そうとする気持ちが、極限状態で肥大化した逃避願望に基づくものだ、と自覚する事が、僕は恐ろしかった。


          *   *   *


 医者が昨晩来なかったのは、僕たちが見放されたという事のようだった。

 明くる六月十六日の夜明け前、(かろ)うじて自我を保ち、カエラと離れたまま眠った僕が目を覚ましたのは、棟外でいつの間にか起こっていた仲間たちの騒ぎ声によって、だった。室内にカエラを隠すようにしながら、僕は廊下に出て、B棟へ駆け出そうとしているマリー先輩に事情を尋ねた。

 彼女が、変わらずダークギルドの人質となっているアンジュ先輩から伝聞した内容は、必死にオセスと闘っていたキム・ジュウォンが遂にウイルスに敗れ、日付が変わる頃に息を引き取ったという話だった。

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