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『破天のディベルバイス』第5話 新しい生活⑦

 ④渡海祐二


 クラフトポートに駆け込み、ディベルバイスの梯子を一段飛ばしで登る。背後からカエラや作業員たちが、もう少しゆっくり行ってくれ、と呼ぶ声が聞こえてきたが、構ってはいられなかった。

 一体、村人たちは何処まで勝手にディベルバイスの中を弄ったのだろうか。スペルプリマーの存在を、何故知っているのか。僕たちですらまだ全貌や、その秘められた力を把握しきれていない船なのだ。僕たちを匿う以上確認せねばならない事は色々とあるのだろうが、それが取り返しのつかない事にならないとも限らない。

 格納庫まで走り、その扉が開いているのを見た僕は素早くロックに駆け寄った。そこには、鍵穴に太い針金が乱暴に捻じ込まれていた。

「壊したな!」

 追い着いてきた作業服の男を振り返り、僕は怒声を上げる。危険があるスペルプリマーに説明も得ずに接近した、という理由からではない。鍵が掛かっているならそれなりの理由があるだろう、という考えもなしに、無断でそれを暴くような村人たちの無神経さに腹が立った。

「大声出すな、ガキ。鍵くらい後で幾らでも直してやる。それよりも見てくれ、あいつらが大騒ぎしているんだ」

 作業員は格納庫の中、一号機の下で何やら話し合っている村人たちに向かって顎をしゃくる。僕はもっと言ってやりたい事があったが、時間が惜しいので何も言う事なく、腕を掴んできたカエラに従うようにして、その人たちに近づいた。

 話し合っていた村人たちは僕たちが近づくと、彼らはたちまち頰を上気させ、肩を怒らせて、僕に掴み掛かるように口を開いた。

「お前だな、今までこいつのパイロットをやっていたとかいうガキは?」

「あのロボットに何をしやがった?」

「俺たちは無用な厄介者のお前らを善意で匿ってやったっていうのに、この恩知らずめが!」

 何の話だ、と僕は戸惑った。僕は彼らに怒鳴られるような事をした覚えはない。いや、それ以前に、ここで抗議の声を上げるべきなのはむしろ、僕とカエラの方ではないだろうか。

「あなた方、あのスペルプリマーを動かそうとしたんですか?」

「スペル? 知らねえけどよ、てめえ自身の目で確かめて来い。幾ら何でも悍ましすぎる。人の所業じゃねえ」

 僕は、はっと気付いて背中が粟立った。

 スペルプリマーのパイロットとして登録可能な人物は、一機につき一人のみ。だがその後、登録された人物とは別の誰かが機体に乗った時に何が起こるのかは、今まで考えてみた事もなかった。

 僕は幸いにも取り外されていなかった一号機の縄梯子を掴み、コックピットへと駆け上がる。座席に、先程ここまで着いてきた男のような作業服姿の人影が座っているのが見え、分かっていた事とはいえ舌打ちしそうになりながら隣に滑り込んだ。

 このユニットの住民たちは、宇宙用のフルフェイスヘルメットを着けただけで宇宙での作業に出るような人々なのか。それだけ慣れているという事であれば、これもまた”彼ら自身のやり方”として余所者の僕たちが容喙すべき事ではないのかもしれないが、実際に護星機士の訓練を受けてきた身としては、彼らが宇宙という環境を舐めているようにしか思えなかった。

「あなた、何があったんですか? 大丈夫……!?」

 言いながら、物言わぬ作業員のヘルメットを外した僕は、思わずそれを取り落とした。熱いものに触れた時のように、手が半自動的に引かれる。

 作業員は、死んでいた。

 殊更(ことさら)に触れてみなくても、死んでいるという事は明らかだった。

 目は白目と瞳の区別が出来ない程に充血し、眼窩に紅玉でも嵌め込まれたかのように膨張して飛び出しかけていた。顔も充血したらしく赤黒く膨れ上がり、鼻からほうれい線を伝うように、血混じりでどろりとした緑色の液体が流れている。腐敗した血液、と一瞬思いかけ、違う、と即座に否定した。これは脳漿だ。

「祐二君!」

 カエラが、僕に続くようにコックピットに入ってきた。狭いコックピットに三人分の体が入り、僕と彼女は密着状態になったが、興奮などする余裕はない。僕が見ているものを彼女も見たらしく、ひっという鋭い呼吸音が耳を掠めた。

「脳が……溶けているの……?」

 カエラの呟きに、僕はそれこそが真実なのだと悟った。スペルプリマーに乗り、起動した作業員は脳圧を異常に増幅され、頭蓋の中身を蒸し焼きにされて死んだのだ。異常に熱が込もり、膨張した顔貌がそれを物語っている。

「……タブレット」

 思い出し、いつも起動のアナウンスを表示するタブレット画面を覗き込む。そこにはいつもの『Super Primer : SVERD』という表示に加え、次のような一文が刻まれていた。


『エラー:アノマリーによる干渉を確認。防衛機能を使用します』


異常(アノマリー)……やっぱりこれは、登録した人以外が起動すると外部からの攻撃……ハッキングと見做して、攻撃を仕掛けるんだ」

「でも、どうやって?」

 カエラは、意を決したように作業員の死体に触れる。肩甲骨の辺りに打ち込まれるコネクタは、僕たちと同様しっかり接続されていた。

「なるほどね。これが神経に電気信号を送って、脳に干渉するんだ。私たちが搭乗した時みたいに大量の信号を送って、脳を異常回転させるのよ。でも登録で脳回路を改造されていない未登録者は、それに耐えきれず脳が焼き切られてしまう」

 カエラの言葉に、僕はぞっとした。

「じゃあ僕たちも、常人じゃ脳がショートするような情報を毎回処理しているって事なのか……」

「私たちはもう普通の人とは違うでしょ。この人は勝手に私たちのスペルプリマーを操縦しようとして、罰が当たった。それだけよ」

 状況が分かってくると、カエラはいつもの調子を取り戻したようだった。何処かつまらなそうに肩を竦め、作業員の死体を座席から引き剝がす。そして、コックピットの外に無造作に放り出した。

「ちょっと、カエラ……」

「クラフトポートじゃ重力は控えめだし、まあ大丈夫でしょ」

 外から、村人たちの騒ぎ声が聞こえてくる。カエラは外に身を乗り出し、「祐二君のせいじゃありませんでしたよ!」と叫んだ。

 僕はやれやれと思いながら、開いた座席に座り直す。操縦桿を握ると、タブレットの表示が切り替わり『お帰りなさい』という文字列が浮かび上がった。

「どうやらこれ、私たち以外動かせないみたいです!」

「じゃあ、いいからさっさと作業に入ってくれ! ユニットの外でする事だ! 事情は連中から聴いているんだろう?」

 村人たちはまた何事か話し合っていたようだったが、すぐにカエラの言葉に返してきた。さっきまでは僕たちが作業員を殺したような言い草だったのに、随分と変わり身が早いじゃないか、と皮肉の一つも言いたい気分だった。

「仲間が死んだ事はお構いなしかよ……」

「感覚が多少イッちゃってるんだよ。まあ、こうも伝染病で次々に人が死んで、死体処理に追われていたら仕方ないのかもしれないけど」

 カエラは言い、入口を跨いで外に出る。

「ユニットが煙っぽくなっちゃわないうちに、私たちで早く作業しましょ」

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