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『破天のディベルバイス』第5話 新しい生活②

 ②渡海祐二


 ユニット二・一での戦いから二週間が経過した。

 D5という毒ガスによりユニットの住民全てが死亡する、という悲劇を生み出したあの戦闘は、僕とカエラのスペルプリマーにより宇宙連合軍、ラトリア・ルミレース双方の戦力を三分の一まで減らしたところで終結した。最初に過激派が逃亡し、それを追い駆ける形で連合軍が戦域を離脱。その隙に僕たちは帰投し、ディベルバイスは進路を変えた。

 マリー先輩とテン先輩が持ち帰った情報によると、ディベルバイスは宇宙連合軍の新型宇宙戦艦と報道され、僕たち乗組員の正体は船を奪取した過激派の特殊部隊、とされていたそうだ。尚、サウロ長官はビードル内で遺体が見つかっていたという事が明らかになり、これについては本当に過激派の仕業なのか、ブリークス大佐の謀略なのかは判断が付かないという事だった。

 また現在、太陽系の人類生存圏にはディベルバイスの戦犯指名手配と交戦規定フェイズ三が発令されており、各種SNSや掲示板にはAIによるリアルタイムでの監視が付き、携帯端末やHMEもバックドアが開放されているという。ユーゲントはHMEの位置情報から自分たちの居場所が露見する事を懸念し、全員の端末を回収、宇宙へと放出。連合軍に保護を要請する見込みもなくなり、僕たちは完全に漂流状態となった。

「希望は捨てちゃ駄目よ」

 マリー先輩は顔面蒼白で今にも気を失いそうだったが、ブリッジでの緊急会議中に気丈にもそう言った。

「ユニット一・一、ニルバナ。少子高齢化と人口減少が進んで限界集落みたいな状態で、そのせいで国家総動員みたいな現状でも戦争協力はしないって村長が宣言しているの。……ええ、本当に他のユニットでは考えられないような村なのよ。過激派にとって魅力となるような資源やエネルギーもないし、物資の輸送に利便性がある訳でもない。だから守って貰わなくても大丈夫、駐在軍は置かないでいいから、どちらにも協力しません、っていう中立ユニットなの」

「そこで、我々が保護して貰える可能性があると?」

 ジェイソン先輩が不安そうに言うと、彼女はこくりと肯いた。

「でも、僕たちは過激派だって報道されちゃったんでしょ?」とティプ先輩。

「ユニットでの戦闘はしないっていう事であって、一応クラフトポートは開放しているみたいよ。話くらいなら聴いて貰えそうだし、私たちの正体が全員未成年者だって分かれば、受け入れて貰えるんじゃないかしら。指名手配っていうのは連合が出している情報だし、一応私たちは正規軍でも、ラトリア・ルミレースでもない立場なんだから」

 半独立ユニットか、と思った。その分では、引き渡し協定にも不参加だろう。他に希望がない以上、行ってみるしかない。一所に留まっていてはまた敵に襲われるかもしれないし、可及的速やかにリージョン二を離れようという意図もあり、ディベルバイスは進路をニルバナへ向けた。

 これが、二週間前の事だ。同じ席ではカエラがユーゲントからお目玉を喰らう事にもなったが、先輩方の乗るドラゴニアの撃沈を救った事などは認められ、そこまで厳しいペナルティは与えられなかった。

「別に怒らなくても良かったじゃないの」

 毒ガスの被害を目の当たりにし、護星機士を手に掛けた後だったが、彼女はそこまで深く落ち込んではいなかった。僕はそんな彼女に複雑な気持ちを感じながらも、今回の件がこれからも長引くであろう戦闘に支障を(きた)さないようであれば良かった、と半ば無理矢理自分を納得させた。

 だがさすがに疲労はあったらしく、最初の僕のようにいきなり失神こそしなかったものの、ブリッジを出て部屋に戻る間は僕の肩に凭れ掛かるようにしてうつらうつらしていた。

 僕が千花菜と恵留の部屋に彼女を送り届け、一部始終を説明すると、千花菜たちは最初こそ動揺したようではあったが、余計な質問はせずすぐに肯いた。恐らく既に、この異常な状態を受け入れようとしていたのだろう。千花菜は強いな、と思いながら僕は、また胸郭の内側がずきりと疼くのを感じた。


          *   *   *


 この二週間、何度か宇宙連合軍や過激派の小規模な部隊が襲ってきて、僕とカエラで撃退した。僕は以前と同じように、ずっと伊織とは部屋を分けて過ごしていたが、ある時カエラからカミングアウトされた。

「昨日の夜、千花菜に襲い掛かりかけた」

 僕と同じ、突発的な凶暴化が起こったというのだ。夜中に不意に目を覚ましてしまい、水を飲む為に部屋を出ようとし、ベッドから起き上がった時の事だったそうだ。

 カエラの為にベッドを空けるべく、床に寝ている千花菜に躓きかけた瞬間、途端にどうしようもなく激しい衝動が頭を突いた。どのような欲求に基づく衝動なのかは不明だが、彼女は千花菜に爪や歯を突き立てたくなったらしい。実際にカエラは手を伸ばしかけ、そこではっと我に返って思い留まった。

「やっぱりこれ、スペルプリマーの精神干渉なんだと思う。アクティブゾーンと同じように、これが最終的に『回復不能』となった状態なのか、この先まだ段階があるのかについては分からないけどね」

「自制出来るようなら、まだ良かったよ。でも回復不能なんて書いてあるから、最終的にはもっと酷い事になる可能性もあるのかな……」

 僕が恐れているのも、状態が何処まで進行するのか分からない事だった。この分ではカエラも、部屋を移した方が良いのだろうか。

「ねえ、祐二君。実験しない?」

「実験?」

 僕が聞き返すと、彼女は大真面目な顔で「ええ」と言った。

「まだ事例が少ないから分からないけど、私たちなら秘密を共有出来る。出来るだけ一緒に居て、この……『発作』がお互いにとって起こるのかどうか、何が引き金になるのか確かめてみない?」

「出来るだけ……っていうのは?」

 伊織に注意されている手前、些か緊張を感じざるを得ない申し出だった。

「祐二君が、一人部屋に移ったのが都合良かった。私が祐二君と共同生活する事になっても、あんまりバレなさそうだよね? ご飯の時とか、夜とか」

「カエラ、もしかして最初からそれが目的で……」

「真面目に聞いて」

 カエラの中では、僕の方が不純な事を考えているという事になっているようだ。

「将来の為に必要な事よ。もしも何かの弾みに、相手の見ている前でより強い発作が起こったらどうするの? その相手が先輩方だったら? 伊織君だったら? 千花菜だったら?」

「それは……そうだけど……」

「それにもし、自制が出来なかった時に何が起こるのかも確かめた方がいい。私たちなら、危ないと思った時に相手の目を覚まさせる事も出来るだろうし」

 カエラから告白されているだけに、彼女の申し出には危ういものを感じざるを得なかったが、確かに一理ある考え方だった。発作が二人で一回ずつしか起こっていないというサンプルの少なさも(しか)り、お互いに発作を途中で抑えられたのは運が良かっただけだという事実も然り。

 スペルプリマーはあと三機残っており、場合によってはこれらを誰かが使わねばならない事にもなるだろう。その前に、精神干渉のリスクについて僕たちだけで、ある程度検証を済ませておかねばならない。

 僕は結局了承し、カエラは部屋を移る事になった。その部屋の行き先が本当は僕と同じだという事は、他の誰にも秘密にしたまま。


          *   *   *


 実験は、決して上手く行っているとは言いづらかった。

 可能な限り人目を忍ぶ必要がある事から、ある程度行動には制限が掛かるし、気分的な問題もある。寝る時は当然ベッドを分けるが、僕も自身の千花菜に対する気持ちが揺れている事もあり、人並みに神経が繊細な事を自覚した。

 その上拍子抜けしたのは、予想外に発作が起こらない事だった。一度だけショーンと話している時に爪を振り上げかけたが、傍で様子を窺っていたカエラが──部屋の外で行動する時も、それ程離れないようにしていた──上手く取り繕って僕を引き離してくれた。だが、それ以外でお互いに対して、例の衝動が向くような事態は発生しなかった。

 発作の間隔が一定という訳でもないようだ。あの後、カエラにも発作は発生していないらしい。

 考えられる事は、現時点で幾つかある。一人につき一回しか衝動が向かない。疲労や不安などの精神状態が影響している。スペルプリマーのパイロットとなった相手に対しては発生しない。

 一つ一つ調べるには、危険が大きすぎるような気もした。だが、検証をやめる訳には行かない。この恐ろしい副作用を持つスペルプリマーは、僕たち自身を守る最大の武器なのだ。これまでも人類は、毒になり得る化学物質を制御し、自分たちに有益なものとして利用してきた。

 僕たちに必要なものは変節であり、戦略だった。

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