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『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク⑩

 ⑨渡海祐二


 ユニット内の戦闘で最も恐ろしい事が、現在進行形で起こっていた。

 真空の宇宙空間では使用不可能なエレクトロン・ゲル弾が猛威を振るい、先程までは楽園だった街を(またた)く間に蹂躙していく。ハーケンによる攻撃しか出来ない駐在軍はたちまち全滅し、追い討ちを掛けるように空に開いた穴から、更なる過激派の機体が入ってくる。空気の流出に巻き込まれ、穴の周辺に浮かび上がっている人々はバーデに正面から追突され、血の雨の水源となっていた。

 ──これが、ラトリア・ルミレースの戦い方なのだ。

 僕は、操縦桿をへし折りそうな程指先に力を込めていた。

 スペルプリマーが近接格闘戦仕様だったのは不幸中の幸いだった。射撃は論外、エンジンを爆発させるのもユニットに穴が開くかもしれない以上出来ない。戦闘不能にする方法はコックピットを潰すか、翼を切り落とす事だが、それも機体を落下させる場所に人が居ないかを確認せねばならないし、エンジンへの衝撃を殺すよう気を付けねばならない。

 だが、そのようなこちらの思考など過激派には通用しない。彼らはやはり、言葉の通じない相手だ。喩えるのであれば無機質な怪物──否、天災だ。

「この……っ!」

 僕はまた一機のバーデを、両手で振り下ろした刀を以て切り裂く。コックピットから血の混じった鉄屑が散り、制御を失った機体が落下していく。

 気を付けたつもりだったが、不幸にもまた逃げている人々が通り掛かった。彼らが機体の破片に貫かれ、或いは零れた炎を浴びて悶える様を見ないよう、僕は再度スコープに目を当てた。

 もう、何人巻き込んでしまったのだろう。先に攻撃を仕掛け、破壊活動を開始したのは過激派なのだから、それを止めようとしている僕の行動がやむを得ないと言えばそれまでだ。だが、そもそもその過激派はディベルバイスを追ってきた可能性があるのだ。ここを戦場にしてしまったのは、やはり僕たちなのか。

 僕はスコープで、次に狙いを付けた敵を捕捉する。が、弧を描くように飛ぶそれが穴付近に近づいた時、思わず喘ぐような呼気が口から漏出した。

 空を、バーデが埋め尽くしていた。外にこれ以上のものが居ると考えると、やはりセントー率いる月面制圧部隊の残党なのだろうか。あれが全てエレクトロン・ゲル弾を装備している、と考えると、背筋が凍るようだった。このユニットは数分も経たずに無酸素状態となり、住民全員が一酸化炭素中毒死する。

(一か八か、仕掛けるしかないか……)

 もうこのユニットを救う事は出来ない、壁を吹き飛ばすつもりで斬撃を行い、連鎖反応で全てを爆発させるか、という破れかぶれな──普段の僕では思いもしないような獰猛な──考えが()ぎった時だった。

『祐二君!』

 突然、回線からカエラの声が響いた。

 僕が声を上げる間もなく光の雨のようなものが降り注ぎ、バーデ群の翼を次々と射抜いていく。落下するバーデを、人垣を割るようにして現れたのは、(おおゆみ)を携えたスペルプリマー二号機だった。

『祐二君、大丈夫?』

「カエラ、君がパイロット登録をした事がバレちゃうんじゃ……」

『今戦わないで、いつ戦えるの?』

 カエラの声が回線を渡ってくる。視界に赤い光の靄が掛かり、接合部分の発光が強まったのだと分かった。

 二号機の青い光も強くなり、共鳴するかのように点滅する。座席の下のタブレット画面に『BOGIが感覚共有(シェアリング)を求めています』と表示された。

『連合軍の駐在部隊は?』

「……全滅した。でも、あいつらは攻撃をやめないんだ」

『ラトリア・ルミレースはこのユニットを、祐二君を捕らえた檻として使うつもりのようね。ほら、脱出口を塞ごうとしている』

 二号機がこちらに飛んできて、僕と並ぶようにしながら頭部を空に向ける。バーデたちは最早外に居る連合軍との戦いを放置したかのように、次々にユニット内に侵入してきていた。

「じゃあ僕たちが脱出すれば、ここへの破壊活動も止まるかな?」

 僕は、通りの先のクラフトポートをちらりと窺った。空の穴が使えない以上、脱出口はあそこしかない。空気の流出と、過激派によるエレクトロン・ゲル弾の使用により、多くの人々は酸欠を起こしたように蹌踉(そうろう)とした足取りで、そこを目指して前進を続けていた。

「バーデを誘導する目的であそこを通ったら、また多くの人が死んでしまう」

『仕方ないよ。このままじゃどっちみち、被害が広がるだけ。あの人たちの避難場所を潰してしまうのは忍びないけど、希望が残せる方がいい』

 カエラは言うと、一切の躊躇なくスペルプリマーを前傾姿勢に持ち込んだ。地面と平行になるようにジェット噴射をし、低空飛行で通りを港へと突っ込んでいく。風圧により、逃げていた人々が横薙ぎに倒されるのが見えた。

「カエラ、あんまり無理しないで!」

『大丈夫よ! もう少しで……もう少しで……!』

 その時、二号機や避難民が辿り着くよりも早く、クラフトポートが開いた。外壁を突き崩すようにしながら、ケーゼが姿を現す。

『どいてっ!』

「カエラ! 駄目だ!」

 僕が叫んだ瞬間、二号機が矢を放った。機体の中心を貫かれたケーゼが爆散し、溢れ出た爆炎が港に駆け込もうとしていた避難民たちを呑み込む。二号機は止まる事なく、その閃光の中を突っ切って姿を消した。

「何やってんだよ、カエラの奴……!」

 毒()き、再度通信を試みた。

 タイミングが早ければ、二号機は真面(まとも)に爆発に巻き込まれた事になる。タブレット画面にまだメッセージが表示されているのに、僕はそれで彼女の生死を判断するという頭は回らなかった。

 光焔が黒い煙へと変わり始めた時、中から二機目のケーゼが現れた。ラトリア・ルミレースの巣窟となりつつあるこのユニットを制圧するつもりなのか、或いはスペルプリマーを狙ってきたのかは分からない。だが、状況が好転するような予感を抱ける程、僕は楽天的な思考は出来ない。

 そんな僕でも考えが及ばぬ程、次にケーゼの起こしたアクションは想像を、遥かに悪い方向へと超えているものだった。

 クラフトポートの直上、密閉型ユニットの口の部分まで上昇したバーデの腹から、ミサイルではない楕円形の物体が出現した。重みの感じられない、ゆったりとした動きで落下していくそれを見た時、スペルプリマーによる思考回路形成を受けて処理速度の跳ね上がっている僕の脳は、刹那に次に起こる悲劇を弾き出した。

「カエラ、あのケーゼを撃て!!」

 既に間に合わないと知りながらも、僕は叫ばずにはいられなかった。

 そしてそんな僕の、最後の抵抗を嘲笑うかのように、ケーゼは物体に向かって機銃を発射した。


 弾けたボンベから、空気の抜けるような音と共に白い気体が拡散した。それは吹き荒れる風に乗ってたちまちユニット中に広がり、人工の大気を生命の死に絶えた色に染め上げていった。

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