『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク⑨
⑧カエラ・ルキフェル
宇宙連合軍とラトリア・ルミレ―スの激しい爆撃の中、小刻みに顫動する廊下を駆け抜けて辿り着いたコックピットで、カエラは無我夢中で服を脱ぎ捨て、パイロットスーツを体の前に当てながら起動キーを回した。
『Super Primer : BOGI』という文字がタブレットに表示された時、心臓のすぐ近くで異物が転がるような感覚があった。十日前、ここでこの機体に登録した時は、祐二と一緒になれたという満足感のみが感じられた。だが、祐二がパイロットとして飛び出して行った後で、戦闘音に包まれる格納庫に入ると、自分はもう戦う事が業となってしまったのだ、という実感が強く湧いてきた。
彼の言っていた通り、操縦方法は手続き記憶のようで、今モーションを頭の中で組み立てようとしても出来ない。だが、実際に動かしてみろと言われたら出来るような自信は、怖い程はっきりと脳裏に根付いていた。
カエラはふうっと息を吐き出すと、右手で片方の胸をぎゅっと掴んだ。心臓の傍で蠢動していた異物感が、体温に溶かされるかの如く小さくなっていく。
自分はもう、登録をごまかす事は出来ないのだ。このままでは祐二にも、いずれ限界が訪れる。ならば、自分に出来る事をしなければならない。
──アイドルとしてデビューするなら、その顔じゃ売れないよ。
──十年間進歩し続けろっていうのも、まあ無理な話よね。
──もう辞めろ、カエラ。この戦時中、水商売には限界がある。
今まで掛けられてきた、心ない言葉たちが蘇ってくる。
あの時も、あの時も、あの時も、自分には何も出来なかったけれど。
(今の私は……!)
カエラはスーツに四肢を通し、操縦桿を握る。肩甲骨にコネクタが打ち込まれ、脳に例の思考回路が形成される。
足を踏み出し、自動で開いたシャッターを抜けてデッキに出る。カタパルトに脚部を乗せ、宇宙空間へと射出される。いつの間にか青く色が付いていたパーツの接続部から、同色の光芒が筋を引いた。
(最初はあれね)
船内に居た時、最大規模の爆撃を喰らわせてきた連合軍の巨大戦闘機、ハイラプター。ディベルバイスを脅し、過激派の機体を牽制するようにブリッジのすぐ外を旋回しているそれを、カエラはスコープの中に閉じ込めた。
スペルプリマーの腰の辺りに腕をやり、主武装を引き出す。スコープを覗いている為直視は出来なかったが、弓の形状だとすぐに分かった。左手でそれをハイラプターに向けつつ、右手で弓弦を引く。重力の干渉により、弓柄の部分から発生したエナジーが細く、矢の形に収束する。
「………っ!」
無音の気合いと共に射ると、巨大な矢はハイラプターの中心を射抜き、強く発光した後、赤黒い球体を発生させて機体を包み込んだ。敵機が圧潰し、爆散する。
やった、と感じる間もなくカエラは真上に跳躍し、ブリッジの窓の前まで飛び上がった。通信機を弄り、ブリッジに連絡を入れる。
「ユーゲント、聞こえますか? 私……カエラ・ルキフェル、出撃します」
『カエラちゃん!?』
ラボニ先輩が目を丸くしたのが、ここからでも分かる。
『ルキフェル……あんた、自分が何をしているのか分かっているのか?』
ヨルゲン先輩が、動揺しているような声を出した。続く何かの言葉が飛び出しかけたが、すぐにウェーバー先輩が『ヨルゲンさん』と彼を諫めた。
『この件については事後、じっくりと話を聴かせて頂きます。今は、目下の我々の戦力として戦って下さい』
「アイ・コピーです、先輩!」
カエラは機体を旋回させ、ディベルバイスから離れる。一キロ程距離を開けると、振り向き、船の周囲を飛び回っているバーデやケーゼを睨む。幸いハイラプターのような大型は、他には居ないらしい。
「一つ……二つ……三つ!」
矢を番えるという手間が省けるのはありがたい。連続して全ての敵機を墜とし、問題のドラゴニアの方を向く。バーデが鳥葬の如く空母に群がっているのは、少々気味の悪い光景だった。
ここから撃って爆発させたら、ドラゴニア本体まで巻き込んでしまう。近接戦に持ち込むしかないか、と思い、再び前進する。
偵察隊の七人があの小型ヒッグスビブロメーターを持って行ったはずだ、と考え、通信チャンネルを切り替える。ヒッグス通信としてはブリッジで受信するディベルバイス本体のものと、小型のスペア、そして他のスペルプリマー四機が連絡先として登録されていた。
「マリー先輩、テン先輩、聞こえますか?」
『誰だ、その声は……』テン先輩の声が聞こえる。
「私です! カエラですよ!」
カエラは叫びつつ、ドラゴニアに接近する。バーデの一機を引き剝がし、手の中で重力バリアを発動して圧し潰す。二十メートル近くある攻撃空母を包囲網から引っ張り出すのは不可能だろうが、道なら作る事が出来る。
「詳しい事は後からお話しします、先輩方の報告と一緒に! ですからまず、ディベルバイスに戻る事を考えて下さい! 追って行く奴は私が撃ちますから!」
また一機、バーデを破壊。ドラゴニアに群がっていた過激派はこちらを新たな脅威と見たらしく、大車輪の如く旋回して上空から機銃を放ってきた。
「離れてくれると助かるのよ、私は!」
後方に宙返りし、距離を取る。足の下をドラゴニアが通過して行ったのを確認すると、一塊になって向かってきたバーデに向かって弓弦を引き絞る。どうやらこのモーションが、矢のエナジーチャージの合図らしい。
カエラは二号機を後退させながら、極太の光の柱となった矢を構え続ける。そして追手のバーデ全てがスコープに入った瞬間、それを撃ち出した。
ユニットのすぐ近くに、ブラックホールを見る事が出来たらこのような姿だろう、というような闇の球体が出現した。歪曲した空間の巻き込む光が赤く発光し、戦域に居る全ての者がその瞬間、殺し合いを停止した。