『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク⑧
* * *
店の外に駆け出そうとした時、このネカフェを含むビルの上層で爆発が起こったらしく、コンクリートやガラスの破片が雨の如く降り注いできた。踏み出しかけた足を慌てて引っ込めたマリーだったが、最初に地面に到達したガラス片は剝き出しの太腿を鋭く切り裂いた。
「……っ!」
「マリー!」
「先輩!」
テン、クララが叫ぶ。マリーは彼らに「大丈夫」と短く答えると、服の裾で流れる血液を拭い、上を見上げた。
そこに、ラトリア・ルミレースのバーデが飛行していた。駐在軍と思しきケーゼやUH – 32L キルシュ(軍用ヘリ)がそれを追い駆けるように飛び、ハーケンで攻撃を仕掛けている。
外壁が破れる可能性がある以上ユニット内での発砲はご法度となっている為、あのような戦い方しか出来ないのだろうが、過激派にそのような法は通用しない。容赦なくビームガンの発砲を行い、回避を躊躇う連合軍の機体を撃墜していく。
今まさに一機のヘリが破壊され、通りの向こうにある芝生の広場にその破片が落下した。観光客と思しき学生集団が逃げるが、間に合わず地面での爆発に巻き込まれ、吹き飛んでコンクリートに叩き付けられた。
「マリー、皆、こっちだ!」
テンが、路地裏の方を指差す。狭い所では逃げ場がないので危ないのでは、と思ったが、奥をちらりと覗くと、その向こうは広い通りでクラフトポートの方に繋がっているようだった。
七人で一列になり、駆け出す。テンが先頭、マリーはしんがりを務め、ヒッグス通信を起動して外に居るユーゲントと通信を繋ぐ。
「こちら偵察部隊、マリー・スーン。大変よ、ユニットがラトリア・ルミレースに攻撃を受けてる!」
すぐに、ヨルゲンから応答がある。
『見えたよ、ユニット二・一の外壁に穴が開いたのが! こっちも過激派に攻撃を受けてる、多分エギド・セントーの部隊だ! 渡海がスペルプリマーで出撃したから、もうすぐそっちに救出に向かう!』
穴? マリーは走りながら、空を見上げる。
路地裏を抜けた時、人工の空の一角に漆黒の穴が開き、そこから空気が漏出しているのが見えた。突風に巻き込まれた人々と思しき影が、その周辺に小さく浮かんでいる。
過激派のバーデたちは拡散弾を大量にばら撒いて建造物を次々に爆散させ、ビームで地面のコンクリートを溶かし、液状化した灼熱の中に通行人を埋没させていく。ホテルから窓の外を窺っている人が居る、と思った時、その窓にビームが飛んできて、その人のシルエットを跡形もなく掻き消した。
「虐殺じゃない……こんなの……!」
過激派は本当に、自分たちを追ってきたのだろうか、と思った。自分たちのせいで、罪なき民間人たちが殺戮されているのだろうか。
『宇宙連合軍が来た! 多分、リージョン二系列の他のユニットから来た駐在部隊だと思う。パトロールをしていたみたいだが、一体何の為だ?』
「ヨルゲン、あのね……」
自分たちが、テロリストだと報道されている。そう伝えようとしたが、マリーは言葉が出なかった。未だに胸の内に、真実からの逃避願望があるのだと考えると、よりこの悪夢が強調されるようだった。
『マリー先輩、聞こえますか!?』
聞き慣れた声が、通信に割り込んできた。渡海祐二、外で戦っているというスペルプリマーのパイロット。
「え、ええ。渡海君、連合軍が見えているそうね?」
『はい、彼らもこのユニットに……』
「駄目! 彼らは敵なの、もう連合軍に、私たちの味方は居ないのよ!」
何とか、そう口に出す事が出来た。だがそう言った瞬間、反動のように悪寒が全身を包み込んだ。渡海が息を呑む音が回線を伝わってくる。
「今ここで、駐在連合軍が過激派と戦ってる! お願い渡海君、このユニットの皆を助けて! このままじゃ皆……!」
言いかけた時、空の穴からスペルプリマーが現れた。後ろから数機の戦闘機が着いて来るが、金属の巨人は振り向きざまに抜刀し、その群れを一気に爆散させる。穴は広がったが、重力操作で周辺の壁が曲げられると、元の大きさに縮んだ。
『先輩方! ショーン! 何処に居る!?』
「ここだーっ! 祐二、ここ、ここ!」
ショーンが、大きくジャンプしながら手を振り上げる。
スペルプリマーはこちらに飛行し、バーデの一機を切り裂いて屠った。
「渡海君、こっちよ! メインストリートの港側、そっちから見てネカフェのあるビルの裏手!」
そこで彼もこちらに気付いたらしい、人々の逃げ惑う通りの中央に、着陸すれすれまで高度を下げてきた。
『先輩! 皆無事ですか?』
「大怪我をした人は居ないわ。だけど、急がないと危ないかも」
『さっきは何を言いかけたんですか? 連合軍はもう完全に敵だとか、僕たちはやっぱり見捨てられたって事ですか?』
渡海祐二は早口で聞いてくる。マリーが答えようとした時、テンが袖を引いた。
「後で話す! だから、今は生き延びる事だけを考えるんだ。理由は後での話に含めるが、今ここで俺たち以外に戦っている奴は皆敵だ。容赦するな!」
渡海は彼の言葉を反芻するように黙り込んでいたが、やがてスペルプリマーの頭部を微かに肯くように引き、くるりと向きを変えて飛び去って行った。
⑦ヨルゲン・ルン
「ユニット二・一、クラフトポートからドラゴニアが出てきました! ディベルバイス、受け入れ準備を!」
ラボニが叫ぶ声を聴きながら、ヨルゲンはブリッジ正面の窓を見つめた。霧の如く群がっているバーデやケーゼは互いに撃ち合いを行っているが、これはディベルバイスを攻撃する準備に他ならない。
現在でも、主戦場を離れた戦闘機が時折ディベルバイスに接近しては攻撃を仕掛けてくる。ヨルゲンがパーティクルフィールドを展開し、その隙に神稲伊織ら射撃組がビームマシンガンを撃つという連携方法で戦っているが、シールド展開中に射撃が出来ないという点では、物量でこちらに勝る敵に対しては劣勢にならざるを得ない。どうしても射撃のタイミングで、死角から敵の銃撃を受ける。
先程、スペルプリマーが突入した後でマリーたちから通信があり、宇宙連合軍は全て自分たちの敵となったので躊躇なく撃墜しろ、という事を言われた。時間がない為理由は後で話すというが、その事を射撃組に伝えてもなかなか生徒たちは納得出来ない様子だった。
同じ護星機士を殺したくない、という本能や良心よりも、現実を否定したいという逃避願望がその裏付けのようだった。ここでケーゼを撃ち落としたら、本当に自分たちに救いがなくなった事を認めるようなものではないのか、という。彼らのそういった、一種の恐怖が射撃を躊躇わせ、現在はシオンが半ば彼らを叱咤する形で戦わせているような有様だった。
それにパーティクルフィールドにも、一箇所で長く使えないという問題がある。常にユニット周辺宙域を巡回させねばならず、射撃組の狙いを外しやすい。
『ブリッジ、もう限界よ! 被弾しすぎてる、機銃本体に当たったら外壁が吹き飛んじゃいそう! この子たちももう限界に近いし……』
機銃室のシオンから通信が入る。その音声には、射撃組が慌てふためいているような雑音が混ざっていた。
ヨルゲンは顔を上げ、戦域を突っ切ろうとするドラゴニアを見つめた。彼らは覚悟を決めたかのように、高火力の機銃をケーゼ群に放っている。ケーゼが一機爆散する度に、現実にひびが入っていくように感じられた。
「シオン、諦めずに弾幕を維持しろ! ドラゴニアが戻ってきたら、渡海を回収してリージョン二を離れる! もう少しの辛抱だ! テン、マリー、まだ抜けられそうにないのか!?」
『数が多すぎる! こっちにはシールドはないし、戦域を横断するのはキツい!』
テンの答えが返ってきた時、ジェイソンがこちらに走ってきた。
「ヨルゲン、重レーザー砲を使おう。幸いと言っていいのか分からんが、連合軍と過激派がやり合っている今のうちなら、射線上に敵が密集している。突破口を開く事が出来る!」
「駄目です」彼に応じたのは、ウェーバーだった。
「駄目、だと?」
「以前ヨルゲンさんも言ったでしょう。重レーザー砲のエネルギー源はパーティクルフィールドと同じく、宇宙空間に漂う粒子です。質量とエネルギーの等価性により、膨大な粒子を熱変換して放つものです。重砲を使えば、ディベルバイスは暫らくシールドを展開する事が出来なくなります」
「何より、ユニットを巻き込んでしまうだろう」
ヨルゲンも、焦燥から来る苛立ちを抑え込みながら言った。何故ジェイソンはこのような状況で、目先の事しか考えられないのだろう、と歯痒い気分だった。
「ドラゴニアが無事に戻ってきさえすれば、あの中で戦っている渡海を帰投させられるんだろう? これ以上奴らと戦わずに、ここから離れられるんだろう? な、少し角度を調整するとか何とかして……重砲の威力とやらを見せつければ、敵も退散するかもしれないし……」
「簡単に言うなよ。見ているだけのお前には分からないだろうが、俺たちだって必死に細かい計算をしながらこのパターンを維持しているんだ。時短目的だけの賭けに、そう易々と出る訳には行かねえんだよ」
答えつつ、シオンに再度状況報告を頼む。指は、それに応じてシールドの展開箇所を設定し続ける。
「回頭完了、正面にユニット二・一を捉えました」
ウェーバーが簡潔に告げた。
「ほら見ろ、元に戻ってしまったじゃないか! 重砲はもう角度的に使えない……どうするんだよ、ウェーバー! 私たちはここから、ちゃんと脱出出来るのか!?」
「その為に今、手を尽くしているところです」
「ああ……どうして私がこんな目に。駄目だ、これじゃ物量で押し負ける……どうして宇宙連合軍は我々を苛めるんだ! 助けてくれ、誰か!!」
ジェイソンが頭を抱えて叫んだ時、ヨルゲンの中で何かがぷつりと切れた。
「黙っていろ、マニュアル通りの事しか出来ねえ低能め!」
「ヨルゲン……?」
「何もしてねえ癖に、俺たちが必死でやっているところに水を差すんじゃねえ! 耳障りなんだよ、その喚き声が!」
「落ち着いてヨルゲン、シールド!」
ティプが叫んだ時、はっと我に返った。ヤバい、と思った時には、頭上から轟音と震動が襲ってきて骨を痺れさせた。
「前方上部、この真上に被弾しました! 衝撃からして巡航ミサイル、爆撃してきたのはUF – 7 ハイラプターです!」
ウェーバーの説明に、奥歯がぎりぎりと鳴る。
親衛隊専用機メタラプターを、コスト削減を図って簡略化した機体。大きさや火力は先日戦ったメタラプターに劣るものの、尉官以上なら誰でも搭乗出来る為何処にでも出現する。各ユニットに駐在する宇宙連合軍が敵になったというのなら、真に警戒すべきはこのハイラプターだ。
『助けて、皆!』
窓の外に、今爆撃を仕掛けてきたと思われる機体が旋回するのを見た時、ほぼ同時に通信機からマリーの悲鳴が聞こえた。目線を固定したまま焦点を奥に向けると、ドラゴニアは殆どバーデに覆われ、動きを奪われていた。あたかも、肉食鳥に集られる獲物のようだ。
『ラボニ! ウェーバー! ダーク! ……アンジュ』
「マリー!」
最後の方の悲痛な声に、ヨルゲンはぐっと胸を締め付けられる。
……駄目か。ドラゴニアは沈むのか。自分たちがやってきた事は、気休めに過ぎなかったのか。自分たちはまた、仲間を失ってしまうのか。
(ガストン……!)
亡き友人の顔が頭に浮かび、ヨルゲンはぐっと目を瞑った。
と、その時、瞼の向こうの漆黒の中に、一筋青い光が走ったように見えた。
「あれは……?」
ラボニの声に、ヨルゲンは恐る恐る目を開ける。その瞬間窓のすぐ外でハイラプターが爆散し、光が網膜に焼き付いて咄嗟にまた瞳を覆った。
『ユーゲント、聞こえますか? 私……カエラ・ルキフェル、出撃します』
一瞬で敵を屠った青いカラーリングの人型機動兵器──スペルプリマー二号機は窓の前で、ステージから観客にお辞儀をするように上体を折った。