『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク⑦
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デパート内のインターネットカフェに入り、備え付けのPCにHMEから画像データを転送する。コラボユニット全域で閲覧されている掲示板サイト「ユニザイル」を開き、マリーが文言を考えた。
『第一二四代護星機士ユーゲント、只今リバブルエリアの訓練生たちとリージョン二に居ます。ご心配をお掛けして申し訳ありません、私たちは元気にやっています。教官たちは居なくなってしまったけれど、生徒の皆は無事です。
私たちはあの日、地球圏防衛庁長官サウロ氏の命により、地球に超大型宇宙船ディベルバイスを輸送していました。現在私たちが乗っている船が、それです。この約半月間、戦場のただ中を旅してきました。宇宙連合からの可及的速やかな救助を、一同心から待ち望んでいます』
気の利いた表現などは考え付かなかったが、自分たちが無事である事、助けを求めている事は簡潔に伝わるのではないか、と思った。何度か読み直し、周囲に怪しい者の姿がないかを確認して、送信ボタンを押す。
「2599/5/19」という今日の日付と共に、掲示板にメッセージと写真が投稿された。
ユニザイルには「トレンド」として、人々の関心を顕著に反映した単語を自動検出する機能があるが、そこを見た限り連日「宇宙戦争」「地球」「養成所」「リバブルエリア」「リーヴァンデイン倒壊」といった言葉が並んでいた。半月分を見ると、毎日のようにそれらの投稿がされている。余程自分たちの安否に関心が集められていたらしい、これならすぐに何かしらのレスポンスがあるに違いない、と、七人の誰もが思っただろう。
だが、そこから間もなくユニザイルが示した反応は、マリーが予想だにしないものだった。
「えっ……?」
投稿から僅かに希望を抱いた数秒間のうちに、投稿が掻き消えたのだ。「生存報告をします」と付けたスレッドの題名も、たちまち削除される。
「書き込みが消えた……?」
これ自体は不思議な現象ではない。ユニザイルを始めとするSNSや掲示板の運営会社は、公共良俗に反すると報告があった投稿を削除する事がある。だが、今のはあまりにも対応が早すぎた。
「不具合?」
クララが発した声は、どうかそうであってくれという願望を孕んだものだった。マリーはもう一度写真を添付し、『こちらユーゲント、リバブルエリアの護星機士訓練生たちは無事です』と書き込んでみる。
だがまたもや、投稿した瞬間にその書き込みは削除された。
「マリー、検索だ」テンが、突然焦燥に満ちた早口でそう言った。
「え、何て?」
「宇宙連合軍とラトリア・ルミレースの戦争について。ブリークス大佐が、俺たちについて何か言っているかもしれない」
そうだ、先に状況を把握しておかねば。
マリーは検索エンジンを起動し、「宇宙戦争」「最新情報」など複数のワードで検索を掛けてみる。いちばん上に表示された、連合が出している国際ニュースサイトを開くと、次のような内容が記されていた。
『新型戦艦奪取の過激派、月軌道を通過か
今月九日、連合軍総司令官ブリークス・デスモス大佐のガイス・グラは、宇宙連合総本部ボストークに接近したラトリア・ルミレースの特殊攻撃部隊と交戦し、辛くもこれを退けた。過激派はその後行方を晦ましていたが、昨日リージョン二が管理する擬岩衛星に、それと思われる船影の通過が確認された。
司令部は太陽系圏全域に発令した戦犯指名手配を継続すると共に、本日のグリニッジ標準時で日付が変わる時刻を持ち、交戦規定フェイズ三を発動。これにより各ユニット駐在軍は、SF系攻撃空母の投入とマルドゥーク級ミサイルの使用、並びにその場でのテロリストの殺害が可能となる。
大佐は月面各都市の奪還に向けて指揮を執ると同時に、各戦闘員に向けて引き続き警戒を怠らぬよう求めている』
記事の下に、擬岩衛星マカロンが撮影した写真が添付されていた。そこに小さく映っている船影を見て、マリーの戦慄はピークに達する。
「これは……ディベルバイスだ」
ポリタンが、青褪めた顔を上げてそう呟いた。「俺たちが、過激派として扱われている……?」
マリーはニュースサイトの記事を遡り、決定的な言葉が書かれているものを探す。ディベルバイスがガイス・グラと交戦した今日から十日前の辺りに見当を付け、注意深く目を通していくと、それは発見された。
『過激派、宇宙連合軍の新型宇宙戦艦を奪取
今月四日にリーヴァンデインを襲撃したラトリア・ルミレース、月面制圧部隊の一部勢力が、ビードルに安置されていた連合軍の新型宇宙戦艦を奪取していた事が明らかになった。同戦艦は軍がビードルを軌道から離脱させた際、既に行方不明となっており、ガイス・グラ隊が懸命な捜索を行っていたものである。
昨日この船がボストークに接近し、連合軍総司令官ブリークス・デスモス大佐が直接率いる部隊と戦闘を繰り広げた。連合軍はケーゼ二機を破壊される被害を被りながらも過激派に辛勝。過激派は衛星軌道を離脱し、地球の公転軌道外へと逃亡した。この戦いで、本庁配属機動部隊少佐・綾文廉三氏(五十一)が戦死。
尚、この特殊攻撃部隊にはビードル内で遺体が発見されたサウロ大将の殺害疑惑も掛かっており、司令部はこれを準一級戦犯として太陽系圏全域に指名手配を発令。船は発見され次第拘束するよう、徹底した呼び掛けがされている』
添付されていた画像は、はっきりとしたディベルバイスのものだった。
誰もが読み終わった時、音を伝達する空気がなくなったかのような沈黙が部屋を支配した。極私的空間を作り出すよう外部との音が遮断されたネカフェの仕様が、より自分たちの沈黙に重厚さを与えていた。
最初にその沈黙を破ったのは、テンだった。
「連合は、ブリークスの情報操作に踊らされているんだ。ガイス・グラと戦った時、俺たちははっきりと向こうに、船に乗っているのは未成年だけだと伝えた。だがそれを聞いたのは、ブリークスだけだ。彼が情報を隠蔽して連合に虚偽の報告をすれば、そのまま信じられてしまう……」
「情報操作……」
何気ない熟語の組み合わせなのに、何故これ程不吉な化学反応を起こす言葉なのだろう。
「見ろ、ここには『ケーゼ二機を破壊される被害』とある。だが渡海と戦った戦闘機は、メタラプターだった。軍お得意の方法だよ、被害を強調しながらも、人民を弱気にさせないように図っている」
「じゃあ、サウロ長官が……死んだっていうのは?」
この記事によって、自分たちへの攻撃はブリークス大佐の独断である可能性が一気に増した。だが、ならば何故サウロ長官は彼を抑止せず、情報操作を許したのか。
答えは明らかだった。
サウロ長官の死亡とは、
「真実だろうな」
テンが、残酷な事実を肯定し、止めを刺した。
「ブリークスの反乱──連合の大部分には、これが反乱だという事すら分からないだろうがな──が、何故このタイミングで起こったのかは分からない。サウロ長官が死んで結果的に現在の司令部が力を持つ事になったのか、或いは……」
彼はそこで口を噤んだ。訓練生たちも居るので、これ以上怖がらせない為にそのような事をしたのかもしれないが、マリーには彼の考えた事が分かった。恐らくこう言おうとしたのだろう。
──前々から反乱を起こす事は決まっていて、過激派の行動のどさくさに紛れてブリークス本人が長官を暗殺したのか。
一度疑い出すと、全てが怪しく見えてくる。
月面都市オルドリンが陥落した時、ガイス・グラは既に出撃していた。だが、その援軍が到着する間もなくラトリア・ルミレースが優位に立ち、その翌日にはもうあの事件が起こった。過激派の強攻策が成功したのも、ブリークス大佐が長官を葬る為にわざと見過ごしたからではないのか。
「……これで、書き込みが上手く行かない理由もはっきりしましたね、先輩」
グルードマンが、重々しく唸った。
「戦犯指名手配と、交戦規定フェイズ三の発動。これは民間にも影響を与えます。ネットの動きから犯人の足取りを追ったりする為に、通信機器販売会社がセキュリティ上設けているバックドアの使用権限について貸借があったり、ネット上への書き込みをリアルタイムで監視したり……とか」
「自動削除プログラムか」
ポリタンが指を鳴らす。
「ある事柄から連想される複数のキーワードを用意して、それが幾つか同時に含まれている書き込みを人工知能に検出させ、削除させる。ネットのリアルタイム監視とバックドア使用権限があれば、容易にこのプログラムを使用出来る」
「じゃ、じゃあ……これもブリークス大佐が、あたしたちディベルバイス乗組員の正体が分からないように、連合を騙す為の措置だって事?」
クララが、誰に尋ねるともなく言った。
「そして連合は、発動した規定に基づいてこれらの行動を認めている。ブリークスは今や、連合の陰の支配者だ」
テンがそう言った瞬間、突然外から爆発音が響いてきた。衝撃が建物にも叩き付けたらしく、壁がビリビリと震動する。
「何だ、いきなり!?」
外の物音をシャットアウトする壁ですら遮断しきれない轟音と、衝撃波。事態は、すぐ近くで発生しているらしい。
「……まさか、書き込みで俺たちがここに居る事がバレた?」
「それでも早すぎますよ。まさか……」
マリーも、予想が付いた。ここは月軌道の外、そして月には、自分たちを最初に攻撃してきた者たちが居る。
「とにかく、急いで外に出ましょう」
テンたちを促し、誰よりも最初に個室のドアを開けた。