『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク⑥
⑥マリー・スーン
「……アンジュ、ダーク、入ってもいい?」
作業船格納庫の前で呼び掛けると、中からダークの低い声で「ああ」という返事が聞こえてきた。「但し、お前一人だ」
「アンジュが取られている以上、端からあなたたちをどうしようなんて考えていないわよ……」
独りごち、扉を開けて中へ入る。
格納庫内は段ボールやお菓子の袋が床に散乱し、壁にはスプレーで銃と剣から成る逆十字、ダークギルドの紋章が描かれていた。ケイトが床に寝そべって、男性アイドルと思しき美青年が表紙を飾っている雑誌を読み、その脇でトレイが口紅を塗っている。眼帯のボーンが、詩集を読んでいるアンジュの横で何かを喋っており、ダークは屈み込んだままこちらを向き、銃身を肩に当てていた。他のギルドのメンバーたちはドラゴニアの中に居るのか、姿が見えない。
「マリー」
アンジュが、こちらに小さく手を振る。随分と散らかしたものだな、などと考えながら、マリーは同じように手を振り返した。
「あのね、ダーク。もうリージョン二、ユニット二・一に着くんだけど、ディベルバイスがブリークス大佐に見られている以上、念の為この船でいきなり乗り込むのはやめようっていう意見が出たの」
「……渡海祐二が、そう言ったのか?」
マリーは目を丸くする。「よく分かったわね」
「ジェイソン・ウィドウが、そのような事を言うはずがないだろうからな」
「それは……まあ、そうなんだけど」
違う違う、と頭を振り、逸れかけた話を軌道修正する。
「それでね、偵察としてガンマを出そうって話になったの。ディベルバイスじゃネットに書き込む事も、電話やHMEで助けを求める事も出来ないけど、こっそりユニットの中に入れば出来るだろうし。だからここ、発進の為に使わせて貰ってもいいかしら?」
また「断る」などと言い出さないよな、と思っていると、ダークから予想外の言葉が掛けられた。
「何故、ドラゴニアを使おうとしない?」
「えっ?」
声を出したのは、アンジュも自分と同じだった。「いいの?」
「宇宙連合軍が俺たちに気付かぬとも限らない。ならば、武装を持ったドラゴニアの方がいいだろう。偵察隊には、誰が加わる予定だ?」
「えっと……私とテン、訓練生のショーン君とグルードマン君、クララさん」
振り返ると、格納庫入口で既に宇宙服を重ね着した彼らが待っていた。
「ポリタンとキムを同行させる」
ダークは言うと、ドラゴニアをちらりと窺った。
マリーはアンジュの方をちらりと見、目線で無言の問い掛けを行う。彼女は、分からない、と言うかのように首を傾げた。
(何が目的なんだろう……?)
如何にダークギルドが警戒していたとしても、個人的な主張はともかくユーゲントの総意として、自分たちは彼らに手出しをするつもりはない。だがダークの提案は、こちらを試すかのように自分たちの戦力を割くものだった。
ダークが急に協力的になった、などと楽観視するつもりはない。何かの罠ではないのか、という警戒も無論ある。
(もしかして、本当に私たちを試そうとしているの?)
それならば好都合だ。彼らの力が借りられるなら、大いに協力して貰おう。こちらが何もしない限り、彼らとドラゴニアは貴重な戦力になるのだから。
マリーは表情を引き締め、再度アンジュを窺う。彼女は袖口を指先で弄りながら考え込んでいたようだったが、やがて小さく顎を引いた。
「じゃあ、ダーク。そうして貰える? あなたたちの船は、壊さないように気を付けるから」
「その為にあの二人を付けるんだ」
ダークは、先程と全く変わらない無愛想な口調で言った。
* * *
ポリタン、キムの操舵により、マリーたちの動かした事のないドラゴニア攻撃空母は何のトラブルもなくクラフトポートに着艦する事が出来た。
宇宙連合軍の軍用船であり、カスタムされてダークギルドの紋章が描かれていては怪しまれるのではないか、と着く段階になって気付いたが、幸い誘導係は見咎めはしなかった。マリーやテンも私服を着ていたし、着艦許可を要請した時点で向こうから民間人の船だと思われていたのかもしれない。
「何だかリバブルエリアの商業区域みたいだなあ……ユニット二・一は観光スポットなのか」
ショーンが、目を輝かせながら言う。約半月ぶりに、人工的とはいえ青い空を見上げ、地面に足を付けて外を歩ける事に気分が高揚しているらしい。
「リージョンごとに違いはあるけど、大体一番目のユニットは外から来た観光客なんかを歓迎する為の場所だからな。まあ、リージョン二はモノ作りが盛んだから、特に観光エリアも大規模なんだけど」
テンが、感慨深そうな表情で屹立するビル群を見上げて答えた。そう言う彼もこの都市の事は知識としてのみ知っていたようで、実際に足を運んだ事に色々と感じるものがあったのだろう。
一同は、何処か懐かしさすら覚える光景に向かって歩き始める。マリーはスーツケースを引いていたが、これは例の小型ヒッグスビブロメーターをあり合わせの機材で偽装したものだった。
「……さて、と。まず駐在している護星機士団の確認と、HMEでの外部との連絡って言いましたよね」
港を離れ、街中に入ると、最初にキムが言った。ギルドではダークたちと同様のアウトローに見えていたが、実際には新入りの為、手下のような作業を行っている事が多かったらしく、自分やテンに対しては腰が低い。
「宇宙連合にHMEを送るのは、やめた方がいいかもしれないな。何処までが敵で何処からが味方か分からないし、ブリークス大佐がボストークで反乱を起こしたのだとしたら、連合に入れた俺たちのメッセージを削除するかもしれません」
「つってもなあ……このHME、個人的な親戚や知人には送れねえんだよ」
グルードマンは、訓練生用に支給された端末を指で叩く。
「元々、天蓋の上がヴィペラの雲だから電波は使えないし、リバブルエリアに個人の携帯電話を持ってきてもあんまり意味がなくてさ。このHMEだって、地球じゃリーヴァンデインのトンネルが宇宙まで直通している養成所内でしかボストークには連絡出来ないし、使用目的はエリア内の街で訓練生仲間と連絡を取り合う事が主に想定されているんだよな」
「あれ、でも養成所にはコイン入れて使える電話があったとか」
「本当はヒッグス通信だよ。『電話』っていうのは、電波を使った通信装置っていう原義通りの意味じゃなくて、使い方としての一般的な呼び方。ほら、消しゴムはプラスチックで出来ているけど、皆『ゴム』って呼ぶだろ?」
「なるほど」
「ってな訳で知人に俺たちの無事を知らせようにも、連絡先がない。あんたたちは、誰か番号が通じそうな人居ねえの?」
ショーンが尋ねると、ポリタンが申し訳なさそうに言った。
「ダークに拾われた俺たち、皆身寄りのない奴ばっかりなんです。一応通じる奴は居ますけど……ジャバ・ウォーカー、いや、やっぱり何でもないです。あの人は裏社会の人間だから……」
「となると、連合以外の特定の個人に連絡出来る望みは薄い訳か」
テンが言った時、
「あのー……」不意にクララが手を挙げた。
「あたしたちで写真撮って、ネットに流すのはどうでしょうか? ユーゲントの先輩方の顔は連合の情報として公開されていますし、あたしたちも護星機士訓練課程に及第しているっていう情報は一定数以上に伝えていますから、ディベルバイスの皆が生きているって事を公表出来ます」
マリーは、テンと顔を見合わせた。確かに、情報の拡散速度で言えばネットに勝るものはない。もし、自分たちを狙っている存在が情報を隠蔽しようとしても、一度不特定多数の人が信じればそれを覆す事は容易ではない。自分たちが生きており、ディベルバイスで旅をしているという事が分かれば、ブリークス大佐らもこちらを攻撃しにくくなるかもしれない。
だがこれは、危険な賭けかもしれない。サウロ長官ですら隠そうとしていた、宇宙連合の機密であるらしいディベルバイスの存在が公になれば、仮にブリークス大佐以外の連合軍が敵ではなかったとしても、彼らを証拠隠滅に駆り立てる事になるだろう。敵を増やしてしまう可能性も否めない。
「ブリークスが気付くのが早いか、民衆があたしたちに同情してくれるのが早いかのギャンブルではあるんですけれど」
「どちらにせよ今のままじゃ埒が明かねえんだ、やってみようぜ」
ショーンは、あまり考えてもいなさそうに言う。だが確かに、HMEを持っているのが訓練生たちのみだという事、彼らの端末に宇宙連合以外の連絡先がない事などを考えると、手段がない事はどうしようもなかった。
「……失敗したら、渡海にまた負担を掛けちまうな」
ぼやいたテンの声には、生徒たちを自分たちユーゲントが守ると宣言しておきながら、守りの要という役割を渡海祐二とスペルプリマーに依存している事について忸怩たるものを感じているようなニュアンスが感じ取られた。
「成功する可能性だって、同じくらいあるわよ」マリーは励ます。「それに役割分担だって、私たちが指示を出さないと出来ない事でしょう。渡海君を通じて、私たちだってちゃんと戦っているんだから」
マリーたち七人は街中を歩き、場所が分かりやすいデパートの前まで来ると、ユーゲント二人を中心にして並んだ。キムが、HMEに内蔵されている簡易カメラを起動して正面に立つ。
「撮りますよー。……セイ、チーズ!」
国際規格の掛け声で撮影された写真を見返すと、目一杯元気そうに装った自分たちの顔は、お世辞にも上手く行っているとは言いにくかった。