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『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク④

 ④美咲恵留


 千花菜が下膳の為に席を外すと、伊織は途端に緊張が解けたように、椅子の背凭れに沈み込んだ。深々と溜め息まで()くので、恵留は苦笑せざるを得ない。

「そんなに心配だったの、祐二君とカエラの事?」

「心配なんてもんじゃない。厨房に最初に入った奴がショーンと和幸だったから良かったけど、千花菜に写真を見られていたら修羅場だったぞ」

 脱力から立ち直ると、彼は腕を組んだ。

「祐二もけしからん奴だなあ……モテ期到来か? スペルプリマーで戦うようになってからは、船の皆にとっては救世主みたいなものだもんな」

「……妬いてるの、伊織君?」

 少々、面白くない。

 恵留が唇を尖らせるようにすると、彼は慌てたように両手を振った。

「ああ、違う違う。確かにカエラは可愛いけど、それはテレビで見ていた頃の延長であってだな……ああ、そっか。恵留以外の子にこういう事言っちゃ駄目だって、祐二に言われたんだっけ」

「えっ? それって……」

 恵留以外? 思わず、頰に熱い血液が昇ってくるのを感じた。伊織も自分の言った事に気付いたらしく、更に狼狽して視線を逸らす。

 余計な事に、そこで恵留は自分と伊織が、自室に二人きりである事を思い出した。

「祐二の奴、あんな事言うから……」

 伊織の顔が赤くなっている。やっと気付いてくれたか、と恵留は思った。

「あの……ね、伊織君」意を決し、口を開いてみる。

「何だ?」

「祐二君が、あたしたちを守ってくれる事は分かってる。だけどね、あたしそれでも伊織君から、『俺が守ってやる』って言われたいよ。だって怖いもん、誰が敵で誰が味方か分からないし、先輩たちも旅が終わらないかもって思っているみたいだし……誰を信じていいのか、分かんない」

 なんて、回りくどい言い方なのだろう。恵留は自分の口下手さにもどかしさを覚えるが、言い出したからには止められなかった。

「あたし、千花菜ちゃんが羨ましいよ。祐二君が居るんだもん……あんなロボットを動かして戦えるような人が。今までずっと祐二君の事、伊織君に引っ張って貰っているんだって思ってた。だけど、彼だって千花菜ちゃんの為にああやって戦おうとしているんだもんね。……あたしも、あんな(ふう)に守ってくれるんだって思える人が居て欲しい。それが……伊織君だったらいい……」

 伊織の顔が直視出来ない。体から熱がぶわっと舞うのを感じ、椅子の上で膝を立てて小さく蹲り、その間に顔を(うず)める。目だけをちらりと動かして彼の方を見ると、困ったように視線を左右させていた。

「俺は……無力だよ。たかが射撃組の筆頭ってだけだし、無責任な事を言う訳には行かない。恵留は、こんな俺でいいのかよ?」

「いいの! 何が出来なくたっていい……ただ、こんなに味方だと思っていた人たちがどんどん信じられなくなっていく中で、この人だけは信じていいんだって思える人が、伊織君だったらいいの」

「そ、それじゃあ……」

 伊織は、いつもの陽性な性格は何処へやらという程動揺していた。祐二が彼に何を言ったのか気になるが、自分の気持ちを暗に知らせてくれていたなら、今は感謝するべきだろう。

 伊織は席を立ち、机を回ってこちらに歩いてくる。恵留は膝を胸から離し、床に足を突いて立ち上がった。薄いシャツが、熱気で肌に貼り付いていた。

「恵留。俺は何があってもお前の味方だ。俺を信じてくれ、宇宙連合が見捨てても、俺は絶対にお前を見捨てない。お前の傍で守り続ける。……これで、いいかな?」

 こくり、と恵留は肯いた。

 心臓がドキドキする。背中を伝う汗が止まらない。全身が熱い。けれど、ディベルバイスに乗船してから初めて感じるような安らぎがあった。

 無言で、伊織の方に倒れ込むように足を進める。顎を上げ、背伸びをし、彼に顔を近づけて目を閉じる。彼も顎を引き、鼻を近づけてくる──。

 と、その時バタン! と扉が開いた。

 恵留は脊髄反射で回転し、横向きに椅子に座る。伊織も身を翻して腕を組み、換気扇を見上げるような仕草をした。

「伊織、下膳当番! 皆来ちゃってる!」

 焦ったように入口で叫んだのは、千花菜だった。

「お、おう! 忘れてた、今行く!」

 伊織は、若干声を上擦らせながら応答した。まだ、当番を本当に忘れていて慌てたように聞こえる声の調子だった。

(もう少しでキス出来てたのにな……)

 二人分のお盆を持って駆けて行く伊織を見ながら、恵留は落胆した。

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