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『破天のディベルバイス』第1話 地球が終わる日③


          *   *   *


「お、校内トピックスが出てる」

 僕たちは全員、旧日本国を模したリージョン五の出身だった為、国際色豊かなこのファミレスでも、自然に和食風の定食を注文する。当然、日本が地球上にあった頃は洋食も食べられていたはずだが、時代を知らない僕たちは、(かえ)ってそれ故に文化に惹かれるものがあるのかもしれない。

 注文の後、僕と伊織がセルフサービスの飲み物を人数分()いで席に戻ると、千花菜と恵留が席に備え付けられたタブレットを覗き込んでいた。

「OBの人たちが明日地球に降りてくるので、先輩たちとお話しするチャンスです、だって。訓練課程で分からない事や勉強方法など、為になるお話を沢山聞きましょう……」

「OB?」伊織が尋ねると、千花菜はこくりと肯いた。

「新生護星機士『ユーゲント』、私たちの一個上の先輩たちだね。……あっ、アンジュ・バロネス先輩。この人は知ってるね、恵留」

「去年の合宿の時、あたしと千花菜ちゃんの居たグループで指導してくれた人。優しかったよ」

 恵留が言い、僕たちは「へえ」と感心する。タブレットを覗くと、十人の護星機士の顔写真が並んでいた。

「これで、今年の新規入隊者は全員なのか? 随分少ないような……」

「ユーゲントはもっと居るはずだけど、明日降りてくる人たちはこれだけみたい。でも、アンジュ先輩たちは私たちの特別指導の為に来る訳じゃないみたいね。リバブルエリアに運び込むものがあるとかで」

 千花菜は言いながら、ページをスクロールする。

 今度は校内トピックスではなく、国際ニュースサイトの記事だった。僕は思わず表情筋が硬直するのを感じ、他の三人の気配も同様に強張る。


『ビードル・オルドリン間往還軌道にラトリア・ルミレース侵入』


 月面都市オルドリンは、地球から出た宇宙船が各ユニットに向かう際に立ち寄る港であり、地球圏に住む人々にとってもハブ空港のような存在だった。

 そこと、リーヴァンデイン最上層ビードルの間に過激派が侵入した。これは今までにない接近である。

「『五月三日、ブリークス・デスモス大佐指揮、ガイス・グラの護星機士団が出撃した。月面軍と連携し、交戦しているが、連合軍は過激派を押し戻しつつあり、明日には戦闘は鎮静すると見られる。尚この戦闘により、ビードル、オルドリン間の往還船は一時的に運航を見合わせている』……」

「ブリークス大佐が出撃かあ……事態はそれだけ重いって事かな?」

「不安を煽らないような書かれ方してるよね。でも、ユーゲントは来るみたいだし、ボストークのある衛星軌道はまだ安全って判断されているんじゃない?」

 注文していた料理が全員分到着し、僕たちは誰からともなく「いただきます」と手を合わせる。それから、また千花菜が話を戻した。

「仮に衛星軌道に過激派が入ってきたとして」

 綺麗に剝がした焼き魚の骨を、箸の先で器用にくるりと回す。

「私たちはどうなるのかな?」

「過激派の領袖が言う事をそのまま受け取るなら、奴らは地球には降りてこないよ。でも、最終的には地球に居る人々全員を外に出そうって話だからなあ……教官たちが戦う事になるかもな」

 伊織は言う。「学徒出陣みたいな事にならないといいけど」

 ──どちらにせよ、いずれ僕たちも戦う事になる。

 僕はそう思い、それから当然の思考の流れで兄の事を考えた。

 ラトリア・ルミレースと戦い、撃墜された兄。それは火星に近い激戦区での事だったが、彼らの活躍により前線は一時的に後退した。兄の戦死の報せは、最初は書類一枚で届き、母が茫然自失となって一週間の後、状況が落ち着いた作戦空域で回収された肉体の一部が送られてきた。

 兄が──否、一週間少し前までは兄だったモノが収められた箱を覗き、母は泣き崩れるよりも先に嘔吐した。

 僕は、また宇宙で働く家族が非業の死を遂げた事で、家庭がぎすぎすする予感と共に、激しい徒労感を感じていた。心の何処かで、兄が護星機士となった時から想像が付き、諦めるしかなくなったビジョンだった。旧時代の話になるが、家族が召集令状を受け取ったらこのような気持ちになるのだろうか、という感覚だった。

 僕は、母を嘔吐させたそれを殊更(ことさら)見たくもなかった。それが兄だったのだという感慨が湧くとも思えず、ただ胸が不快になる気がしたから。だが、千花菜が家にやって来て、帰ってきた兄に一目会わせて欲しいと頼んできた事で、僕は逃げる訳には行かなくなった。

 泣き崩れる千花菜を見ながら、僕は胸の底から込み上げてくるものを必死に飲み下し続けた。口の中に、焼かれるような痛みを伴った酸味が広がっていたから、決して彼女に釣られて涙が出ていた訳ではないと思う。

 兄の死、というより、兄の成れの果てがコンパクトな箱に収められている光景は、一種のトラウマになった。一時間以上泣き続けた千花菜が、魂の抜けたような足取りで僕の家を後にし、放っておけず彼女を家まで送った時だったか、身内だけで大々的に公開せず行った葬儀に、何処から噂を聞いたのか彼女がやって来た時だったか、それまで無気力に過ごしていた彼女が突然宇宙飛行士の資格取得に向けて勉強を始めると、僕はすぐに「やめてくれ」と心の中で思ってしまった。

 そんな事をされたら、僕が追い駆けない訳には行かないではないか、と。

 そう考えれば、僕が”兄の死”というトラウマと対峙して護星機士の訓練生になれたのは、これもまた”兄の死”が千花菜に影響を与えたからだ、と言えるのかもしれない。

 何処までも、僕を取り巻く宇宙は皮肉だ。

「……? 祐二?」

 千花菜が僕の目の前で右手を上下に動かし、僕ははっと現実に返った。女子特有の甘ったるい香りに、何処とない気まずさを感じた僕は視線をゆっくりと下ろす。

 箸で、白飯の茶碗を受け皿に口に運ぼうとしていた肉じゃがの肉片が落ち、米の頂に半ば埋没していた。

「手が震えてたぞ、大丈夫か?」

 伊織も隣から声を掛けてくる。僕は、「あ、ああ」とおざなりに返事をした。

 これだ。トラウマがある、という事実を思い出すと、途端に体に分かりやすい症状が出てしまう。大抵はこのように末端器官の軽い痙攣で済むが、食事内容が内容であれば嘔吐(えず)いていたのではないだろうか。

「伊織のせいだからね」

 千花菜が彼に箸を向け、

「え、俺?」

「千花菜ちゃん、お行儀悪いよ」

 伊織、恵留が同時に反応する。

「学徒出陣とか言わないの。戦争が凄い身近に思えちゃうじゃない」

 ちらちらと僕を伺いながら、彼女は「察しなよ」と言った。一応、僕も伊織に家族の事は話している。

 千花菜は平気なのだろうか、と考える。やはり僕が、彼女を「失いたくないから守りたい」などと思うのは、その時点で僕が遅れている証拠なのか。

「気にしないで」

 僕は靉靆(あいたい)とした空気を払うように、わざと声の調子を上げる。

「こればっかりは、体の反応だから仕方ない。克服する為にも、早く強くならなきゃなって思うんだ」

 わざとらしすぎる台詞だったが、千花菜は

「そう来なくっちゃ」

 言い、タブレットの画面を訓練生のデータベースに移動させた。

「祐二、IDとパスワード教えて」

 彼女が要求してきたのはがっつり個人情報だったが、正面切って堂々と言われると、自然に受け答えてしまう。「25990127、パスワードは誕生日」

「25810130……と。あ、体重と骨密度減ってる!」

 言われてから、僕は彼女が前回の僕の発育測定結果を見たのだと気付いた。身長体重やスリーサイズに加え、筋肉量や骨密度、血液成分や栄養状態までチェックされる為、一度見られると僕は事実上解剖状態である。

「店員さん! この子にシシャモの天ぷらと唐揚げ追加で。あとご飯おかわりお願いします!」

「ちょ、ちょっと千花菜……」

 まだ食べ終わっていないんですが、と、僕は慌てて肉じゃがを掻き込んだ。

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