『破天のディベルバイス』第4話 カエラ・ストライク②
②アンジュ・バロネス
宇宙連合総本部ボストークの軌道を脱出してから、アンジュとダークギルド九人の奇妙な共同生活が始まった。
アンジュは、メンバー一人一人の名前を再確認する。
頭領のダーク・エコーズ、その副官サバイユ・フランソワ。双子の少女トレイ・ハート、ケイト・クラブ。この二人は名字が違うのか、と思ったが、どちらも源氏名であり本名は不明だという。その二人以外のメンバーは全員男で、力自慢らしい堅太りのヤーコン・モス、眼帯のボーン・ガブ、アルビノらしいシックル・テラー。その他二人は、一ヶ月前にギルドに加わったポリタン・チャイとキム・ジュウォンという、祐二たちに近いアジア系だった。
人の名前を覚えるのは比較的得意な方だと、自分では思っている。訓練生たちの顔と名前も、既に三分の一くらいは一致している。名前を早期に覚える事は、彼らとの友好的な関係の構築に繋がる、とアンジュは考えた。
ダークは、危険が迫ったら自分たちもドラゴニアで、ディベルバイスを守る為に戦うと言った。それは非常に心強い。だが一つ不安なのは、ダークがこの船に乗っている訓練生たちを軍隊として編成しようとも言った事だった。
ダークの目的は不明だ。だが、彼は宇宙連合軍が自分たちの敵となる事を想定しているような言動を取る。宇宙海賊のような事をしている以上、確かに彼らにとって連合軍は敵だ。だがアンジュは、彼らが改心し、宇宙を渡る交易船や自分たちに仇を成さないのであれば、こっそり彼らの故郷となるユニットまで送り届けて解放しようと考えていた。それで訓練生たちの安全が保障出来るのなら、アンジュは自分が白い目を向けられる程度の事には耐えられる。
彼らは、自分たちから連合軍との敵対を望んでいるのではないか? そんな想像が何度か、アンジュの脳裏を掠めた。だが、それはダークの言葉の端々から勝手に自分が推測した事であり、邪推の域だ。彼らを知る為には、更に懐に入り込めるよう意識しなくては。
「……そろそろ、定時連絡しなきゃ」
ボーンに借りた詩集──彼の趣味は意外にも詩集を読む事だった──を閉じてダークの方を向くと、彼はインカムを渡してきた。
「オープンチャンネルにしろ」
ここでの生活が始まってから、アンジュは一日に何度かブリッジの仲間たちと連絡を取る事を命じられた。向こうからの情報を受け取り、同時にこちらの状況に異常がない事を知らせる為だ。
ジェイソンが格納庫を襲って返り討ちにされた事はギルドの疑念を強めたらしく、連絡中回線は常にオープンにし、彼らにも聞こえるようにする事が求められた。ユーゲントたちの間で、アンジュを奪還する作戦などが練られるかもしれないからだ。仕方のない事といえば、そうなのだが。
「……あー、ブリッジ、聞こえる? アンジュです。定時連絡」
『アンジュ、大丈夫? 変な事されてない?』
いつも通り、ラボニが真っ先に聞いてくる。アンジュは苦笑した。
「心配要らないわ。ダーク君たちとも、今のところ上手くやっているから」
「ねーっ?」ケイトが、緊張感なく肩を寄せてくる。
『良かった。じゃあ、今度は私たちからの報告ね』
「どうぞ」
『まず、射撃組のアイリッシュ・ロム君が熱を出したの。ほんの二時間くらい前、訓練中にシオンに怠さを訴えて。アイリ君、前に逃げようとした事があったからシオンも疑心暗鬼だったんだけど、目が普通じゃないから医務室に連れて行って熱を測ったら百一度三分(摂氏約三十七・五度)あって』
「ええっ? 病気?」
どうしよう、と思った。医薬品は幾らかあるが、診断の術はない。
自分だったら何とか出来たと思っていた訳ではないが、何故その時に言ってくれなかったの、とつい言ってしまった時、ラボニは微かに笑ったようだった。
『心配しないで、アンジュ。ちょっとした心労みたい。ウェーバーが念の為、リージョン二に着くまでの間生徒全員に射撃訓練を施そうって言い出したから、今の射撃組に先に伝えに行ったの。それで、不安にさせちゃったみたいで』
「そうなんだ……」
答えながら、アンジュはひとまず安心する。だが、同時にもう一つ不安な事が生まれた。「ウェーバーも、戦いが長引くと思っているの?」
『そうねえ……彼はブリークス大佐が敵対している以上、連合軍は敵になっている可能性が高いって思っているみたい』
ラボニが言った瞬間、アンジュは素早く目線を動かしてダークを見た。
彼は、口を結んだまま表情を変えていなかった。だが──それはアンジュの先入観かもしれないが──、一瞬だけ彼の目に、反逆的な色が奔った気がした。
『私はいちばん慎重な意見を口にしているまでです』
ウェーバーが、通話に入り込んできた。
『必要以上に楽観も悲観もしない。ただ事実に即し、状況を判断する。ですがそれを迅速に行うには、常にシミュレーションが必要です。最悪なケースも』
『知ってる』ラボニが答えた。『だから、あなたはチームに居るんでしょ』
「……ウェーバー」
アンジュは、ユーゲントとダークの意思が一致したのを感じた。自分たちユーゲントの舵取りは、自分よりもジェイソンよりも、彼がいちばん多く取ってきた。少し冷たい部分もあるが、それだけに感情を挟まず、最適解を導き出してくれる。彼の意見は専ら、ユーゲントの総意となる。
「ダーク君の話を、ちょっとだけ聴いて貰えるかしら?」
『ダーク!? あの問題児の意見をか?』
ジェイソンの声が割り込んだが、「聞こえるわよ」と注意すると静かになった。
『……ダークが、何を言おうとしているのですか?』とウェーバー。
「本人に聞けば分かるわ」
アンジュはダークに目配せし、場所を譲る。「いいのかよ?」とサバイユが尋ねてきたが、無言で肯いた。
「……俺だ」
『あなたはダーク・エコーズですね。私の話に、何か?』
「この船は、独立する必要がある。全員を一人前の護星機士として扱えるよう、養成所の訓練プログラムを再考し、実施していく事を提案する。また作業船を魔改造し、戦闘艦を増産する。ゆくゆくは、ラトリア・ルミレースと宇宙連合軍どちらにも対抗し得る武装勢力として、護星機士団独立部隊を創立する」
ダークが言うと、ブリッジでユーゲントたちが息を呑む気配があった。
最初に声を取り戻したのは、やはりウェーバーだった。
『……興味深い意見です。後々、あなたをブリッジに呼び出す事になるでしょう。そこで、詳しい話をお聞かせ下さい』
時間を過ぎました、という声と共に、通話が切られた。一瞬あっという声が聞こえたのは、突然ウェーバーが通信を終えたので仲間たちが驚いたのだろう。
「ダーク君、教えて」
アンジュは息を吐くと、意を決してダークに言った。
「あなた、宇宙連合軍との戦いを望んでいるんでしょう? どうしてなの? あなたたちの目的は、一体何?」
リージョン二に到着しても、旅は終わらないかもしれない。この先何度も、このような終わりの兆しと希望の喪失が起こるかもしれない。
その陰で、彼が目論んでいる事を知りたかった。それはアンジュ自身が、もっと彼らに心を許せるようになりたい、という思いから来た願いだった。
ダークはまた言葉を濁すように黙り込んだが、その目はこちらを捉えたままだ。アンジュも彼を見つめ返し、視線から逃れようとは考えなかった。
暫らく見つめ合った後、彼は言った。
「……俺たちの故郷・火星の革命。ラトリア・ルミレースのような反体制運動の温床となったあの星を、根本から覆す事だ」